めぐり逢いて 11

 新撰組本隊が仙台に到着したのは、九月十六日の昼過ぎのことだった。
「安富さん、島田さん……」
 追いついてきた京以来の副長の腹心たちに、鉄之助は昏いまなざしを向けた。
「市村君、副長は」
 安富才助に、細い目を向けられて、鉄之助は力なくうなだれるしかなかった。
「お聞きになりましたか、仙台藩は、薩長に謝罪嘆願書を出したそうです……」
「……あぁ、聞いたよ」
 頷きながら、安富は、懐のあたりをそっと押さえた。
「だから我々は、副長の指示を仰がねばならん――それに……預かりものがあるのだ。副長は、どちらに?」
「今、大鳥総督にお会いになっているはずです」
 それからほどなくして、副長が島田の姿――かれは、並外れた体躯の主であったから――を認めて、こちらに近づいてきた。
「島田、安富」
 向けられた副長の顔の疲れは、ここ数日変わることはなかった。
 さもあろう、仙台藩は、もう早くから降伏に論を傾けていたのだ――副長や榎本は、それを何とか翻そうと説得に奔走していたが、いよいよ謝罪嘆願書まで出されては、今までの努力は水泡に帰してしまった。
「聞いたか、仙台藩は降伏するそうだ」
「ええ……残念です。――榎本先生は、今後どうなさるご所存なので」
「……奥州は、もはや駄目だと見切りをつけたようだ。残されたみちは、海を渡ることだけだ、が」
渡航する、と云うことですか。ですが……どこへ」
「さてなァ――今、名が挙がっているのは、蝦夷地だが」
蝦夷、ですか」
 安富は、流石に難しい顔になった。
「それは……ここより北とあっては、考えますなぁ」
「あァ、まったくだ。それに、船でゆくとなれば、この員数では多すぎる。そのあたりも含めて、まだ論議の最中だ」
「そうですか」
 頷いて、安富は、また懐を押さえ、暫、逡巡する風だった。
 が、やがて意を決したように、
「……副長」
 その声は、ひどく重いもののように、鉄之助には聞こえた。
 副長も、その声の変化に気づいたようだった。
「何だ」
 そう応えながら、返すまなざしは、訝しさと、どこかに怖れを含んでいるようでもあった。
「副長宛の文を預かって参りました――庄内の、沖田先生の姉上からです」
 そう云いながら安富が取り出したのは、一通の手紙だった。
「――おミツさんから」
 手紙を受け取り、副長は絶句した。
 鉄之助も、呆然と佇むしかなかった。
 沖田の姉からの手紙――それは、よもや。
 ――俺が追いつく前に、この人の身に何かあったら、覚悟しておいてくださいね?
 あの日、千駄ヶ谷で、かれは確かにそう云ったではないか。治らないと承知しないと云った鉄之助の言葉に、笑ってそう返したではないか。
 だが。
 文を開き、やわらかな女手をまなざしで追う副長の顔は、白くこわばっていく。表情の消えた、氷のように硬い顔。
 やがて、
「――総司……」
 ただ一言呟いた声の、ひどく平板な響きが聞こえ、副長の手から文が落ちた。
 安富が、俯いてそっと目を伏せた。
 ――沖田さん……!
 手紙には、沖田が千駄ヶ谷で没した旨が書かれていた。五月三十日、近藤の死から一月後のことだった。



