北辺の星辰 22

 新撰組を含む幕軍本隊が仙台入りしたのは、翌九月十六日のことだった。
 島田魁、安富才助ら、主だったものが、歳三の宿を訪ねてきたのだ。
「副長……」
 ここへ来るまでに、仙台藩の謝罪嘆願書の件を耳にしたものか、かれらはいずれも沈鬱な面持ちで、歳三の前に坐りこんだ。
 歳三は、ともかくも二人をねぎらう言葉をかけた。
「よく無事だったな、島田、安富。――会津は、籠城に転じたと、大鳥さんに聞いたが」
「えぇ。ですが、そう長く持ち堪えられはしないでしょう」
 安富が、歯を食いしばるようにしながら、云ってきた。
「敵は数多く、会津の首脳は、それを捌くには、あまりにも無策でした――士気は高くとも、あれでは中々……」
「斉藤は――山口は、どうした」
 歳三は、姿のない男の名を口にした。答えなど、とうにわかってはいたけれど。
「斉藤先生は――会津に残られました……大鳥先生と、意見を違えて――途中の如来堂で、ここを捨てて去るわけにはいかぬ、と……」
 安富は云って、大きく息を呑んだ。
 そして、その後、かれの口からこぼれたのは、
「――斉藤先生と、残留を決めた隊士たちは、ほどなく、如来堂にて討死されたと……」
 思いもよらぬ言葉だった。
「斉藤が……?」
 信じられない、と、歳三は呟いた。
 斉藤一は、歴戦のつわものだった。そうだ、大敗を喫したあの母成峠の戦いの折ですら、かれは、山中を彷徨いつつも、生きて帰ってきたではないか。
 それに――斉藤には、守るべきものがある。心を寄せた会津のために戦うことができぬまま、むざむざ死んだりは、あの男は決してするまい。守るべきもののために、地を這ってでも生き抜き、さらに戦い続ける、それが、斉藤一と云う男ではなかったか。
 その思い故に、歳三は首を振った。
「あいつの屍を見たわけじゃあねェんだろう? それなら、生きているんだと思っておくさ」
「ですが……」
「いいじゃねェか、誰も確かめる術なんざねェんだ」
 云い募ろうとする安富を、押しとどめるように、云う。
「そんなら、屍を見たものと行きあわねェうちは、生きてるってェことにしておこうぜ。そうでもなけりゃあ――やってられるもんかよ」
 歳三の言葉に、安富は沈黙した。
 ああそうだ、いったい幾たりが、これまでの戦のうちで死んでいっただろう。歳三が顔と名を知る人間だけでも、もう両手にあまる数の死者が出た。この上、確かめようのないものたちまで、その死者の列の中に加えたくはなかったのだ――入れてしまっては、あまりにもやり切れなくて。
「――そう、ですね」
 やがて、安富は、ゆっくりと頷いてきた。
「確かに、そうそう敵にやられる斉藤先生とも思われません。きっとどこかで、生きて、雌伏の時を過ごしておられるのでしょう」
 そうしてかれは、この話題は打ち切りだとでも云わんばかりに、
「ところで、仙台の降伏のことですが……」
 と、話の矛先を変えてきた。
「あァ、もう耳にしたのか」
「ええ。残念です、ここまで来て――榎本先生は、今後どうなさるご所存なので」
 問われて、歳三は、昨日の榎本、大鳥らとの談義を簡単に話してやった。
「……奥州は、もはや駄目だと見切りをつけたようだ。残されたみちは、海を渡ることだけだ、が」
渡航する、と云うことですか。ですが……どこへ」
「さてなァ――今、名が挙がっているのは、蝦夷地だが」
蝦夷、ですか」
 安富は、眉根を寄せた。
「それは……ここより北とあっては、考えますなぁ」
「あァ、まったくだ。それに、船でゆくとなれば、この員数では多すぎる。そのあたりも含めて、まだ論議の最中だ」
「そうですか」
 そう云いながら、かれは、逡巡するように片手を胸のあたりへやり、また離す、と云うことを繰り返している。
 不審に思った歳三が訪ねようとした時。
「……副長」
 安富が、意を決したように、口を開いた。
 その声は重く、何か、不吉な響きを底に秘めていた。
「――何だ」
 問い返しながら。
 歳三は、耳の奥で、警鐘が鳴るのを感じていた。
 聞くな、聞いてはならない、安富にその言葉を云わせては――!
 だが。
「副長宛の文を預かって参りました――庄内の、沖田先生の姉上からです」
 安富は云って、懐から、一通の書状を取り出し、こちらへ差し出してきた。
「――おミツさんから」
 そう返す声が、書状を受け取る手が、震えているような気がした。
 ゆっくりと――取り乱した風を見せないよう、ゆっくりと開いた書状は、やわらかな女手で綴られていた。
 時候の挨拶もなく書き出されたそれは、短く用件のみを伝えていて。
 ――去る五月晦日、弟総司儀死去致し候……
 はらり、と、手から文が落ちた。
 ――総司……
 逝ってしまったのか、遂に。
「副長……」
 島田が、気遣わしげに声をかけてくる。
「あ、ああ……」
 それに頷き、慌てて書状を拾い上げ、畳んで懐にしまい込み。
「とりあえず、おめェらも、着いたばかりで疲れてるだろう。まずはゆっくり休んで、これからに備えるがいいや」
 云った言葉が、不自然なほど早口になっていなかったかどうか。
 確かめることも、安富たちの返事を聞くこともなく、
「……すまねェが、俺はちょっと外すぜ」
 それだけを云いおいて、歳三は、二人を残し、足早にその場を立ち去った。


