小噺・小栗上野介の儀

「……ッくしゃん!」
「おや、風邪ですかい、土方さん」
「いや、誰かが俺の噂話してやがるに違いねェ。しかも、良い噂とも思えねェ……よもや、例の小栗何たらか……?」
「あァ、小栗さん。こないだから五月蠅く云ってきてますもんねェ、阿部さん返せの何のってェ」
「あァくそ、俺ァどうも、あの小栗さんてェのァ好かねェんだよなァ――勝さんと揉めたお人だからってェのもあるんだろうが……」
「てェか、あんたァそればっかりでしょうが」
「んなわけァあるかァ!」
「おや、違うんで?」
「そこまでじゃねェ! ……大体、何だ、あの野郎のねちねちねちねちしたもの云いは? 阿部さんのことを、俺たちがかっ攫ってったみてェに云いやがって……阿部さんをお預かりするってェのァ、川路さんとも協議の上でのことで、それだって、阿部さんが譜代の連中のところに戻るとおっしゃるなら、こちらも止められねェって云ってんのによ! 何が“速やかにお返し願おう”だ、あの××!!」
「あーあー、大人げねェですぜ」
「こんなんで黙るのが大人げだってェんなら、そんなもなァ、溝にでも蹴こんでやらァ!」
「……まァね、わからねェではありませんけどねェ。何て云うか、あの小栗さんてェお人ァ、こう、重箱の隅つついてきやがりますからねェ」
「他人んとこの重箱の隅つつく暇ァあるんなら、てめェんとこの身内のごたごた何とかしやがれってェんだ!」
「……“ごたごた”ってェな、あれですかい、小栗さんの下の連中が、宝箱ん鍵らしいの奪い合ってるってェ件ですかい?」
「――宝箱の鍵かどうかァ知らねェが、何やら良さげなもん争って、掴み合いみてェなことんなってんのァ確かだなァ」
「あ、あれ、崎さんが投げ込んだ火種ですぜ」
「……あ?」
「で、元ネタ拾ってきたのァ俺で」
「あァ!?」
「や、あんたが、小栗さんうぜェうぜェって云ってるんで、んじゃあ小栗さんがこっち来る暇ァなくしてやったらどうかなァと思って(爽笑)。ったら、崎さんが、また上手いとこに餌放り投げてきやがるんで」
「――おめェら……(戦慄)」
「やァ、崎さんの手際ァ、実際見事なもんでしたぜ? 俺の掴んできたネタァ、こうきれいに飴がけして、それをいかにも旨そうな風に、餓えてる連中の真ん中に放りこむんでさァ。お蔭で、中身ァ毒だってェのに、奪い合いする輩の多いこと!(爽笑)」
「…………(ぶるぶる)」
「ま、あれで当分ァ、小栗さんもこっち来てる暇ァなくなるでしょうから、あんた、心安くしといて大丈夫ですぜ(にこ)」
「……つくづく、おめェと崎が下にいるんで良かったぜ……」
「何ですよ、ひとを、稀代の大悪人みてェに」
「や、傍から見りゃあ、似たようなもんだろ」
「……土方さん?(にこ)」
「おっと、そうだ、そう云やァ、牧野さんが、どこからも禄を得ておられねェってなァ、本当の話か?」
「(話逸らしやがりましたね?/にこ)えェ、本当のことでさァ。しかも、川路さんとこからお誘いがかかってるらしいんですけども、お風邪を召しておられるみてェで、まだ返事をなさってねェらしいんですよねェ」
「……牧野さん、うちに来て下さらねェもんかなァ。うちの上に立って、譜代だの小栗だのと渡り合って下さりゃあ、ちっとァ俺たちも、連中と対等にものが云えるようになるんだがなァ。――阿部さんもいらっしゃるんだし、居心地ァ悪くねェと思いたいんだが」
「まァ、来て戴けるんなら、それに越したこたァねェですよねェ」
「しかし問題は、うちみてェな荒くれもんの溜り場に、元老中ともあろうお方が来て下さるもんだかどうだか……」
「何云ってんですよ。そんなら阿部さんなんか、元老中首座なのに居候してるじゃあねェですかい」
「……まァ、それァそうだが――」
「駄目でもともと、当たって砕けろでさァ」
「(や、砕けちまったら拙いんだがな)……まァ、そうだなァ。じゃあまァ、ゆるゆると声かけてみるか」
「何云ってんです、甘いですぜ、土方さん」
「あ?」
「牧野さんァ、お風邪召してらっしゃるんですぜ? ところで、うちの診療所にァ、松本良順先生と高松凌雲先生ってェ、医家の双璧がおられる、これを利用しねェ手ァありませんでしょう」
「……って、どっちも外科の先生じゃあなかったか?」
「細かいこたァ気にしない! ……ってわけで、俺ァちょっくら、牧野さんかっ攫いに行ってきまさァ(走)」
「あ、おい、待て総司!」
「ははは、吉報待ってて下せェよ〜! (ドップラー効果)」
「待ちやがれ、総司ィ! ……あァ、牧野さん連れてきちまったら、また小栗の野郎が煩ェんだろうなァ……(溜息)」


