めぐり逢いて 5

 局長は、甲州の敗北にやや気弱になっていたようだったが、それでも気を取り直したものか、江戸の辰巳、五兵衛新田に拠って、再び隊士を集めようとした。
 あるいはそれは、副長の助言によるものであったのかも知れない。副長は、ともかくも組織を守ろうとしていたように、鉄之助には見受けられたからだ。
 ふたりは三月十二日に五兵衛新田に入り、翌日からもう隊士を募りはじめた。
 土地柄ゆえ、佐幕の士は数多く、あっという間に二百人を超えた。
 寄宿していた五兵衛新田の名主屋敷がいっぱいになったため、翌四月に、拠点を下総流山に移す。もちろん、鉄之助も同道した。
 ところが、そこへ、薩長軍がやってきた。布陣しているのが新撰組と知って、これまで殺害されてきた同志――ことに、坂本龍馬――の仇とばかり、攻め寄せてきたのだ。
 折悪しくも、隊士たちはほとんどが野外訓練で出払っており、残っていたのは、局長を含めたわずかな人数でしかなかった。
「俺は切腹する」
 と云う局長・近藤を、止めたのはやはり副長だった。
 ただし、その声音は、もはや以前のように、心から心配してのものとは異なっているようだったのだが。
「ここで死んでどうするのだ!」
 珍しく激した声で、かれは云った。
「包囲されたからと云って、こんなところで腹を切るのか。それでは、まったく犬死ではないか」
「だが、俺たちには、もう勝ち目はない。そうだろう、歳よ」
 局長の声には、弱気が滲み出していた。
 このひとは崩れたのか、と、鉄之助ですら思うような気弱さだった。
 ――近藤さんは、調子のいいときはいつでも大言壮語するけど、下り坂になるとさっぱりだから。
 沖田の言葉を思い出しながら、鉄之助は、控えの間でじっと坐りこんでいた。
新撰組はどうするんだ!」
 副長は叫んだ。怒りに満ちた声だった。
「俺たちの旗幟のもとに集まってきた隊士たちは! 彼らを見捨てて、自分だけ楽になろうってぇのか! それじゃあ、何のために――何のために、ここまで来たんだ!」
「歳よ……」
「それじゃあ何のために、山南さんを斬ったんだ!」
 ひときわ大きな叫びが、鉄之助の耳を打った。
 悲しみと怒りと、憎しみすらが入り混じった声――副長のこんな声を、鉄之助ははじめて聞いたと思った。
 山南、という人のことは、隊内の噂でだけ聞いたことがあった。
 局長、副長と同じ、試衛館からの幹部で、京都で離反して切腹させられたと聞いた。原因は、副長との不仲であると――介錯は、本人が望んで、沖田が務めたのだと。
 だが、今そのひとの名を口にする、副長の声ににじむ痛みはどうだ。
 鉄之助の想像かもしれない、だが――おそらくは、そのひとと副長は、不和でなどなかったのだ。誰よりも親しい友ですらあったのだ。
 その、親しいひとを斬ってまで守りたいと思った“新撰組”を、頭であるはずの局長が捨てると云う――そのことに対する、副長の怒りは如何ばかりのものか。
 副長の声は、まだ続いている。
「……あん時、山南さんを斬ったのは何故だ――新撰組を守るためだったはずだ! それを、今さら……ああまでして守った新撰組を、あんたは、あんたひとりの都合で潰そうってぇのか!」
「だが、時流はもはや、俺たちのがわにゃねぇ」
「それがどうした!」
 副長は吼えた。
「俺たちは、幕臣になったんだろう! 武士は二君に仕えずと云うじゃねぇか! それならば、最後まで幕府を支える力となるのが、本当の武士ってぇもんじゃねぇのか!」
 だが、応える局長の声はなかった。
 暫の沈黙ののち。
「――良かろう、あんたは楽になってもいい」
 やがて、副長は声を落として云った。
 だがそれは、決して落ち着いたがゆえのものではなく、むしろ、一層強い怒りを感じさせる、凍てついた焔のような声だった。
「ただし、腹は切らせねぇ。あんたは、やつらの陣へ下るがいいさ。あんたを、新撰組から解き放ってやる――その代わり、この先は、俺が新撰組の指揮をとる。最後の一人になるまで、俺が戦って、新撰組を守るさ」
「歳……」
「総司にゃ悪ぃが」
 と、副長が立ち上がる音がした。
「俺は、もう、あんたと一緒には行かねぇよ。――ここで、おさらばだ」
「歳……!」
 局長の声にも、副長の振り返る気配はなかった。
 やがて、すっと障子が開き、いつもの大股の足音が、衣擦れの音とともに廊下を渡ってゆく。
 局長は、追いかけるそぶりはないようだった。
 それで鉄之助は、慌てて立って、副長の後を追った。
 副長は、広縁の端に坐り、厳しい表情で夜空の月を睨んでいた。細い三日の月が、自身に振り下ろされる刃でもあるかのように。
 その横顔をみつめながら、鉄之助は、胸の痛みを覚えていた。
 この人は、この先独りで走ろうとするのだろう。
 局長と袂を分かった今、新撰組はさらに崩れていくだろう。“鬼の副長”になど、ついていけぬと離脱するものも多く出るだろう。
 だが――付き従うものもまた少なくはないはずだ。鉄之助がそうであるように、この人を異なるかたちで支えようとするものがあるはずだ。
「――副長……」
 声をかけようとした鉄之助は、そのとき、副長の呟きを聞いた。
「……総司――すまねぇ……」
 ひどく小さな声だった。
 このひとは後悔している。局長と袂を分かってしまったことを――だが、もはやともにいることはどうしてもできないのだと、そう思ってもいる。
 ――土方さんに伝えてくださいね……思う方へいっていいんですよって。
 沖田の言葉が、耳朶に甦った。
 ああ、そうだ、だが沖田は赦しているのだ。あの言葉は、この事態を思い描いていたがゆえのものであったのだ。
 伝えなくては、と思う。沖田の本当の心を、かれは副長を赦しているのだということを。
 だが――
 厳しいその姿に、名を呼ぶことすらはばかられ、鉄之助は、いつまでもじっと、副長の背中を見つめて佇んでいた。



 翌四月四日、大久保大和を名乗った局長・近藤勇は、野村利三郎、村上三郎のふたりを供として、東山道総督府に護送されていった。
 かれはそのまま、四月二十五日、板橋の刑場で斬首されることになる。


† † † † †


やっと流山!
えぇと、まぁ、いろんなとこから予想がついたかとは思いますが、私版・流山のふたりは、こんな感じです。
本当は、流山前に、もう一遍総司のところに行ってるはずなんだけど、まぁ、この後で――つぅか、もうじき副長、江戸脱走に加わっちゃうんだけど――総司のところに寄る暇あるかなー。なくても無理矢理作るけど。
そう云えば、このころ、相馬とかって、何やってたんだろう――いや、野外演習の最中だとは思うんだけど、そうではなくて役職とかねー。島田さんとか、野村とかもどうなんだ……


つぅか、並べ直しておいてなんですが、この辺の詳細な日付、資料によってぶれがあるんですけど。一応、基本岩波新書の『新選組』で照会してますが、角川文庫の『新選組全史』だとまた違う……それでちょっと混乱してます(汗)。
つーか、もしかして、前の並びの方が良かったんじゃ……と云うより、自分的に、前の並びの方がしっくりきますよ。うぅ〜ん。
もしかしたら、また並び換えやるかもです……(泣)
ううぅ、それにしても、どれが正確な記録なんだ……


とりあえず、この項は終了で。