めぐり逢いて 21
玉置良蔵が死んだのは、鉄之助が療養所を訪れた後、ほんの一刻もしないうちであったと云う。看護のものが声をかけようとして、息のないのに気づいたのだと。
悶絶したと云うでも、大喀血をしたと云うでもない、ごく静かな死顔だった。
――敵方の甲鉄艦を奪取? それはすごいですね!
やつれた青白い面差しで、それでもにこにこと云っていた玉置の顔を思い出す。
――副長ならば、必ず成功されるでしょう。甲鉄艦を見るのが、今から楽しみですね。
そのように云って、他愛のない話をして、穏やかに別れたと云うのに――次のおとないの約束までして。
「――玉置……」
副長は、俯いて、呟くようにその名を呼んだ。
蒼褪め、こわばった顔――死者である玉置よりも、よほど苦痛に満ちたその顔に、鉄之助はこぼれかける嗚咽を呑んだ。
正直なところ、玉置を、それほど好いていたわけではなかった。玉置はひどくおとなしい少年で、他の小姓たちの中にひっそりとまぎれていることが多く、同じ立場でありながら、小姓組から浮いていることの多かった鉄之助は、かれともあまり親しくしていたわけではなかった。
だが、会津からこちら、労咳を病んだ玉置は、田村銀之助などとも離れて、ひとり療養していることが多くなり、必然的に、副長の命を受けた鉄之助がよく見舞うようにもなっていた。
そうしてやっと、鉄之助は、玉置と云う少年のひととなりを知ったのだ。田村のような華のあるわけでもない、ふわりと開いた可憐な白い花のような、かれの姿と心根を。
――市村さん……
訪ねてゆく度、鉄之助を呼び、儚い笑みをたたえる少年を、沖田と重ねて哀しく思った。かの人も、この少年のように微笑みながら死を待っていたのだろうかと。
それほどに、玉置は、鉄之助の前すらも取り乱したりはしなかったのだ。確実に死は間近にあって、その足音を日々耳にしていたのだろうに――かれは、一度も取り乱しはしなかった。そう、かつて沖田が、鉄之助の前でそうであったように。
玉置の葬儀は、ごく簡単に行われた。埋葬した墓前で僧が読経するだけの、葬儀とも云えぬ葬儀だった。参列したものもごくわずかで、島田魁、安富才助など、副長のまわりにあって、玉置ともよく言葉を交わしていたものたちが、幾人か並んだだけだった。
副長は――葬儀の日には、箱館を発って、津軽沖あたりで艦上にあっただろう。相馬主計、野村利三郎も同行して、やはり参列しなかった。
玉置は、さぞや残念に思っているだろう――鉄之助はそう思い、滲むものをそっと拳でぬぐった。
「副長も……気にかけておられたからなぁ」
島田魁はそう云って、潤む目許を袖で押さえた。
「こんな時節でなければ――きちんとした葬式を出してやれたんだが……」
こんな、戦いばかりの日々でなければ。
「なに、いずれ戦いも終わるときがくる。そうしたら、玉置の葬式も、もっときちんとしてやれるさ」
安富が、そう云って墓前で手を合わせるが――鉄之助は、その言葉に素直に頷くことは出来なかった。
――副長は、この国に先がないとお考えなのですか……?