† † † † †


阿呆話at地獄の七丁目。
小栗さんとか、牧野さんとか……どんな人選だ……


やー、もう、この人を出さなきゃならんとは、は小栗上野介っつーか忠順さん。何で、勝さんいないのに、この人……
っつーか云っていいですか。この人うぜェよ!
何て云うか、細かいことばっか見て、大局はどうしたこらァ! と云うカンジ?
私が勝さん贔屓だってのを置いといても、この人は、幕末のあの転換期に、うまく身を処しつつ徳川も守る、と云うことはできなかったろうなァと思います。何て云うの、譜代の旗本の傲慢さがどうにも……(望月光蔵さんにも感じることなんだけど、譜代の旗本って、何であんな頭が高いって云うか、人を人とも思わないんだろう)……うッぜ。
しかしまァ、この人を取り立てたのは井伊直弼らしいのですが、そうであれば、幕末の恭順派と主戦派は、ちょい前の阿部派vs井伊派と云い換えてもいいのかも、と思っちゃいます(勝さん、一翁さんは、姫が登用)。そう云や彦根も早々に倒幕に転じたもんなー。何だそりゃ。
とか云って、一応参考に、と思って読んだ『戦国と幕末』(池波正太郎 角川文庫)と『幕末動乱の男たち 上』(海音寺潮五郎 新潮文庫)にも、“小栗さん、国を動かす器じゃなかったよ”って云う見解が載ってて(笑)。はっはっは、Wで云われちゃってるよ、的な。
まァ、結局は官僚どまり(優秀なのは優秀なんでしょうが)のひとってことかな、やっぱ……


対する牧野さんは、牧野備前守忠雅殿、姫の片腕として、老中在任中ずっと一緒だったお方です。姫より20歳年長だけど、亡くなったのは姫が一年先。いろいろ仲が良いようで。
何と云うか、超↑一心同体な感じで、腐.女.子ならば萌え〜♥ なのですが、この二人だとどうもな……姫とじいやみたいな感じ? (あれ、それも萌えか)
No.2御約束な感じで牧野さんは押しが強く、かつかなり強気。流石に、姫が外交に頭を悩ましている間に、内政をほとんど仕切っていた(と、土居良三さんがそんなことを書いていたような)だけはあります。


というわけで、この後の組織表は、以下のとおり。


名代 牧野忠雅
後見・補佐筆頭 井上源三郎
補佐・一番隊隊長 沖田総司
補佐・二番隊隊長 斉藤一
補佐・三番隊隊長 島田魁
四番隊隊長 酒井玄蕃
五番隊隊長 野村利三郎
六番隊隊長 相馬主計
七番隊隊長 星恂太郎
八番隊隊長 岡田以蔵
補佐・九番隊隊長 河上彦斎
補佐・十番隊隊長 服部武雄
十一番隊隊長 秋月登之助
十二番隊隊長 内田量太郎
十三番隊隊長 山川大蔵
補佐・監察方 山崎烝
補佐・勘定方 安富才助
補佐・諸士扱方 大野右仲 ― 古屋佐久左衛門


で、これに居候の姫=阿部正弘殿、が入ります。どんな組織だ。
ちなみに“補佐”とついてる連中は、補佐と云う名の雑用係――権限はあるけど、例えば鬼が倒れた時とかに、書類に判子ついてもらったりとか(笑)。ホントに雑用係だ(笑)。
ま、ホントに余所とその場で折衝しなくちゃならない時に、鬼の代行としてものごとを決定できるってこともありますが。
ちなみに、牧野さんは、基本対外交渉(実務と云うよりは、捩じ込んでくるお偉方除け的な)をお任せ、ということで。
さらに無駄にゴージャスな人事だな……(笑)


さてさて、この項終了。
次は鬼の北海行――やっと(ホントに)北海行だ……