めぐり逢いて 16

 十一月一日夜、知内に宿陣中の松前攻略軍を、松前藩兵が襲撃してきた。
 鉄之助たちはまだ知らなかったのだが、それは、蟠龍が松前城を砲撃したことへの報復であったのだ。
 松前藩兵たちは、民家に火を放ち、こちらの姿を認めるや、銃を撃ってきたが、これには陸軍隊が応戦し、結果、かれらは敗走を余儀なくされる。
 翌日、知内を発した攻略軍は、一ノ渡、山崎、福島を順に攻略し、四日には吉岡峠を撃破、荒谷に宿陣する。ここまでくれば、松前はもう目と鼻の先だった。
「いよいよですね」
 荒谷での夜、鉄之助は、冷え切った身体を火鉢で温めながら、副長に云った。
「あァ、いよいよだな」
 副長も、赫く熾った炭火の上にその手をかざし、頷いて云った。
「とは云え、実際、既に戦ははじまってるんだがな。蟠龍や回天が、松前の城に砲撃を加えているそうだ――俺たちのやるべきは、地上からそれを援護することだ。宇都宮以来の、戦いらしい戦いだな」
 そう云ったのは、おそらくは、あまりにも長い間、指揮らしい指揮をとっていなかったためでもあったろう。
 実際、副長が実戦の指揮をとったのは、大きい戦いとしては、宇都宮が最後だった――会津戦は、新撰組も含めて、指揮を執っていたのは大鳥総督以下、旧幕臣の面々であったのであり、そういう意味では、副長はまったくつま弾きにされていたと云ってもいいような状況だったのだ。
「さてさて、是が非でも勝たなけりゃあ、抜擢してくれた榎本さんに申し訳が立たねェなァ」
 副長はそう云って笑い、鉄之助の手をそっと撫でてきた。
「市村、きちんとあったまってるか。――君も、こんなところまで来たりしねェで、田村たちと一緒に箱館で大人しくしてりゃあいいのによ」
「いえ」
 鉄之助は首を振った。
「――俺は、どこまでも副長と同道させて戴きます」
 そうでなくては、沖田との約束は守れはしないのだ。この生命にかけても、副長の身を守る。あの約束は、未だ鉄之助の中で生き続けている。
「この身に代えましても、副長をお守りする所存ですから」
「――島田みてェなことを云いやがる」
 副長は、微苦笑をこぼした。
 くしゃくしゃと髪をかき回され、思わず目を細める。
 子ども扱いされているような、あるいは犬猫に対するような、副長のこの仕種が、けれど鉄之助はとても好きだった。他の人間にやられたなら、間違いなく眉をひそめて避けただろうが、副長であれば――素直に受けとめることができるのだ、まるで、昔この人の子供であったかのように。
「――市村、生き残れよ」
 不意に、手が止まり、真摯な声が、そのような言葉を紡ぐのが聞こえた。
「君はまだ若い。こんなところで死ぬんじゃねェぞ」
「っ、俺はっ……」
 沖田さんと約束したんです、と、口に出すことはできなかった。
 その名を出すことは、いたずらに副長の傷を広げることになるだけだ。
 だから。
「……死にませんよ、俺は――副長をお守りするのに、死んでなるものですか」
 そのように答えると、副長は、わずかに笑みを口許に刷いた。
「うんうん」
 背中を叩いて頷いている、その姿は以前に較べ、ひどく老け込んだようにも見えた。さながら、じっと死を見つめる老人のような、疲れ、凪いだまなざし。
 じわり、と涙がこみ上げてきて、鉄之助は、あわててきっとまなざしを強めた。
 この人を、できる限り生き長らえさせなくてはならない。それは、鉄之助の望みであり、島田や安富たち新撰組隊士の望みであり、何より沖田の望みでもあったのだ。
 その望みをかなえるためにも、鉄之助は、身体をはって、この人を守らなくては。
 鉄之助のそのような決意と関わりなく。
 翌十一月五日、攻略軍は、いよいよ城下に進軍した。
 朝七時頃、城下の東の高台を占拠した攻略軍は、ここに野戦砲二台を据えて、松前城攻略の足がかりとする。
 これにより、街道沿いに布陣していた松前藩兵は、退路を塞がれてはならぬと城下へ退却、攻略軍はこれを追って、及部川流域まで進軍する。
 正午過ぎ、ここで両軍の戦端は開かれた。銃撃戦は、一進一退の戦況であったのだが、海上に軍艦・回天が現れ、地上の松前藩兵たちに向かって攻撃を開始するや、流れは幕軍側に傾いた。そして、幕軍の一部が及部川を渡河すると、松前藩兵は陣を放棄し、城内へ退却、攻城戦の様相を呈してくる。
 副長は、軍を松前城と向き合う馬形台地に進め、そこに布陣する。
 そうして、まずは眼下の海辺に築かれた築島砲台の攻略にかかった。
 築島砲台には、海に向けて据えられた、かなりの大きさの大砲があり、それが回天・蟠龍の湾内への侵入を妨げていたのだ。
 激しい砲戦の後、築島砲台は沈黙。蟠龍が高波のため湾内に入れぬため、回天は単独でぎりぎりまで湾内に侵入し、艦載の大砲で松前城を直接攻撃した。弾道の低い艦載砲は、海にほど近い立地の城内を射程内におさめていたが、松前城には、海に向かって七門の砲台を配しており、それらの砲台と回天の間で激しい砲戦が繰り広げられることになる。
 一方、城内が回天に気を取られている間に、副長は、軍を二方に分けて、それぞれ彰義隊を当面の馬坂から搦手口へ、額兵隊には引き続き馬形台地から砲撃をさせる作戦に出た。
 ところが、搦手門を攻める彰義隊が、なかなかここを突破できない。と云うのも、松前藩兵が、門の間際に大砲を据え、門を開け閉めして、開門の時に攻撃し、あとは閉門する、と云う作戦で、彰義隊士たちを城門へと近寄らせなかったからだ。
 副長は、戦況を聞いて暫黙考し、やがて、
「――斬り込み隊を編成し、閉門している間に、門のそば近くまで進ませろ」
 と指示を出した。
「開門しても、門のあたりには、大砲の死角があるはずだ。そこで一撃だけ弾をやり過ごして、閉門されぬうちに突入せよ。なに、斬りこんじまえば、そういうところほど簡単に落ちるもんだ」
 云いながら、鉄之助の手から、佩刀を取って、自身もすっくと立ち上がった。
「副長、どちらへ」
 島田が、慌てて問いかけてくるのへ、副長はにっと笑いかけた。
「なァに、こちらもこちらで仕掛けてやるのさ。――額兵隊は、そのまま砲撃を続けろ。島田、おめェらと陸軍隊は、俺とともに来い」
「どちらへ」
「城内の連中が、彰義隊や回天に気をとられてる間に、城の裏側へ回りこんでやるのさ」
 面白いだろう? と問われ、島田が顔を輝かせて頷くのがわかった。
 島田がいそいそと準備をはじめるのを見やった副長は、ふと鉄之助を振り返った。
「君も来るか、市村」
 もちろん、云われるまでもない。
 鉄之助は頷いて、自身の刀を腰に差しなおし、副長の後を追った。



