北辺の星辰 20

「何だ、相馬、野村も――着いてたのか」
 歳三は、ほっと息をついて、微笑みをふたりに向けた。
 流山で、江戸で別れてこの方、このふたりの消息はまったく聞こえてはこなかったので、正直、近藤とともに処断されたか、あるいは放逐されて、そのまま故郷へ戻ったか、どちらかだろうと思っていたのだ。
「副長、申し訳ありません、局長のことは……」
 相馬に沈痛な面持ちで云われ、歳三ははじめて、かれらに近藤の助命嘆願を託していたことを思い出した。
 ――何て薄情もんだ、俺は……
 このふたりは、そのために生命を懸けて、薩長の輩と渡り合ったのだろうに。
 今の歳三の中には、近藤のことなど、もはや欠片もなかったのだ。ただ、幕軍を、新撰組をどうするか、どうやって勝の命を果たすのか、それだけがあるばかりで。
 野村も、眉を下げるようにして、唇を噛んでいる。近藤の生命を救えなかったことが、それほどに心残りなのか――命じた歳三の心は冷え切っていると云うのに。
「――いや……」
 そう云って、やわらかく微笑んでやる。労いの思いが、うまく伝わればいいと思いながら。
「仕方がないさ、勝さんの書状があっても、ああだったんだ――君たちはよくやってくれた。もとより、勝算のない賭けだったんだ、君らが生きて戻ってきてくれただけでも御の字ってェもんだ」
 そう云って、歳三は、ふたりの肩をそっと叩いた。
「よくやった、よく生きて戻ったな」
 途端に、ふたりが目許を潤ませるのがわかった。
「副長……」
「はい、遅くなりましたが、ただ今帰参致しました!」
 野村が、涙まじりの笑顔で頭を垂れてくる。相馬も、無言でそれに頷いてきた。
「うん、よくぞ無事で戻ってくれた。……道中はどうだった、会津へは寄ったのか?」
 問いかけると、これには相馬が首を振った。
「いえ、俺たちは、上野で彰義隊とともに戦って後、陸軍隊とともに、磐城、仙台と流れてきたので、残念ながら会津へは……」
「――そうか」
 陸軍隊がどのような隊であるのかを歳三は知らなかったが、江戸からここまでを転戦してきたのだ、よほど気骨のある隊であるのだろうと、そのように想像した。
 だが。
「副長にお会いできて、本当に良かった! 俺は、もうあの隊にいるのは真っ平です」
 野村の言葉に、歳三は思わず、問いかけるように相馬を見た。
 相馬は苦笑を浮かべた。
「……陸軍隊の隊長は、春日左衛門殿なのですが、この方が、中々……」
「中々、何だ」
「……何と云うか、くせのある方でして」
 歯に衣を被せた相馬に対し、野村の言葉は直裁だった。
「厭な野郎ですよ。何かあると、俺たちにねちねちと云ってきやがる」
「“俺たち”でなく、お前だけにだろう」
「そんなことはねぇよ、お前にだって、いろいろと云ってたじゃねぇか」
「お前の思い違いだ」
「何だと!」
 いきなり一戦はじめそうな気配に、歳三は、慌てて間に割って入った。
「待て、本題からずれてるだろう。春日さんと云う人が、何だって?」
「要するに、野村と合わんのです。……まァ、野村もこんなですから」
 苦笑まじりに云う相馬に、また野村が噛みついてゆく。
「俺が、何だってんだ」
「お前のそういうところが、春日さんを苛立たせるんだろう」
「あれは、あいつが重箱の隅をつつくような真似しやがるからだ!」
「半分以上は、お前が自重すれば避けられたことだ」
「何を!」
「やめねェか!」
 一喝してやると、ふたりはぴたりと口を閉ざした。
「まったく、おめェらは、寄ると触ると喧嘩ばっかりしやがって――そんなんじゃあ、春日さんとやらがいろいろ云いたくなるのも、仕方がねェかと思っちまうぜ」
 溜息をつく歳三に、相馬と野村は、ばつが悪そうに顔を見合わせた。
 やがて、相馬が、
「……ところで、副長、本日は登城されたとお聞きしたのですが、どのようなことに?」
 と訊いてきた。
 歳三は、苦笑するしかなかった。
「あァ、奥州同盟の軍を組織して、会津救出に当てるってェことでな、榎本さんが、俺を総督にと推挙してくれたんだが……どうも、俺の出る幕じゃあねェようなんでな、居ても仕方ねェんで、帰ってきたのさ。――どうやら、同盟はがたがたのようだ」
「どういうことです」
 相馬が眉を寄せるのへ、歳三はひょいと肩をすくめてやった。
「どうもこうも、諸藩の方々は、俺に生命を預けるこたァできねェとさ。殿様に伺いを立てなけりゃあ、ともに戦うことすらできねェらしい。どうにも、腰砕けな話さ」
 そうして歳三は、会議の様子をかいつまんで話してやった。
 二本松の安部井のこと、かれの言葉に動揺した、諸藩の代表たちの様子を。
「……同盟がどうのと云っちゃあいたが、あれァ、早晩崩れるだろうさ。本気で戦うつもりなんざねェんだろう。榎本さんは、まだまだ戦うつもりらしいが――まァ、奥州で戦をするのは、もう無理な情勢だろうなァ」
「……奥州は、駄目ですか」
「あァ、駄目だな。……まァ俺ァ、榎本さんが戦うと云うなら、そのようにするだけさ」
「何て連中だ!」
 野村が声を上げた。
「腑甲斐ないにも程がある! 副長、その会議に乗りこんで、ひと暴れしてやりましょう! そんな奴ら、叩きのめしてやりゃあ、目も醒めるってもんですよ!」
 途端に、相馬がきっとしたまなざしを向けた。
「野村君!」
「野村」
 歳三は、静かに云った。
「やったところで、時の趨勢だ、動かねェもんは動かねェよ。――ともあれ、大鳥さんたちがここに着かない限りは、動くに動けねェ。おめェらも疲れているだろう、今はやすんでいるがいいさ」
「ですが、副長……」
 相馬も、声に不満を滲ませている。野村を窘めはしたものの、憤りを感じているのは、こちらも同じらしい。
 だが、ここでかれらが何と思おうと、あるいは歳三が何を考えようと、流れは既にこちらにはなくなっているのだ。
 歳三にできるのはただ、これ以上幕軍に不利な状況にならぬことを、ただ祈るのみで。
 不満と不安をあらわにするふたりをみつめ、歳三は、敢えて余裕を示すように、莞爾とした笑みを浮かべた。



