めぐり逢いて 17

 松前攻略軍は、城下で暫休陣していたが、兵の疲れがややとれたと見たところ――十一月十日になって、衝鋒隊、額兵隊を先鋒として松前城を出立し、江差を目指して行軍を開始した。
 同じころ、五稜郭からも一聯隊が、松岡四郎次郎を隊長として江差を目指していた。
 両軍は、十五日を合流の日と定めて江差を目指していたが、副長の率いる松前攻略軍は十二日、小砂子村と石崎村の間にある大瀧で、松前藩兵と一戦を交えることになった。蠣崎広胖、蠣崎民部らの率いる松前藩兵が、大瀧の断崖周辺に兵を配し、攻撃を仕掛けてきたからだ。
 松前藩兵が粘り強く戦ってきたため、攻略軍はここを抜けることができずにいたが、額兵隊長・星恂太郎の機転によって、松前藩兵を撃破、一路江差へと向かう。
 攻略軍が江差入りしたのは、予定よりも一日遅れとなる十一月十六日のことだった。
 しかしながら、江差には既に松前藩兵の姿はなく、代わりに待っていたのは、榎本釜次郎率いる幕軍海軍と、松岡四郎次郎率いる一聯隊――そして、沖合いで傾いた姿を晒している開陽だった。



「開陽が……」
 鉄之助は、副長の後ろに立って、呆然と呟いた。
 副長が、握りしめた拳で、松の幹を殴りつけるのが見えた。
 開陽が座礁した。それが幕軍にとって大変な打撃であることは、鉄之助にもよくわかっていた。
 開陽は、オランダ製の蒸気船で、幕軍最強の戦艦だった。開陽一隻で、蝦夷地と本土を隔てる海峡の制海権を握ることができるとまで云われた、当時の技術の粋を集めた軍艦であったのだ。
 それが、こんなにあっけなく沈むことになろうとは、幕軍の誰も、予想だにしていなかったに違いなかった。
「昨夜の嵐で、こんなことに……」
 榎本は、沈鬱な面持ちで、副長にそう説明していた。
「今、箱館に知らせを出したところだ。何とか、再び開陽を走らせたいのだが……」
 しかし、相変わらず風雪は激しい。救援の艦船が来るまでの間、果たして開陽が持ちこたえられるものかどうか。
 実は、開陽は木造艦船であり、そのためどうしても浮き上がりすぎるのを抑えるために、船底に銅塊を積んで航行していたのだ。だが、この蝦夷渡航などで資金が底を尽き、錘となる銅塊を売り払ってしまっていたのだ。
 船体が浮き上がり、均衡がとり難くなっていたところへ、この暴風雪だ。
 開陽は、それで舵を取られ、あっけなく座礁してしまったのだ。
「――沈む、か……」
 副長の呟く声が、風の哭く聲にまじって、鉄之助の耳朶を打った。
「何、です、副長?」
 どきりとしながら問いかけると、苦笑まじりに首が振られ、
「いや……」
 と、それだけが返った。
 沈む――何が? 開陽がか? ――それとも?
 ああ、だが、このまま開陽が波間に消えるようなことになれば、確かに沈むのは艦船ばかりではなくなるだろう。
 制海権を握る鍵であった開陽が沈めば、“官軍”の艦船も、容易に海峡を渡ってこられるようになる。そうなれば、幕軍の命運すらも危うくなるのは、火を見るより明らかだった。
 副長の呟きは、それを指してのものでもあったのか。
 ともかくも、かれらは箱館よりの応援を待ちながら、江差の戦後処理を行うことになった。
 松前藩主・松前徳広が、一族や家老などとともに津軽へと脱出したことで、松前藩兵たちは、安堵したものか、抵抗を弱めていた。つい先頃までは徹底抗戦の構えであったものが、十七日に降伏勧告を出した時には、「二日の猶予を戴きたい」と、かなり軟化する様子を見せ、二十日には、遂に降伏の運びとなったのだ。
 だが、この席に副長は同席してはいなかった。
 副長は、榎本と一聯隊に江差を任せ、松前へ戻り、ここで休陣する。
 榎本の裁量により、江差奉行に一聯隊隊長・松岡四郎次郎を、松前奉行に、後続してきた遊撃隊隊長・人見勝太郎を当て、その上で人見に、松前藩兵たちとの戦後処理を任せることになったからだ。
 その処理が進められる最中の十一月二十二日、箱館より回天と神速が江差に到着し、すぐに開陽救出を敢行しようとする。だが、相変わらずの風雪の激しさに、回天は江差湾内に入れず箱館へ戻ってゆき、残る神速も、救出するどころかこちらも座礁。これにより、幕府海軍は、同時に二隻の軍艦を失うこととなった。
 残る海軍の艦船は、回天、蟠龍、高雄、千代田など、五隻ほどに減ってしまっていた。
 この開陽座礁が、副長の言葉のとおりに、幕軍の命運を定めることになるのだが――そうとは知らず、鉄之助たちは、ただ海の守りであった艦船の沈んだことに深い嘆きをおぼえたのだった。



