小噺・岡田以蔵の儀

「土方さん、俺ァ、心底がっかりしましたぜ」
「あァ? 何の話だよ」
「まさか、奴があんなんだとァ思いませんでしたぜ」
「だから、何がだよ」
「いえね、最近、源さんとこの傍うろうろしてる奴がいたんで、中に入れてやったんですけども」
「あァ」
「それが例の“人斬り以蔵”だったんでさァ」
「土佐の、あの、か。何でわかった?」
「いっぺんだけ、見かけたことがあるんでさァ。憶えてますかい、京の川舟の上から見たでしょう、あんたと近藤先生を射殺しそうに睨んでやがった浪人崩れ」
「あァ、あの、すげェ殺気放ってやがった、ボサボサ頭のあれか。目ばっかりぎらぎらしてやがったのァ憶えてるが……」
「えェ、あれがどうもそうだったらしいんですけどね。気配が似てたんで、そうかも知れねェなァと思いながら拾ったんですけども――本当にがっかりですぜ」
「それァ以蔵のことか」
「そうでさァ。宿無しらしいってんで入れてやったら、これがもう、どうしようもねェへたれっぷりで」
「……以蔵がか」
「そうなんでさァ。もう、武市先生にすまねェだの何だのってェ、べそべそべそべそしてやがるんで」
「“人斬り”ってェ呼ばれた男がなァ……」
「あれァ本当にねェ、ほっぽりだしてやろうかってェくらいに鬱陶しかったですぜ。“百年の恋も醒める”ってなァ、こんな気分なんでしょうねェ」
「(……それァ、言葉の使い方が違わねぇか)――まァ、そんなんならがっかりもすらァなァ」
「まったくですぜ。土佐の岡田以蔵と云やァ、熊本の河上彦斎なんかと並び称される人斬りだってェのに……あんなべそべそされちゃあ、がっかりどころの話じゃあありませんや」
「俺ァよく知らねェんだが、以蔵ってェのァ何やりやがったんだ?」
「あんた、もの忘れが酷いんじゃあねェですかい。以蔵はあれですよ、土佐の勤皇党の手先で、いろいろ天誅事件を起こしやがったでしょう」
「いや、そうじゃあなく、何で奴ァ捕まる羽目になっちまったんだ?」
「何か知らねェですけども、土佐の中でのごたごた絡みらしいですぜ。奴の“先生”の武市瑞山とやらが、土佐の重鎮だった吉田東洋ってェのを殺したりなんだりしてて、禁門の変の後で、勤皇党が勢力争いに負けたときに、どうも武市に捨てられたらしいんでさァ。で、京にひとりで潜伏してたところを見つかって、処払いを命じられたところで、今度ァ土佐のもんに捕まって――まァ、後はお定まりの線でさァ」
「……そうか」
「あれですぜ、以蔵の奴、捕まった後に、武市に毒盛られたらしいですぜ。それでもうっかり生き延びちまって、結局全部吐いて、それで武市も切腹ってェことになったとか聞きましたけど――その辺で、また以蔵がべそべそしやがるんでさァ」
「どうも俺にゃあ、べそべそしてやがる以蔵、ってェのが浮かばねェなァ」
「俺だって、実際見るまでァ、こんな野郎だとァ思いもしませんでしたぜ。本当にまったく、がっかりでさァ」
「……同じことを、おめェも奴に云われたんじゃあねェのか」
「――厭なこと云いますねェ、あんたってェひとァ」
「云われたろう」
「……えェ、まァ。“お前のようなのが沖田総司だとは、まったくがっかりだ”みてェなことを、何だか塩ジャケ弁で云われましたぜ」
「……何だァ、その“塩ジャケ弁”ってなァ。鮭弁当みてェだな」
「や、土佐の連中、龍馬筆頭に、何か“じゃけぇ、じゃけぇ”って云いやがるでしょう。あれ聞くたんびに、俺ァ“塩ジャケがなんぼのもんじゃあ!”ってェ、叫びたくなるんでさァ」
「(こいつ、坂本龍馬にも会ってやがったのかよ)……向こうァ、意味がわからねェと思うがな」
「まァ、以蔵の野郎も、わけがわからねェってェ顔しやがりますねェ」
「……源さんところに置いてやるつもりなら、それなりに扱ってやれよ」
「わかってまさァ。ただ、もう一ちゃんとぶつかってましてねェ――そんなヘタレ、構うんじゃねェってェ、一ちゃんは云うし、以蔵の野郎は野郎で、ヘタレのくせに、一ちゃんよりァてめェの方が強いってェ吹きやがるし、面倒くせェったらありゃしませんぜ」
「……まァ、うめェことやっとけや」
「わかってますって。源さんにァ、迷惑かけられませんからねェ」
「(やけに殊勝なこと云いやがるなァ)……そう云やァ、以蔵ってェな、確か勝さんの護衛をしてたことがあったんだったな?」
「あァ、そう云やァそうらしいですねェ」
「(……!)……総司、おめェ、聞き出せたら、以蔵から、勝さんがどんな風だったか聞いといてくれ」
「え〜?」
「それくらいァ、できなかァねェだろうが」
「まァ、構やしませんけども、ねェ……」
「おう、頼んだぞ!」
「はいはい。……まったく、勝さん勝さんってェ、そんなにあん人がいいんですかねェ……」


† † † † †


阿呆話at地獄の三丁目。
何故か以蔵の話。


実は、以蔵ってよく知りません。いや、そう云うと語弊があるか――史実の以蔵のやった事件のアレコレ、をよく知らないと云うべきかな。
ので、知ってる範囲の以蔵の話です。
しかしまァ、そんなことを云い出したら、この辺の小噺はみんなそうなんだけどさ。幕末マニアの方のほうが、絶対いろいろ(史料の上でわかることに関しては)ご存知だよなァ……


とりあえず、愉快な土佐弁講座(笑)で聞いたネタ。
「ろいろいすなや」=「うろうろすんな」――これ、今でも使えるのかな? 云われても、一瞬何のことだかわかりませんね。
有名なのは「〜じゃき」とかみたい(他所のサイトで拝見する限りでは)ですが、龍馬なんかは江戸にいたりしてたので、江戸言葉に近い言葉+「〜しちゅう」「〜ちゃ」「〜じゃき」「〜じゃけぇ」(←これで、総司なんかが「塩ジャケがなんぼのもんじゃあ!」とキレたりするわけだ)を使うようなのですが、本場の土佐の言葉は、真剣に関東の人間にはわからんようなものらしいですよ……
長州はまァ、こういうサンプルがないのでアレなんですが、こんなんだと、本当に意思の疎通どうしてたのか、気になる気になる……


ところでWikiを見てて気になったんですけども、何で以蔵の小説のところに、司馬遼の『人斬り以蔵』が入ってないんだろう……『以蔵のキモチ』が入ってるくらいなら、これ入れないってェ話はなかろうになァ……
それとも、アレか、前にうちに来た「芥川龍之介の『舞姫ください」ってェ高校生みたいなことになってんのかなァ。しかし、それもどうなのよ……


ともあれ、このノリだと、次の阿呆話(……暫く先だなァ)は、勝さんの話になりそうですねェ。ふふふふふ。
その前に、次は鬼の北海行。相馬+野村の回〜。