同居バトン 休日編

 待ち合わせ時間は、バスを降りた段階でとっくに過ぎていた。
「うおぉぉ、やべェ!」
 などと女にあるまじき科白を叫びながら駆けだすと、
「駅ってなァ遠いのか?」
 と、隣りを走る男が云う。
「ちょい! もうちょい!」
 バスの車中から、すこし遅れると云うメールは打ったが――そもそも、乗ったバスそのものが、いつもの路線とは違うルートを走るもので、それで5分ばかりのロスになったのだ。とは云え、いつものバスに乗るためには、これまた5分は歩かなくてはならなかったから、どちらにしても、この時間になることは避けられなかったのだろうけれど。
 ――うおぉ、ジーンズが問題なければこんなことには……
 隣りを走る男――時を超えてやってきた、新撰組副長・土方歳三――の衣装が、何もかも問題だったのだ。
 が、もう仕方がない、これは不可抗力だ、と思いつつも、行く手に待ち受ける沖田番と、新撰組一番隊組長・沖田総司の浮かべているであろう不吉な笑いを思い浮かべると、
 ――うわあぁぁ、あいつら、何云ってきやがるんだろ……!
 楽しいはずの“休日のお出かけ”も、早くも暗雲がかかってきているような気分になる――もちろん、自分だけが感じているのだろうけれど。
 エスカレーターを駆け上がり、鬼=土方歳三には乗り換え駅までの小銭を与え、券売機に走らせる。
「遅ーい!」
「遅刻ですぜ、あんた方」
 赤と黒の、揃いのようなダウンに身を包み、ニット帽を被ったふたりが、そろってこちらに声を上げる。
 ――う〜ん、変装としては完璧だ。
 ニット帽の下から三つ編みを垂らした沖田総司は――天才剣士とは思えぬほど、ひどくしっくりと“その辺の兄ちゃん”だった。
 感心しつつ、
「悪い、鬼のジーンズが駄目で!」
 などと云いながら、ゆにくろの袋をコインロッカーに放り込み、まずはすこし荷物を減らす。
 そうして、Suicaを使って改札の中へ。
 そうこうするうちに、鬼も改札を通ってくる。
 と、沖田組は、にやりと笑いかけてきた。
「遅い人にァ、罰でさァ」
「そうそう、罰々〜」
「……罰って何だよ」
 厭な予感。
 案の定、二人はチェシャ猫のように、にやーりと笑った。
「何か奢って下せェよ」
「そうそう、寒くてお腹減っちゃったー」
「……そうきたか」
 まァ、そんなところだろうとは思ってはいたが。
「たこ焼きでいいか?」
 ちょうど改札の真横にあるたこ焼き屋を横目に見ながら云ってやると、
「まァ、仕方ないか〜」
「そこの甘い匂いが気になるんですがねェ」
「あそこ、ケーキはホールしかないよ。こんなの。あ、でもスイートポテトでもいいかなァ」
「そいつァどんなもんなんで?」
「さつま芋だよ、甘いお菓子〜」
「あァ、甘藷」
 などと、騒がしいことこの上ない。
 追いついてきた鬼が、呆れたように吐息した。
「おめェらは、食い気ばっかりかよ」
 途端に、抗議の声が双方から上がる。
「えェ、何云ってるんでさァ」
「そうだよ、これはあくまでもペナルティーさー。罰だもん、罰」
「わかったわかった」
 鬼は煩そうに手を振って、ちらりとこちらへ目を向けてきた。
「……だとよ。買ってやるんだろ」
「……金がない奴ァ、口だけで結構だよなァ」
 思わずこぼしながら、たこ焼きを二つ買い、沖田組にそれぞれ与えてやった。
「あァ、これはこれで、旨そうなにおいがしますねェ」
「ボスってホント、たこ焼き好きだよねェ」
「……ぐだぐだ云わずに、食うなら食えよ」
 と云いながら、先に立って階段を下りて行く。
 電光掲示を見上げると、乗り換え駅までの電車は、次の次――あと7、8分は余裕がある。
「――すぐ来るのか?」
 訊いてくる鬼に、
「次の次。ちょっと間があるな」
 と首を振ってやる。
 と、
「はい、ボス〜」
「土方さん、おひとつどうです」
 沖田組が揃って、楊枝にたこ焼きを突き刺して、差し出してきた。
 鬼と顔を見合わせ、互いに相方からもらったたこ焼きをぱくりと食べる。
 ――何てェか、微妙な構図だよなァ……
 もぐもぐとたこ焼きを頬張りながら、そんなことを思う。
 何しろ、男三人に女ひとり、と見えなくもない四名だ。自分と沖田番は、まァ見た目男女カップルだから良しとして――本当に良いのか、と云う疑問は、この際脳の片隅に追いやっておく――、問題は鬼と総司だ。
 ――はっきり云って、ホモカップルじゃないかこいつら。
 いやもちろん、この二人が“そんな関係”でないことは五百も承知だ。だが、自分がそうだとしても、まわりに居合わせた人間は、そうは思うまい。実際、ホームにいる幾人かの人びとは、何と云うか、微妙なまなざしをこちらにちらちら向けている。
「……あんまいちゃいちゃすんなよな」
 思わずぼそりと呟くと、
「何だ、それァ」
 と云う鬼の科白と、総司のきょとんとしたまなざしが返された。
「ボス、そりゃあ腐女子的発想過ぎるよ〜」
 沖田番は、げはげは笑っている――こういうところは、はっきり云って女らしくない。
「……一応腐女子だもん」
 一見そうは見えなくとも。
 幕末組ふたりは、“腐女子”の意味がわからないらしく、首をかしげている。
「“婦女子”が何だって?」
 鬼が問いかけてくる――この男、昨日一緒にいた人間が女だとは、かけらも思っていない顔だ。まァ、総司にしても、それは同じことのようだったが。
「知らなくていいことが、世の中にはあるのだよ、ホレイシォ」
 手を振ってやると、二人は釈然としない風ながらも、頷いてきた。
 そうこうするうちに、電車がホームに滑りこんでくる。乗り換え駅へゆく電車だ。
 男二人をどつくようにして、沖田番とともに車内へ乗りこむと、電車はゆっくりとホームを滑り出していった。