 沖田死すの報を受けてから、副長は、以前にもまして沈み込んでいることが多くなってきた。
 あるいはそれは、この戦いそのものの先行きがないことからくる、厭戦的な気分もあったのかも知れぬ。
 それでも、副長は、今後のことを協議するため、榎本や大鳥などと頻繁に会合を持っていた。
 副長が何を考えこんでいたのかを知ったのは、九月下旬、副長の口からこのような言葉が発せられてからだった。
「我々は、これより、海を越えて蝦夷地を目指す。――だが、蝦夷の冬は厳しい上、乗ってゆくべき軍艦も、すべての兵卒を収容するには足りん。故に、これより先は、おのおのの選ぶに任せることとする。北へゆくも、ここへ留まり、仙台藩とともに薩長に降伏するも、あるいは密かに郷里に戻るも、どれを選ぶも思う儘だ。仙台藩では、ここで降伏を希望するものは、受け入れようと云われた――どちらを選ぶか、決めたものより俺に知らせろ。必要な手は打ってやる」
 鉄之助は、呆然とした。
 それでは、やはり副長は、“新撰組”を解体することを考えていたのだ。近藤も沖田もいない、その上先行きも定かならぬこの組織を、まだ最後の――完全な崩壊の足音が聞こえぬうちに、己の手で葬ってしまおうと考えていたのだ。
 だが――
 そう、その方が良いのかも知れないと、鉄之助は考え直す。
 ここまでは、“新撰組”と云う組織のためについてきたものも多かった。だが、これから先は、生命を預けるべきは“新撰組”ではない。預けるべきは、副長にだ。だから、“土方歳三”と云うひとのためについてゆくもののみが残れば良い。
 去りたいものは去れ――だが、鉄之助は残る。
 副長とともに、地の果てまでも戦い抜き、その傍で生命果てる、それこそが、沖田から託された自分の命なのだ。
 かつて、遠い過去世で、自分は副長と沖田に対して、何か、してはならない過ちを犯した――それを今生で償うことは、もはやできはしない。沖田が逝ってしまったとあっては、償いの機会は失われてしまった。
 だが、それならば、せめて副長を守るくらいのことは、自分がしなくてはならない。そうでなくては、今、ここでこうしてこのひとの傍らにある意味などない。
 鉄之助のそのような覚悟をよそに――
 隊内は、副長の言葉にざわついていた。
 やがて日を追うごとに、ひとり、またひとりと離隊を申し出るものが出てきはじめた。
 その中には、副長の縁者である松本捨助や、京以来の同士である吉村芳太郎なども含まれていた。
 副長は、彼らの変節――と、鉄之助には思えた――にも怒りを見せず、それどころか、郷里に帰ると決めた松本や、斉藤一諾斎などには、路銀を与えすらして、これまでの労苦をねぎらっていた。
「――おめェはどうする、市村」
 ある時、茶を運んでいった鉄之助に、副長はそう訊ねてきた。
「おめェの兄貴は、大垣に帰っているんだろう。なら、ここで別れて、郷里に戻って構わねェんだぞ」
「俺は残ります」
 鉄之助は、間髪いれずに答えていた。
「沖田さんと約束したんです、あのひとが追いつくまで、俺が副長をお守りするんだと――だから……」
 ――俺が追いつく前に、この人の身に何かあったら……
 ――そんなこと、生命に代えてもさせやしませんよ! だから、必ず追いついて下さいね!
 今はもう、果たされることのないその約束――だが、沖田が追いついてこられないのなら、鉄之助が死ぬまで、副長を守り続ければ良い。そうあれば、九泉の下で再びまみえたとき、沖田に“約束は守りきった”と誇ることも出来ようから。
 一心に見つめる鉄之助のまなざしに、副長はわずかに顔を歪め。
 やがて、
「……生ァ云ってんじゃねェよ、ガキが」
 云いながら、くしゃりと笑みらしきものがこぼれ落ちた。
 大きな手が、鉄之助の頭をくしゃくしゃとかき回す。
「俺は、もう子供じゃありません」
 抗議するように、鉄之助は云った。
 子供ではない――副長を守りたいと思えるほどには、自分は大人になったのだと思った。そうとも、もう自分は大人にならねばならぬ。沖田が死んだ、その空白を埋めるためにも。
 だが、副長は笑って応えなかった。
 ただ、「好きにしろ」と、その言葉だけで。
 しかし、鉄之助は、それがゆるしであると知り、目頭の熱くなるのを覚えながら、深く頭を垂れた。



 この時の新撰組離隊者は二十三名となった。
 かれらは九月二十三日、仙台藩下松山の陣屋に赴き、他の降伏者ともども、仙台藩に恭順の意を示した。
 残った隊士は、副長を除いて二十二名。安富、島田など、副長に対する忠誠心の厚いものばかりであったが、員数の少なさは、如何ともしがたかった。
 副長の思うとおり、“新撰組”は、ここで終焉の時を迎えようとしているように思われた。


† † † † †


鉄ちゃんの話、続き。


下の小噺で、安富さんを出した&一応安富さん、この時期“副長”だから、と云う理由で、安富さん登場。
結構イメージ固まったので、こんな役回りですが――まぁ、手紙預かってくるなら、安富さんとかだよねぇと。一ちゃんが一遍受け取るかなーとも思ったのですが、何か島田&中島組が、一ちゃんの部隊は如来堂で全滅、と記録しているので、おとなしく安富さんに受け取らせました。ホントは、大鳥さん→安富さん路線だろうとは思うのですが(鬼がいないからね)。


さて、今後(つーか、日付的にはもう入隊してるはずだけど)桑名藩士、唐津藩士、松山藩士が入隊するわけですが――鬼が声かけたって、ホントかな、ああでも、どうにかして旧主を追いかけていきたいって思う藩士たちを見たら、声はかけるかもな――松山藩士とのアレコレって、どうだったんだろ。って、書いていけばわかるか。美化がはいるかもだけど(苦笑)。仕方ないのです、そんなもんだ、松山藩士に好きな人がいれば話は別だけど(笑)。


と、云うわけで、総司の死亡通知が届きました――今後、いろいろ転変する、にしても、まだ仙台かよ……明治元年の九月ですよ! 鬼戦死まで、あと八ヶ月もあるよ! 長い!
まぁ、そんなこと云ったら、鬼の北海行なんか、まだ江戸に居ますけど!(笑)
……頑張っていこう。


この項、終了。