修羅

「そうか、やったか」
 その知らせを、歳三は、醒ヶ井木津屋橋の近藤の休息所の縁にて聞いた。
 慶応三年十一月十八日の夜のこと。
 夜も更けて、寒さはつのってきている。こうして縁に出ていると、吐き出す息すら凍りつくようだ。
 つい半時ばかり前にここを去った伊東甲子太郎――今は名を改めて、伊東攝津――が、“無事に”要殺されたと、実行部隊の一員であった横倉甚五郎が報告に訪れたのだ。返り血もそのままの、凄惨な姿であったが、歳三は、むしろそれこそが、伊東が死んだと云う確かな証であるように思い、満足して頷いた。
「それで、奴の屍体はどうした」
本光寺前にて絶命しておりましたので、手筈どおり、七条油小路の辻へ――高台寺へは、宮川信吉を町方にやつさせて、知らせにやりました。おそらく、夜半を過ぎて、連中は屍体を引き取りに現れるでしょう。我々が張り込んでいることを、向こうとて警戒していないわけはありませんから」
「まァ、そう考えんほど阿呆ではあるまいさ。――二番隊、十番隊はどうしている」
「屯所に知らせはやりましたので、そろそろ出動しているころかと」
「……よし」
 歳三は頷いて、喜悦に頬を緩ませた。
 伊東率いる御陵衛士のことは、新撰組離脱当初から、歳三の気に障っていたのだ。
 伊東は、元は北辰一刀流の道場主であり、京へは、志ありとて、新撰組の隊士募集に参じて来たと、そのようになっていたのだが――歳三の見るところでは、かれの目的は、元から新撰組の乗っ取りにあったようだった。
 学の深い人間に溺れ込みやすい近藤は、伊東のなめらかな弁説に陶酔するばかりであっただろうが、歳三は、端から伊東と云う男には、何とも云い難い胡散臭さを感じていた。
 それが、山南、藤堂といった同門の幹部の引きもあって、あれよあれよと云う間に参謀の地位を得てしまったのだ。
 ――そうだ、山南さんの件もある……
 歳三は、先だって切腹した山南敬助が、その意を変ずるにあたって、伊東からの何らかの働きかけがあったに違いないと踏んでいた。否、かれの切腹の故となったことどもの幾分かは、近藤が、山南ではなく伊東に傾倒したが故でもあったのだ――
 だからと云って、山南の仇だと云い立てるには、歳三の手もまた、かれの血に塗れていたのだが。
 ともあれ、御陵衛士に間諜として送りこんだ斉藤が、近藤の暗殺計画があると知らせてきたからには、ここで奴の首を取らねばなるまいと、伊東を謀殺する計画を立てたのだった。
 ――よもや、これほど巧くいくたァ、思いもしなかったがな。
 伊東が、わずかな従者を連れたのみで醒ヶ井まで来たのも意外なら、歳三らが勧めるままに酒を過ごしたのも意外だった。
 伊東はよほど、己の立場を安泰なものと考えていたのだろう。それもむべなるかな、朝廷の命を正式に受け、先の帝の陵墓を守る衛士に取り立てられたとなれば、勤皇の士を称するかれにとっては、まったく万々歳のことであったには違いない。
 そうして、御陵衛士となり、幕府と手の切れた――新撰組は、京都所司代お預かりであり、それはとりもなおさず幕府配下であると云うことでもあった――以上、伊東は、勤皇倒幕の諸藩士、つまりは長州や薩摩などのものと、大っぴらに接触することもできるようになったのだ。実際に、伊東たち御陵衛士薩摩藩邸に出入りしていると、歳三は、監察方から報告を受けていた。
 先刻、殺されるまでの伊東は、さぞや笑いが止まらなかったことだろう。
 だが、それも今日、この時までだ。
「では、手筈どおり、御陵衛士はすべて討ち果たせ」
 伊東という頭は潰した。あとは、のたうつばかりとなった身体の方を滅すれば良い。
 冷ややかに笑む歳三に、横倉はすこし硬い表情で、しかし、
「はい」
 と頷いてきた。
 と、
「……藤堂君は、できれば助けてやってくれよ」
 後ろの障子の間から、そう声がして、近藤がのそりと姿を現した。
「――は」
「……近藤さん」
 歳三は、思わず批難するように、盟友と定めた男を見やった、が、近藤は今回に限っては、強い口調で繰り返してきた。
「藤堂君は、まだ若い。前途有為の人であるから、出来ることなら助けたい。――横倉君、戻ったなら、よく皆に云い含めておいてくれ」
「はい」
「いいな、土方君も」
「……局長が、そう仰るなら」
 渋々と頷く。
 横倉は、あからさまに喜色をあらわして頷き、そのまま夜闇に紛れていった。
「――近藤さん、あんたァ甘いぜ。藤堂を連れ戻しても、後に禍根を残すだけだ」
 横倉の気配が完全に消えたところで、歳三は、批難する口調で近藤に云った。
 もともと北辰一刀流の同門であった藤堂と伊東は、近藤たちよりも長い付き合いがあったのだと聞いている。そもそも、藤堂が伊東寄りになったことも、同じく同門であった山南の切腹に端を発している以上、連れ戻したところで、おとなしくこちらに加わるとは思われない。むしろ、中で画策されて、永倉や原田など、仲の良い人間を離反させようと動かないとも云い切れないのだ。
「だが、平助を討ち果たしては、永倉や原田がどう動くことになるかもわからんだろう」
 近藤は云った。
 なるほど、今回の出動に、近藤が二番隊と十番隊をつよく推してきたわけがわかった。かれは、はじめから藤堂の助命を考えていたということなのか。
「――あんたがそこまで云うなら、俺はそれでも構わねェが」
 歳三は云いながら、しかし、近藤の思うようにはことは動くまいと思っていた。
 藤堂は、思い込んだら動かぬところがある。まして、“魁先生”と呼ばれたほどに、動くとなれば走る人間だ。婀娜な女のような容姿とそぐわぬその性を、近藤や永倉たちは、それ故に愛したのだろうが――今度ばかりは、それがかれをこちらへとは戻させまい。
 だがまた、近藤の危惧もわからぬではないのだ。このところ、何かと衝突しがちな永倉が、藤堂を討つことによって、完全に敵にまわるのではないかと考えてしまう、その心のうちも。
 だが、いずれにせよ、藤堂は戻るまい。伊東を、山南を、謀略によって殺したような男たちのもとへは、もう二度と。
「……まァ、ともかくも中へ入ろうぜ。永倉や原田は、あんたの意を汲んでくれるだろうさ。俺たちは、ただ待つことしか出来ねェよ」
 そう云って促し、近藤を障子のうちへと押しやりながら。
 歳三は、ふと冴えた冬の空を見上げ、これから起こるだろう血の惨劇に、ゆるく唇を歪ませた。