 だが、ともかくも、松前江差は落ち、蝦夷地は松前藩から幕軍の手に渡った。全島の制圧はこれをもって完了したのだ。
 副長は、陸軍隊と遊撃隊とに松前を任せると、五稜郭へと出立する。十二月十二日のことであった。
 それは、誇らかな凱旋であったはずなのだが――鉄之助は、決して晴れやかにはならない自分の心のうちをおぼえていた。


† † † † †


鉄ちゃんの話、続き。
江差攻略と云うよりは、開陽座礁と云うべきか……つぅか、事務の話ばっかですな、この項……


つーか、資料あたってると、江差→熊石あたりに関しては、鬼、そんなに仕事らしい仕事してないよね。
でもって、福島町史のサイト見ると、幕軍が乱暴狼藉の限りを尽くしたみたいに書かれているのですが、他のを見ると、そうでもないようなことがあったりとか――ホントはどっちだ。
まァ、戦争ってのはいつでも様々の暴力と抱き合わせでやってくるので、どっちが一方的に間違ってるってこともないだろう(勝った方が乱暴狼藉の限りを尽くすのは、幕軍も官軍も一緒だ)けどね。まぁ、戦場になったところの住人には、いい迷惑だよな。うん。ごめんね。
ただまァ、幕軍が来なければ、蝦夷地が平穏無事だったかって云うと――それはまた別の話だとは思いますけどね。


ところで、例の「明治維新をひっくり返せ!」脳外シュミレーションですが――鬼がやっぱり狐らしいです。頭と腹と毛並みの黒い狐。しかも、くすんだ黒。闇に紛れたらわかんないんだそうで(笑)。
すごい暗躍してるようで、そうですかって感じです(苦笑)。
まァそうね、やっぱパワーゲームっつーか、力の均衡って気になるよね。勝さんに不利なものは排除したい、と思うと、まァいろいろやっちゃうよね、芹鴨の時みたいにね……って云う。
うん、多分、芹鴨とかっしー+高台寺党の粛清に関しては、云い出しっぺは鬼でしょう。殿内さんと山南さんは、かっちゃんだと思うけどね。
正直に云うと、やっぱり鬼の汚いところは、あんま書きたくないのかな、自分……箱館戦争では、まァ暗躍してる暇はなかった、つーか、守って暗躍する相手もいないしね。だから、書いてても割ときれい目のエピソードばっかなんですが。
京都時代はねー。いろいろあったし、いろいろやったから(笑)ねェ。うん、そういう意味では、山南さんの方が“仏”かも。山南さんの黒さは、パワーゲームとは関係ない黒さだね。鬼のは、本当に権力闘争やる人間の黒さだ。やぁ、黒い黒い(笑)。困ったなー。
しかし、勝さんにはそれなりに可愛がってもらってるらしい――ちょっと幸せ♥(←何故)


ところで、『幕臣勝麟太郎』(土居良三 文藝春秋)を読んでたら――松本良順先生って、昔っから勝さんと仲良かったのね! 何てことだ! 多分、勝さんと先に知り合っていたはず(三浦啓之助の件で)なので、えぇと――良順先生も、例の記名間違いの手紙とか見た口か?(汗) うわー、何てこったい(大汗)。


この項、一応終了で。