 乗車してからかれこれ15分ほどで、モノレールへの乗り換え駅に到着する。
 連絡通路にあるマックに誘惑されつつも、ここはスルーでさっさとホームへ。
「“モノレール”ってのァ、電車とァ違うのか?」
 鬼が訊いてくるのへ、そっとレールを示してやる。
「さっきの電車はレールが2本だったでしょ。こっちは1本。“モノ”って、“ひとつの”って意味なんだよね。で、“モノレール”で“レールがひとつの”。どっちも電気で走ってるから、“電車”には違いないんだけどね」
「ははァ、そういう意味か」
 感心したように云いながら、鬼は身を乗り出すようにレールを見つめている。
「しかし、さっきの電車は地面の上を走ってたからアレとして、この“モノレール”ってなァ、宙づりみてェで、ちっとおっかねェなァ」
「大丈夫。鉄の塊が空飛んでんだから、これぐらいは落ちないよ」
「何だそりゃあ」
 などと云う会話をこちらがかわしている間に。
「……高幡不動のそばの饅頭屋のね、古代瓦が美味しいんだよ〜」
「それァどんなもんなんで?」
「んー、おせんべ、って云うか、そんなの? すこぉし甘いんだよね」
「……まったく想像もつきませんぜ」
「食べてみりゃわかるよ」
「愉しみですねェ」
 と、こちらは食い気先行の沖田組。
 何となく、鬼と二人で溜息をついていると、モノレールが構内に滑りこんできた。
 沖田組は空いている席に坐りこむが、鬼は、外の景色を見たいものか、開かない方のドアの際に立つ。つき合ってその傍にいくと、反対側のドアが閉まり、車体がゆっくりと加速しはじめた。


† † † † †


と云うわけで、バトン休日編スタート(え)です。いや、まとめて書いて、一括で上げようと思ってたんだけど、寄る年波には勝てなかったと云うか……ははははは(苦笑)。
と云うわけで、じわじわっと書いていきますよ。


えーと、伊庭っち(仮、つーかむしろ跡部様byてにぷり←性格とかが……)のアレコレ、沖田番報復作戦終了致しました。
何をやったのかは具体的には聞いてませんが、とりあえず、本山さん(仮)と、伊庭っち(仮)のお取り巻き連中の数名から、あれやこれやの詫びが入りましたよ――沖田番よ、何やった……?
しかし、まァ何かね、アレコレやった人間でも、結構気にしてもらえるんだなァと、何かありがたいやら申し訳ないやら嬉しいやらです。
つーか、“上に立つ人間は企むもの”って、本当にそれでいいのかよ!? とは思いましたけどね――それで選んだ相手が、もしも変なところに連れてくようなら、それを自己責任と云うのは、私的には抵抗があるんだけど、皆がそれでいいと云うんなら――ううぅぅぅん。
まァ、愛されてるんだと思っておきますよ。自惚れかもしれませんがね。うん。ありがたい話だ、本当に……


伊庭っちで思い出しましたが、思い立って久々に開いた別冊文藝の鬼特集。ふと見ると、「吉原堤の血闘」と云う記事。
何だこりゃと思って読んでみたらば――あァ? 鬼が山内容堂様(ええ、土佐の)と思しき人と、花魁を争って乱闘騒ぎに? (伊庭っちは、かっちゃんと一緒に、鬼の加勢に駆けつけたと云う話)
えぇえーと、これ、文久元年の話、って、新撰組結成のかなり前ですね。つぅか、当時かなり有名だったって、あんまり知られてないネタだよなァ(しかし、記事の語り口は、えらい講談調で参った……)。
もしかして、本当に恋敵が山内容堂様だった場合、まァ名前が出せない上に、薩長土肥の世になっちゃった(って云っていいんじゃないかな、一応)ので、名前を伏せたりとかして、段々話としても聞かれなくなってったとか……
その当時はきっと、(恋敵が容堂様でなくても)今で云う、IT企業の社長にイケメンフリーターが恋のさや当てで勝った、みたいな感じで持て囃されたんだろうなァ。
しかし――もし仮に、恋敵が本当に容堂様だった場合、土佐藩士で↑の事件に関わったひとたちは、新撰組の“鬼の副長”のことを、どんな風に見たんでしょうかねェ。すごく気になります……


えーと、今度の火曜日、またしても日野に行くことに――今度は、相馬の手記を見に。ちょうど、中央線沿線に用(って云うか)があるので、そこからそのままー。
全文見れるのかなァ、つーか、現代語訳あったりするのかなァ。何が書いてあるのかは気になりますが――何かビミョーな感じだったらどうしよう……nervousな相馬とか……ううぅぅぅん。
まァ、百聞は一見に如かずですしね、うん、楽しみにしておこう。


ごめん、この項終了で。何か、このまま行くと長くなり過ぎる……
なので、幾つかに分割で。どどどれくらいになるのかなァ……