† † † † †


突発・油小路記念企画って云うか(←おい)。
ドツボにハマってても仕方がない&鉄ちゃんの話書くのに必要なので、かっしー暗殺→油小路流れの鬼。非常に厭&非道い奴ですね、ホントにな!


油小路までの一連のあれこれは、どうも鬼の中では罪悪感に乏しいのかも、とちょっと思ってきました。
いや、ないわけじゃあないんだけど、ぶっちゃけそれって、かっしーとか平ちゃんとかに対してじゃなく、総司とかぱっつぁんとか原田(まァ、平ちゃん好きだったり可愛がってたりした連中)に対してのものだなァと。
まァ、殴り書き(何たって、油小路記念ですから)なので、本館UPの際にでも、若干手を入れたいと思います。入れたって、鬼がいい人にはならないけどねー(笑)。


しかしまァ、今回この話を書くにあたって(?)、後悔すると思いつつも『新撰組 藤堂平助』(秋山香乃 文春文庫)を買いましたが――どうも、この人の解釈ってあわねェなァ、つーか、女の人の書く新撰組だねェってカンジと云うか。いや、自分も(生物学的には)女なんですけどもさ。
買ったはいいけど、どうも読み通せないんだよなァ、何だ、このナイーヴな新撰組は! って云うのが、どうにも……
とりあえず、この人の話を読むと、自分がメンタル男なんだなァと思います。つーか、世の男性陣は、あの話OKなんでしょうか? 念でもいいんで教えてほしいわ……私的には、ヅカの芝居見てるみたいなアレコレがありますが……さて。


あー……
今度こそ、鉄ちゃんの話を。
が、頑張ります……