めぐり逢いて 15

 五稜郭入城の翌日、十月二十八日に、副長は、彰義隊、額兵隊、陸軍隊など五百人あまりを率い、松前攻略に向けて出陣することになった。
 もちろん、出陣するのは副長のみではない。松前攻略軍の総督となった副長を守るため、島田や蟻通など古参のものが数名、守衛隊と称して付き従うことになり、小姓である鉄之助もまた、そこに含められて随行することになった。新撰組本隊は、相変わらず安富の指揮下で、大野村の警護にあたっていた。
 攻略軍の目指すのは、松前藩主の居城である松前城――とは云え、副長の考えでは、何も必ず戦わねばならないと云うわけではなく、できれば松前藩を丸ごと抱きこみたい、と云うのが本当のところであるようだった。
「無駄な兵も糧食も、あるわけじゃあねェからなァ」
 馬上の副長は、そう云って苦笑を浮かべた。
「戦わずに済みゃあ、それに越したこたァねェ。これァ、まァ、喧嘩の出鼻の恫喝みてェなもんだ。向こうがそれで降参してくれるんなら、万々歳ってェことさ」
 とは云え、松前藩を充分に落とせるだけの兵は、確かにつけられてはいるようだった。
 副長は、兵を進めて、七里浜の向こうにある有川で宿陣することにすると云った。
 実はその有川で、江戸より帰還した渋谷十郎なる松前藩士ら七名と、会談を持つことになっていたからだ。
 渋谷らは、江戸で抗戦派を暗殺したのち、横浜から外国船に乗って、二十五日に箱館に到着、永井尚志に面会して、松前藩への帰藩を遂げるため、幕軍制圧区域の通行許可を求めていたのだった。
 元陸軍奉行並・松平太郎がかれらと会談し、許可を与えはしたのだが、松前攻略の意図もあって、ただそのまま通すわけにはいかなかったのだろう。有川で再会談せよと命を受けたのだと、苦笑しながら副長は云った。
 副長が宿としたのは、有川の有力者である種田徳左衛門の屋敷だった。
 種田徳左衛門は、米国の艦船が箱館に入港した折、松前藩の意を受けて沿岸警備の強化を担ったこともあるなど、松前藩とは縁深い人物であった。
「お手前様がたは、ご公儀方とおっしゃいますが、ここは松前藩に恩義のあります土地柄。他所よりおいでのお手前様がたになど、義理も何もございませぬ」
 徳左衛門は、気骨のあるところを見せようと思ってか、そのように云い捨て、宿陣の要求をはねつけたのだが――それで引き下がるほど、“鬼の副長”は甘くはなかった。
「そうか、そう云うならば仕方がない」
 と云いながら、副長は、徳左衛門を縛り上げ、厨において、屋敷を押さえた。
 有川の小さな村は、たちまち兵たちでいっぱいになった。
 渋谷ら松前藩士が到着したのは、種田徳左衛門の屋敷を副長が押さえて後のことだった。
 副長は、彼らを奥座敷に通し、幕軍の箱館制圧に関する事情を話していた。
 渋谷らは、納得のいかぬ様子で、
「ならば、何故いま、松前へ出師されると云うか」
 と問いかけてきた。
 副長は、いつもの削ぎ落とした言葉で、
薩長に抗するためだ」
薩長に抗するためだけと云われるならば、何も蝦夷地まで来られる必要はありますまい。さらには松前にまで兵を出されるとあっては、我らには納得がゆき申さぬ」
「だが、それでは、松前のご領主にあらせられては、何故我らとともに、薩長に抗して戦おうとはなされぬのか」
「それは……」
「先の藩主様は、江戸にてご老中まで務められたと聞き及ぶ。それほどに徳川の恩顧あつい松前藩が、何故、早々に薩長などに頭を垂れ、我らに敵そうとなさるのか、そのわけを伺いたい」
「……我らとて、徳川の恩顧を忘れたわけではござらぬ」
 渋谷は、苦しげな声音で云った。
「しかしながら、藩論は既に勤皇に傾き、佐幕を申すものはなし――帝を担がれては、それに逆らうなど出来申さぬ。どうぞ、我らの胸中もお察しあれ」
「だが、貴殿らは、江戸にて、抗戦を唱える幕臣を弑したそうではないか。それは、徳川の恩顧を鑑みてのことであるのか」
「……抗戦よりも、恭順こそが、徳川の生き残るみちではござらぬか」
 副長は、ふと笑った。
「それでは、我らの立場と云うものがござらぬな」
「そ、そのようなことは……」
 渋谷は、冷汗を拭いながら俯いた。
「……ともあれ、松前藩としては、貴殿らにお力添えすることは出来申さぬ。そこは、お察し下され」
 それを聞いた副長は、嫣然と――力のこもった笑みを浮かべた。
「それじゃあ、こののち、必ずやるってェんだな?」
 やる――戦うのだと、その覚悟があるのかと。
 問いかけられた渋谷は、さっと顔色を変えた。
「それは……」
「我らに力を貸せぬとなれば、一戦やるのァ覚悟のことだろう。それとも、その覚悟なしに、軽々しく今みてェなことを云ったのか?」
「そうではござらぬ!」
 渋谷は叫び、暫の沈黙の後、
「……わかり申した、しかしながら、我らでここでご返答致すわけには参り申さぬ――まずは帰参致して、合議の上、改めてご返事致す。それで、いかがか」
「あァ、構わん。こちらも、和を講ずると云うなら、それに越したことはないからな。兵を留めて、貴殿らの返答を待とう」
 副長は頷いた。
「但し、こちらも長々と待っていられるわけではない。期日を決めさせてもらおう――十一月十日だ、それよりは待たねェ。期日を過ぎれば、すぐさま兵を発することになるぞ」
「それで結構。かたじけなく存ずる」
 渋谷は頭を垂れ、そこで会談は終了した。
 翌二十九日早朝、渋谷らは有川を発ち、松前へと向かっていた。
「……これで、戦いは避けられるのでしょうか?」
 鉄之助は、遠く西の空を眺めながら、副長に問いかけた。
「さァなァ、避けられりゃあ御の字だが――まァ、戦う方向で考えておいた方がいいだろうなァ」
「戦いになりますか」
「そうでなけりゃあ、こんな兵は必要ねェさ。――まったく、戦いてェ時にゃ、戦はできず、戦いたくねェ時にゃ、戦わなけりゃあならねェときてやがる。うまくいかねェもんだなァ」
 副長はくすりと笑い、鎖に下げた時計を見た。
「今日は茂辺地まで進むぞ、そろそろ出立するか」
「はい」
 松前攻略軍の出立は、やっと日差しが森の端にのぼった頃あいのことだった。
 雪原に、朝の光が眩しい。凍りついた雪を、草鞋の下に硬く感じる。吹雪でないのはありがたいが、しかし、これはこれで寒いこと極まりないし、第一滑って危ない。
 吐き出した息は凍りつき、さらさらと氷の粒が落ちるかのよう。肌を切る寒さに、掌に布を巻きつけて、それでも動かなくなるのを、凍てつく息であたためて。
 これで茂辺地まで行くのか――そのみちのりを思うと、溜息がでそうになる。
 それを見てか、
「どうした、市村。もう音を上げるのか」
 意地悪く副長が云ってくるのへ、鉄之助はきっと頭をもたげ、まなざしを返した。
「大丈夫です!」
「――そうか」
 云いながら、くつくつと笑う、副長の姿に、鉄之助はそっと安堵の吐息をこぼし、副長の隣りを、おぼつかない足取りで歩んでいった。