 副長率いる陸軍隊、守衛新撰組は、城北部の寺町から、寺町御門を襲撃せずに、堀を渡り、石垣を登って北ノ丸から城内に侵入、そこで壮絶な斬り合いとなる。
 また、搦手門を攻めあぐねていた彰義隊が、ようやくここを突破、本丸内に斬りこんでゆくと、松前藩兵は総崩れとなった。
 かれらは、城に火を放ち、西門から江差方面に逃走、松前城は幕軍の支配下に置かれることとなる。


† † † † †


鉄ちゃんの話、続き。
いよいよ松前城攻略。
って云うか、結構嘘を書いてるっぽいぞ、このあたりの戦闘(汗)。改稿時に直しますが――おォイ、春日さん、ちょっと何やってんの! (と云う記事が、福島町史の中に!) 大丈夫だったのかなホント、この部隊って……
とりあえず、今回は、リンク張ってます福島町史のサイトに大変お世話になりました。次回も、結構こちらのお世話になるかもね……


しかし何か最近、攻城戦ばっか書いてるような気がしますわ……
つーか、こういうのって、確かに女の書くもんじゃねェや。何かの折にふと見つけた、女性のサイトマスターの書いておられた宇都宮戦も、何かあたしのみたいにみっしり戦闘シーンが書いてあったりはしなかったしな……うぅうむ、こんなんだから、女率が上がらんのか……


でもまァ、戦争の書き方って、やっぱりいろいろだなァ。昔書いた鋼錬の戦争は、やっぱり近代戦(殲滅戦)だったけど、この戊辰〜箱館戦争ってのは、まだゆったりしてると云うか、そこまで人が死なないもんなァ。ちょうど過渡期なんだとは思うんですけども、意外にのんびり。
これがちょっと下って日露戦争くらいになると、もうかなり近代戦になってくんだよなァ……塹壕の跡とか、結構すごいですよね、あれ……


ところで、大鳥さんがらみの電波情報をもらいましたが――何、鬼ってそんな何考えてるかわかんない? つーか、別に全権取ってやろうなんぞとは思ってなかったはずですが(キレてない時はね)。そんなに自信がないのかね、アナタ……陸軍トップはアナタだろ!
勝さんだって、取って代われるほど、鬼が仕切れるとは思ってなかったと思うんだけど。まぁ、愚痴なんだろうけどさ、アナタのソレは……
しかし、まったく意思の疎通のできてないふたりだったのね、鬼と鳥さん……そりゃあ駄目だわ、いろいろね……(溜息)


さてさて、この項終了です、一応ね。