そう問いかけた時の、副長から返されたうすい笑みを憶えている。
あの人は、この戦いが終わるときのことを思っていたに違いないのだ。戦いが終わる、それは、この箱館新政府が倒れるその時に他ならぬのだと。
――副長、早くお戻りください……
あのひとの無事な姿を見なければ、この不安はおさまりそうになかった。
鉄之助は、玉置の墓前で頭を垂れながら、ただそればかりを祈っていた。
三月二十六日、副長の乗った回天が、箱館に帰還した。
帰り着いた人々の中に、だが、野村利三郎の姿はなかった。
「――副長、野村は……」
島田が問いかけると、副長は、沈鬱な面持ちで首を振った。
「……死んだ――作戦が頓挫してな……斬り込んだんだが、あいつは……」
そう云ったきり、唇を噛んで、足早に部屋へ戻ってゆく。
その後ろから来た相馬が、目を潤ませて言葉を続けた。
「蟠龍と高雄が、風雨のために脱落して――回天のみで作戦を敢行したのだ。皆で斬り込んだのだが、衆寡敵せず、撤退を余儀なくされ……野村は、副長を回天にお戻しするため、楯になって……」
甲鉄の艦上で、敵の小銃に撃たれて死んだのだと云う。遺体は、回収することもできなかったのだと。
「野村さんが……」
鉄之助も、呆然とした。
同郷とは云え、正直、鉄之助は野村を好いてはいなかった。子供扱いされるのが厭だったし、何かと副長にまとわりついては、その仕事を邪魔する風なのも鬱陶しく思われた。あまり視界に入るところにいてほしくないと思っていた。
だが――それは、野村に死んでほしいと思うことと同じではなかったのだ。
相馬が、傷ついた頬を伝うものを、袖で拭った。島田も、安富も、俯いて涙を堪えているようだった。
鉄之助も、項垂れて涙を流しながら、副長の心の痛みはどれほどのものだろうと考えていた。
あのひとは、ひどく悲しんでいるだろう――「鬼」と呼ばれながら、それでもひどく情の深いあのひとのことだ、野村の死を、身を切られるような思いで見つめたのだろう。
だが、と鉄之助は思う。
野村は、それでも本望だったはずだ。副長の死を見るのではなく、自分が楯となってあの人を生かした、そのことに、喜びと、誇りすら感じて逝っただろう。
自分もそうならなくては、と鉄之助は思った。
沖田との約束を果たすためにも、自分も、副長の楯となって、あの人を生かさなくてはならない。
――野村さん……
自分も、かれの後に続かねばならぬ。
鉄之助は、涙に曇るまなざしを上げて、北の蒼穹を睨み、誓いを新たにした。
† † † † †
鉄ちゃんの話、続き。今度こそ! 宮古湾海戦。つっても、戦況を逐一書くのはここではやりませんが。
玉ちゃんは、本当に可愛い子だったらしいですね。銀ちゃんは、結構我儘だった(まァ、一番年下だし、自分が可愛いってわかってたからねー)らしいのですが、玉ちゃんは――大体、何で箱館まで来たんだろうねェ。鉄ちゃんと云い玉ちゃんと云い、それが一番謎ですよ。
そういや、小姓繋がりであれですが、銀ちゃんが春日さんの養子になったのって、いつぐらいの話なんだろ……謎が謎を呼ぶばかりでございます。
えーと、鬼が甲鉄の艦上に斬りこみにいったことにしてますが――いや、するだろう、このシチュエーションなら! つーか、斬り込み隊の突撃を、ただ後ろから見てるだけなんて性に合わないよ! 絶対いく、でもって、撃たれそうになったか斬られそうになったかを庇おうとして、野村が戦死するんだよ――うわぁ、すごい寝覚めの悪いこと。
つーか、書いてて思ったんだけど、この流れ(作戦立案→玉ちゃん死亡→出航ってェの)、物理的に不可能な感じだよね?
だって、二十日に作戦立案→二十一日に出航、だもん。“官軍”の艦船が現れたって報は十八日に届いたらしいのですが――つぅか、これ、そもそも泥縄式の作戦だァね。もっと情報収集とかをきっちりやって、作戦も幾とおりか考えて実行してたら、野村とかは死なずにすんだんじゃないのか? あと、甲賀さんとかも。
つーかそもそも、釜さんも荒井さんも、かなり見通しが甘いんですけども。開陽の座礁の件だって、ちゃんと天候の推移とか見てりゃあ避けられた話だったんじゃ? ――そりゃあ、そうそう箱館新政府が持ちこたえられないわけさ。
私も、あのひとたち(含む、タロさん)に背中は預けたかァねェなァ。裏切られそうで、つーか、とっとと先に降伏されそうで怖いよ。
……まァいいや、所詮お話だ。
そうそう、明日(6/5)、またしても日野に行ってきます。日野本陣に行きたいのと、石田寺に行って御神木の写真が撮りたいのと。
高幡不動はあじさい祭の最中だし、散歩かたがたいろいろ回りますよ。
こういう時、近いっていいなァと思いますね。近いっても、1時間はかかるんだけど(苦笑)。
そのうち、勝さんのお墓参りとかも行きたいなァ。
この項、一応終了で。
次は鬼の北海行。そろそろ戦線復帰?