 松前攻略軍は、その後、二十九日に茂辺地、三十日には木古内と進み、十一月一日には、松前藩との境である知内にまで到達した。
 副長は、ここで全軍を駐屯させ、渋谷らと交わした和議の返答の期限の十日までを過ごすと告げた。副長としては、兵の消耗を避け、できるなら戦いそのものを回避しようと云う心からであったのだろう。
 だが。
 その副長の目論見は、その日のうちに潰えることになる。
 海軍奉行・榎本釜次郎率いる幕府海軍の艦船、蟠龍と回天が、海上から福山城を砲撃したのだ。
 十一月一日、午後二時過ぎのことだった。


† † † † †


鉄ちゃんの話、続き。松前攻略。


うぅうん、やっぱり鉄ちゃん目線って難しいよね――鬼の話を聞くかたちにしても、やっぱ限度がありますよ。鬼目線は楽だ。


只今、脳外シュミレーション(電脳じゃないですよー、生脳ですよー)で、“明治維新をひっくり返せ!”と称して、勝さんを勝たせるにはどうするか(←そこか!)、と云うのをやっているのですが――おおォイ、慶喜くん! 貴様、何故、勝っているところで兵を引く! と云う、謎の行動に出られて死にそうです。つーか死ね。
だって、山南さん、平ちゃん、源さんが生きてて、総司も病が治り、桂さんと高杉さんもこっちっ方にきてるってのに、何で負けそうになるの! 挙句、龍馬もこっちに抱えこんだ! と思ったら、変なところに変な密書出してやがったーッ!! 死ねーッ!!
欲得ずくじゃないのはわかったが、私心がなければいいってもんじゃねー!
……とりあえず、慶喜くんはお御輿から外すことにしました。……これで勝てる、かな?
鬼は、勝さんに引き抜かれて、死ぬほど使い倒されてます(苦笑)。総司は、一ちゃんと一緒に、江戸城内の巡回、と勝さんの憂さ晴らしの相手で(笑)。
しかし――このシュミレーションが精度高いとしたら、明治維新のごたごたは、すべて慶喜くんのせいなのかも……(ぐは/血反吐)
勝さんだけでなく、あたしも慶喜くん簀巻きにして吊るしてやりてぇわ(怒/笑)。
が、勝さんは、それでも慶喜くんを庇う様子――あんなの、さくっとやっちゃえー(←オイ)と云う私とは大違い。これは、あれか、“馬鹿な子ほど可愛い”のか? そう云や、ホントの明治維新の後も、勝さん、何だかんだで慶喜くんと一緒に静岡行ったり何だりしてたよね。人のこころってわかんないもんだなァ……


そう云えば。
JIVE発行の新撰組アンソロ『新選組 ダンダラ列伝』、ブックオフで買いました。や、中の小林真文さんの4コマが、いろいろ受けたので! つーか、総司の見た目、沖田番とよく似てます――鬼の見た目も、私に似てるらしい、つーか、むしろ鬼本人、全体にこんなカンジだよな! 狐系だったりとか何とか、いろいろとな!!(爆)
ところでこの方、昔バ×チクの同人とかやっておられませんでしたか? どうもこの絵には見覚えが……気のせいかなー、どうかなー……


とりあえず、この項終了。