 奥州同盟の会議は、その後も続けられたが、結局のところ、会津への派兵はなし崩しに消え。
 遂に九月十五日、仙台藩の謝罪嘆願書提出により、同盟そのものが瓦解することとなる。


† † † † †


鬼の北海行、続き。野村+相馬登場。会話ばっか。
つーか、うっかりかっちゃんの件のあれこれを忘れてました。あたしも、鬼も。駄目じゃん……はは。


えェと、この辺は結構鉄ちゃんの話で書いたのとは違ってきてますね。何かやっぱり、鬼視点だと違ってきちゃうなァ、って云う。
まァ、科白はコピペがあるので結構同じですが、ちょこちょことね。


あー、ちょこっと復活ですが、ちょっと、今後もやや切れ切れかも――いえ、腐女子の波にね、ある程度乗っときたいんですよ、あっち半年くらい止めてたし。こっちは、それほど止める気はないんですけども。
しかし、何だって鬼的心境と、腐女子萌えの波は両立しないんだろう――腐女子萌えをはじめると、勝さんのために死ねる気分じゃなくなるのが、どうも……
今回再開するので、心の井戸から鬼を引きずり上げてきたのですが、何と云うか――貞子みたいにずるずる上がってくるカンジ(や、もちろんもっと力強いですが、ほら、やっぱ垂直の壁をロッククライミングする感じだし)で、何だかなー、って気分でした。
両立させる手段ってないもんかなァ、ホントにね。


この項終了。
次は鉄ちゃんの話――なるべく間をおかないように、頑張ります……