† † † † †


鬼の北海行、続き。安富登場。
し、島田が、名前を出しただけで、ほとんど喋ってない……うふふふふふ(汗)。


まずは一ちゃん戦死(?)の報からです。
が、多分あんま信じてなかったんじゃないかな、鬼。一ちゃんって、何かこう、死んだと思われててもひょっこり帰ってきそうな感じのするタイプ、と云うか。壮絶な討死、と云うには、本人が強すぎると云うか。多分、目の前で死んだのを確認しない限りは、死んだって思えなさそうな気がします。
まァ、母成峠の時だって、何だかんだで生きてたわけだしね。他の隊士はアレとしても、一ちゃんだけは生きてそう、と思ってたと思いますよ。


そうそう、うっかり「!」の「最後の一日」、後編ラスト15分だけ見てしまいましたが――えーっと、あれ、箱館ってこんなとこだっけ? 弁天台場とか一本木関門って、こんなんだっけ? と云う――そこで引っかかってしまって(以下略)。まァ、ドラマだからかしら。
最後机ひっくり返してた人は誰だったんだろう、と云う謎は、きっと永遠にわかんないんだろうなァ、役者さんの顔の判別がつかないので、私。荒井さん? とか思ったけど、立場的に(横に釜さんがいたから)はタロさんか――しかし、タロさんならあれ(卓袱台ならぬ机返し)はないだろう。鳥さん、でもないよね、そうだよね?
とっくり見てたら、中島(三郎助)さんが出てきたのかなー、と思うと、それだけが心残りです。
山本耕司(あれ、この字でいいんだっけ?)は、「磐音」の時も思ったけど、ああいう話には軽すぎますね。しかし、あのくらいの年齢の役者さんに、鬼のあれこれを体現させるのは、ことに今の時代では難しいと思います――でも、来年の大河の勝さんは、違う意味で微妙だけどね! (笑) 個人的には、やっぱり佐藤浩市とかに鬼をやってほしいなァ……イメージ違うけど、ドスの効き具合があれくらいは欲しいな。一ちゃんは、島田久作(だっけ? 「帝都物語」の人)で。どうでしょう。駄目ですかね。


この項、終了。総司の件は、まだ引張ります。
次は――本当なら鉄ちゃんの話の続きなんだけど……年を跨ぎそうなので、ちょっと考え中で。