小噺・勝海舟の儀

「土方さん」
「何でェ」
「あんたァ、勝さんのこと、“いつもにこにこしてた”って云ってましたけど、それァどっから出た話なんで?」
「……どっからも何も、俺が見た勝さんァ、いっつもにこにこしてたんだがな?」
「……俺の見たなァ、地獄の閻魔みてェな面と、笑いすぎてぐだぐだんなった顔だけなんですけどねェ」
「それァ、おめェが勝さんに、妙な笑い話ばっかしやがったからじゃねェのか」
「妙な笑い話って、あんたのもの真似とか、会津の殿様のもの真似とか、そんなんですけどね」
「――俺のもの真似もやったのかよ……」
「そうですよ。大坂での話ですけどね。勝さんが、地獄の閻魔みてェに不機嫌な面だったんで、こりゃ、このままだとあんたが怒鳴られんなァと思って、馬鹿話をして差し上げたんでさァ」
「……ひとつ訊くが、俺のどんなもの真似やりぁがったんだ」
「あんたが俺を怒鳴るときの“総司ィ!”ってのとか、ふんぞり返って報告聞いてるときのとか、あと発句ひねってる時の思案顔とかでさァ」
「……それで、様子見に行ったとき、俺の怒鳴り声聞いて、勝さん笑い転げてたのかよ――それにしても、発句ひねってる時のもやりァがったのか……」
「安心しなせぇよ、そこァさらりと流しましたさァ(爽笑)」
「安心できるかァ!」
「やだなァ、本当に怒りっぽいですぜ、土方さん。――それァともかく、勝さん、本当に幕府の偉いさんだったんで? あんな人担いじゃあ、日の本はほどなく沈んじまうでしょうに」
「(この野郎、また話逸らしやがった)……あのなァ、総司、勝さんァ、突き詰めりゃあ新撰組の元締めでもあるんだぜ?」
「知ってまさァ。俺たちも幕臣にお取り立てんなりましたからねェ。だからこそ、云ってるんじゃあねェですかい。あんなおひとに、幕府の先行き委ねて良かったんですかねェって」
「……おめェ、勝さんのこと、どんなお人だと思ってやがるんだ?」
「いやだって、勝さん、俺んとこに見舞いに来て、上様ァ簀巻きにして、庭の松に吊るしてぇって云ったんですぜ?」
「……本当か」
「本当ですって。“俺の庭にゃあ、こう、枝振りのいい松があるんだ、あれにあの××簀巻きにして吊るして、それを肴に一杯やったら気分がすっとするだろうなぁ”って――あれァ、俺の死ぬすこし前のことでしたがね」
「――勝さん……」
「で、俺が“それなら、下から松葉焚いて、燻してやりゃあいいんだ”って云ったら、勝さん手ェ叩いて喜んでましたぜ」
「――勝さんなら云いかねねェなァ……(溜息)」
「あと、小栗さんでしたっけ、あん人の前任の。その人のことも、何かぐちぐちと云ってましたぜ。“野郎の袴の裾踏んでんなぁ俺じゃねぇ、そこの釘にでも引っかかってやがるんだ、俺に文句云わずに、前見て歩きゃいいじゃねぇか”とか何とか」
「まァ、勝さんも、いろいろ敵が多かったからなァ……」
「そうでしょうともさァ。あんだけ我儘で、やりたい放題やってりゃあねェ。あの人、女にもだらしねェですし。――あんたもちょっと似たとこありますけど、まァ勝さんほどじゃあねェですもんねェ、あんたへたれですし。あんたが妻妾同居なんぞしようもんなら、姐さんに三つ指ついて謝ることになりますからねェ」
「やかましいわ!!」
「はっはっは。――いや、でも本当に、勝さんァ、不機嫌なときに限って、俺んとこに来やがるんで。あんたが会津に行ってから、あの人二度ばかり見舞いに来てくれたんですがね、今にも死にそうな病人の枕元で、愚痴をずーっと云うんですぜ。それァどうですよって、あんただって思うでしょう?」
「――あァ、まァなァ……」
「挙句に“気合い入れてやる”ってェ、俺のデコをぺちりと打って帰りやがるんで。こっちァ、今にも死にそうな病人だってェのに――絶対、あの見舞いのお蔭で、俺の寿命ァ何日か縮まりましたぜ」
「……だが、勝さんってェのァ、本当に大したおひとなんだぜ。俺ァ、西郷南州とやら、大久保何とやらのこたァ知らねぇが――俺の知ってる中じゃあ、勝さんが一番器のでけェひとだって思うんだがな」
「大したおひとかどうだか知りませんがね、俺にとっちゃあ、変な髪型した、地獄の閻魔みたいに不機嫌な、変なおっさん以外のもんじゃあありませんや」
「……おめェにかかると、相手が誰でも、大層な碌でなしにされちまわァ」
「いや、でも、本当にあのひと、すげェ碌でもねぇひとですって!」
「おめぇは、近藤さん以外の奴ァ、みんな碌でなしって云いやがるんだろ」
「そんなこたァねェですよ。山南さんや平ちゃんや、あと源さんも碌でなしなんぞじゃあありませんって!」
「――勝さんと較べて、その辺を引き合いに出してくる、その観点がおかしいってェんだよ……」


