2008-06-01から1ヶ月間の記事一覧

小噺・牧野忠雅の儀

「土方さん、土方さん、今そこで、俺ァすげェもん見ちまいましたぜ」 「あァ? 何だ、また斉藤が、厨房の水瓶ん中からでも飛び出してきたってェのか?」 「違いますよ! それァ大したことじゃねェでしょう。何でそうくるんですかい、牧野さんですよ!」 「(…

神さまの左手 6

レオナルドにとって、絵を描くことの次に愉しいのは、実はお祭り騒ぎだった。 お祭り騒ぎと云っても、その騒ぎそのものが好きだと云うよりは、祭りの非日常性――例えば仮面をつけての華やかな舞踏会、人びとの衣の翻る艶やかな様、異形を模した仮面のかたち、…

北辺の星辰 29

辿りついた蝦夷の大地は、一面の白だった。 黒々とした海と、小さく砕ける白の波濤、その漣とも見まごう先に、白の大地が広がっている。 「他の船は……」 呟いて、風雪の向こうを透かし見るが、あたりには長鯨一隻が見えるのみだ。他艦は、どうやらこの雪風に…

小噺・小栗上野介の儀

「……ッくしゃん!」 「おや、風邪ですかい、土方さん」 「いや、誰かが俺の噂話してやがるに違いねェ。しかも、良い噂とも思えねェ……よもや、例の小栗何たらか……?」 「あァ、小栗さん。こないだから五月蠅く云ってきてますもんねェ、阿部さん返せの何のって…

神さまの左手 5

さて、下塗りをしろと云われたからには、ともかくもやらねばなるまい。 サライは筆をとり、皿の上に溶かれた顔料を、ぐっとすくって画板に塗りつけた。 レオナルドは“下塗りをしろ”とは云ったが、どのくらいの顔料をどう塗っておけと云う指示は出してこなか…

北辺の星辰 28

十月十日、幕軍は、折ヶ浜に碇泊する開陽、回天、蟠龍、神速、長鯨、大江、鳳凰の各艦船に乗りこみ、船中で二泊ののち、蝦夷地へ向けて出発した。 新撰組は、このうちの大江丸に乗りこんでいた。 大江丸は、開陽や回天などと違い、通常の輸送船で、その意味…

小噺・千客万来

「……さァて、どうしたもんですかねェ、土方さん」 「何のことだ――ってェ、もしや阿部さんのことか」 「えェ、元・老中首座ともあろうお方が、俺らなんぞの屯所に逃げこんじまったんで、川路さんの下あたりが、返せってェ大騒動じゃあねェですかい」 「まァ、…