2010-12-01から1ヶ月間の記事一覧

無明長夜

水干の胸許に、散るものがあった。 見れば、染みたのは朱――血の飛沫だ。 ああ、範頼の血だ、と思った――それ以外の、何の感慨もおこらなかった。 夢だとわかっていたからかも知れぬ。何となれば、範頼が自死したのは伊豆・修善寺であり、自分は鎌倉から離れて…

花がたみ 〜雪〜 二

応永十五年、御所――鹿苑院殿が薨じられた。御歳五十二であった。 御所は、数年前に将軍の座を御嫡男・義持公に譲っておられたのだが、実験は未だ手放されず、義持公の胸の裡には、大きな不満がくすぶっておられたようだった。 義持公が政の実験を握られると…

神さまの左手 33

構図の問題を少々棚上げにして、レオナルドは、画中の人物のモデルを探すことにした。 と云っても、難しいことがわかりきっているキリストとユダは措いておいて、描けそうなあたりから物色していくのだが。 とにかく、劇中の一場面のように画面を構成しよう…

花がたみ 〜雪〜 一

父が旅先の駿河で没したのは、自分が十六の歳のころだった。 浅間神社での奉納舞の後、病に倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ――享年五十二歳。大往生と云うには早いが、老境にさしかかってのちの死であったから、悲しみ嘆く心よりも、むしろ驚愕と、途方に…

半色 五

極月九日夜半、重盛の館に雑色が飛びこんできた。 「申し上げます! 水無瀬参議殿率いる兵ども、三条殿を襲い、当今と院の御身柄を手中にされた由!」 「何!」 参議・信頼の手下に、多くの坂東武者があることは知っていたが――かれは、それを動かし、三条殿…