† † † † †


阿呆話at地獄の六丁目。
今回は勝さんの話。一ちゃんと迷ったんだけど、そっちはまた今度で。


勝さん、まぁすげぇひとだった(いろんな意味で)らしいですね――しかし、“下半身のことは、頭ではどうにもならねぇ”って、アナタ、それはちょっとヤバいんじゃ……
伝記なんかでは“大言壮語が過ぎる”って書かれてますが、私的には、それもこれもひっくるめて、勝さんが好きなんだけど――人気ないんですってねェ、皆、見る目がないなァ。
私の中では、勝さんは、ある意味桂さん以上に凄いひとだと思ってますよ。悪いが、高杉さんなんかは、それに較べたら全然小物だ。榎本さんなんかも駄目。大鳥さんは論外だなァ。


それにしても、私が“勝さんはいっつもにこにこしてるカンジなんだけど”と云うと、沖田番は“地獄の閻魔みたいな顔か、笑いすぎでぐだぐだしてる顔しかない”と申します――勝さんやさしくないじゃん、って云うけど、いや、そもそも私、やさしいなんて一言も云ってませんが(笑)。
まぁでも、今の世の中、勝さん並みにすごいひとなんか見ないよなァ、特に政治家。勝さんの爪の垢でも煎じて飲むがよい。ああでも、下半身のことに関しては、あのひとのことは見習わんでよし。そこらへんは、そうだなぁ、吉村さん(『壬生義士伝』の)か原田左之助あたりの爪の垢が宜しかろう。
しかしまァ、今の世に勝さんがいたら、頭はいいけど仕事をしない(意図的に)人だったろうなぁとは思います。国とかそういうのがいよいよ倒れる段にならないと動かない人だ、勝さんって……まぁ、だからそうそうああいう人が歴史の表舞台に出てこられても困るんだけどね――鬼なんかもそうだね……


そう云や、はたと気がついたのですが、個人的にアレな歴史上の人物が、軒並み五月に死んでいるような……
特に鬼と先生(レオナルド・ダ・ヴィンチ)なんか、2019年が、没後400年と150年の揃い踏みだ。命日も9日しか違わないし。そして、殿(伊達政宗)が先生と20日、鬼とは11日違い――何の偶然なんだか。
待てよ、先生の長い話を2019年までに書き上げようと思ってたんだけど、鬼もそこにかぶるってことは……わぁ、大変なことに(汗)。
とりあえず、気合いをいれて今から頑張ろう(汗)。


次は、鉄ちゃんの話、かなぁ……