めぐり逢いて 9

 七月朔日、副長は戦線に復帰した。
 とは云え、新撰組本隊は、白河口での戦いに赴いており、実際には、副長が出向いて、本隊に合流したと云うことだったのだが。
 そして八月二十二日、勝敗は、会津の境、母成峠で決する。
 守るは、大鳥圭介率いる伝習隊、猪苗代隊、新撰組、そして二本松脱走兵を加え、八百。
 進み来る薩長方――もはや官軍と呼ぶべきか――は、その数二千、兵力の差はいかんともし難いものだった。
 副長は、官軍の兵力を予想し、会津藩の家老らに、援軍を要請する手紙を出していた。だが、届かなかったものか、援軍はなく、彼らは無残に敗退する。
 二十三日、副長が本隊を置いて、米沢へ行くことになった時、山口二郎――斉藤一との間で、口論になった。
「あんたは、恩義のある会津を捨てて、他へ行くって云うのか!」
 いつもは寡黙な斉藤が、この時ばかりは怒気を滲ませ、副長に詰め寄った。
会津公に受けた恩義はどう返すって云うんだ! あんたが、そんな恩知らずとは、思ってもみなかったぞ!」
「だが、俺たちは、ここに踏みとどまったって、何の恩義も返せやしねぇだろう」
 副長は、静かに云った。
「“新撰組”なんぞ、会津のための、何になるってぇんだ。――新撰組を、ここに置いとくわけにゃあいかねぇ。それなら俺は、他所へ行くさ」
会津を置いてか」
「その方が、会津も降伏しやすいだろうさ――こんな人斬り連中なんぞと一緒じゃあ、薩長の連中に、とんだとばっちりを受けねぇとも限らねぇからな」
「……わかった」
 斉藤は、冷ややかな声で云った。
「それなら、あんたたちは他所へ行くがいい。俺は、残る。他の残りたい奴も、ここへ残らせる。“新撰組”は、あんたたちが名乗ればいい……それなら、どうだ」
「あァ、それでいい」
 副長は、莞爾と笑った。本当に、心からの笑みのようだった。
 斉藤が、面食らったように黙りこんだ。
「……あんたは、おかしな人だと思ってたが……本当におかしな人だったんだな」
 やがて斉藤は、何とも云い難い顔で、それだけを云った。
 副長は、くっと笑った。
「何だ、それァ」
「妙ちきりんな人だって云いたいんだよ。――何だって、そんなに嬉しそうなんだ」
「……おめぇには、わからねぇさ」
「わからんな」
「それでいいんだ」
 副長の声は、奇妙に明るかった。
 まるで、ひとつ果たしたぞとでも云いたげな、その明るい声に、鉄之助は、薄ら寒いものを感じた。
「おめぇはおめぇの道を往け。俺ァ……俺の往くべき方へ往くだけだ」
 ――副長、それは違います!
 鉄之助は、声を上げて云いたかった。
 沖田は云ったではないか、“いきたい方へいっていいんですよ”と。副長の今の言葉は、その沖田の思いに反するものではないか。
新撰組が、重荷なのか」
 斉藤が云った。
「馬鹿云うねィ」
 また、くっと笑いが返った。
「俺の作った新撰組を、半端なとこで投げ出せるもんかよ。俺は、いけるところまでいくさ――だが、抜けたい奴ァ、抜ければいい。それァそいつの選ぶ道だ」
「……俺が云うのもおかしな話だが、ご武運を」
「馬鹿、それァ俺の科白だろ」
 ああ、そうだ、斉藤にこそ、武運が必要だ。
 副長や自分たちは、落ちるばかりの会津を抜けてゆくだろう。だが、斉藤はここに残るのだ――降伏を待つばかりの、勝ち目のないこの戦場で。
 もう二度と、このふたりがあい見えることはないだろう。そう、九泉の下でもない限りは。
「――ご壮健で」
「おめぇもな」
 手を握って別れを告げ。
 新撰組は、また二つにわかたれた。



 副長は、米沢から庄内藩を目指して進んだが、米沢藩は、既に降伏の意をかためており、一行の藩内通過は認められなかった。
 やむなく進路を変えた一行は、一路仙台を目指す。
 榎本釜次郎率いる幕府海軍が、仙台沖に到着したと云う情報を得たからだ。


† † † † †


鉄ちゃんの話――おおおい、資料がない!
つーか、手許の資料、今貸し出し中のもあって、白河〜仙台あたりは、どうもそれが一番詳しかった(手持ちの資料の中では)ようだ……
中村彰彦の『新選組全史』(角川文庫)では、ちいとも内情がわかりません。なので、すみません、かなり歴史的事実はすっ飛ばしてます。
まぁ、歴史的あれこれは、そういう本で見てください。この話は、あくまでも鉄之助くんのスピリチュアル的あれこれがメイン、なはずなので。


一ちゃんとのあれこれは、多分に希望的なんたらも入っている、かも。鬼的には、離れてくれてよかったと思ってたと思うけどね。
わかんないかな? わかんないかしら。まぁいい。
って云うか、一ちゃんが離反したのは、大鳥さんともめたからっぽいんですけど、しかも、如来堂の陣を放棄する云々に絡んでって――え、会津云々でもなかったのか。
……まぁいいさ。お話お話(←いい加減)。
それに、流山以後の“新撰組”は、新興宗教っぽい(しかもカルト――教祖は鬼)ので、一ちゃん的についていけなくなったのかもなぁ。
しかし、それで京都の新撰組箱館新撰組が、あんなに質が違うわけね。野猿の群れと新興宗教じゃ、全然別ものだわ。つーか、野猿の群れを率いる度量は、確かに鬼にはないわ。人を選ぶよ、いろんな意味で。原田さんとか、永倉さんとかはちょっと一緒には行けそうにないもんな。
納得した。うん。
しかし、そうするとホントに、相馬のアレは、教祖様に殉死したってことか……? うわぁ。


この項、終了しましたよ。