同居バトン 休日編 2

 モノレールは、浜松町‐羽田間のそれとは違うスピードで、南へと走っていく。
 それにつれて、窓の外の景色も移り変わる――新興住宅地や何かの工場、高速道路、繁華街のビルの群れ。
 東京もかなり西の外れとなれば、ちょっとした地方都市くらいの賑やかさの街並みに、鬼が目を細める。
「このあたりァ、随分とにぎやかになってるんだな……」
「この辺って、昔はどんなもんだった?」
「さァて――地名も何も、変わっちまってるからなァ」
 云いながら、立ち並ぶ雑居ビルと、あちこちにかかる看板を、眩しいものでも見るかのように見上げている。
「もうちょっと行くと、甲州街道駅だから、そこで降りるよ」
甲州街道? どのあたりだ?」
「日野宿のちょっと手前だね」
「……ふゥン」
 鬼の目が遠くなった。昔のあれこれを思い返しているものか。
 窓の外、ずっと南に、多摩の丘陵地帯が見える。昔は欝蒼とした森に蔽われていただろうそこは、今は随分と切り拓かれて、たくさんの住宅が立ち並んでいる。
 不意に、鬼が切なげに眉を寄せた。
 自分の知るものと、すっかり変わってしまった日野の姿を悲しんでいるのか――あるいは、この「今」が、確かに遠い未来であるのだと思い知って、寂寥感に襲われているものか。
 その気持ちはわからないでもないな、と、同じ景色を眺めながら、思う。
 最初に、モノレールで日野にきた時のことを憶えている。雨の中、窓の外に広がる光景は、自分がこうであるはずだと思っていたものとは、あまりにもかけ離れていて。数十年ぶりに、昔の住まいを訪れた時のような、既視感と寂寥感のないまぜになった心地で、初めて訪れたはずの景色を眺めていた。そう云えば、その後すぐに訪れたイタリアのミラノ市中も、同じような心地にさせられたものだった。
 時は過ぎ去り、すべては流れてゆく。人も、街も、何もかも。
 いっそすべてを忘れ去って、「今」だけを生きていれば、このような気持など味わいはしないのだろうに――
 が。
「……で、その時ぱっつぁんが――」
「あはははは、それすげーよ!」
「すごいでしょう! 一ちゃんなんか、それ見て……」
「ははは、すげー!!」
 車中の注目を集めつつ、大声で談笑する沖田番ふたり――はっきり云って、こいつらはまったく空気を読みやしない。
 公共の場なんだから、ちったァ静かにしろ、と云いかけたところで。
「五月蠅ェよ!!」
 鬼が先に大声で怒鳴り、なおかつ拳をぶんと振った。
 ひょいと避ける総司にはかすりもせず、拳は沖田番の頬をかすめた――どちらもジャストミートでないあたり、大した運動神経だ、と褒めてもいいものやら。
「いったぁ〜い!」
「あ、可哀想じゃないですか!」
 大仰に頬を押さえ、今ひとつ真剣味に欠ける声を上げる沖田番に手を添えて、総司がきっと鬼を睨む。
 ――いや、待って、それそんな酷いことじゃないから。
 実際、沖田番は格闘をやっていた過去もあるのだし、殴った殴られたは、まァ日常ではないにしても、一般の女性よりは慣れている。それに、自分とだって、こういう拳の出る場面はすくなくはないのだ。第一、声が、あからさまに嘘くさいではないか。
 と思うが、総司は、ここぞとばかりに、鬼に噛みついた。
「あんたときたら、いっつもそうだ。ちょっと気に入らねェと、すぐに拳に訴えやがる」
「おめェが素直に殴られてりゃあ良かったんだろ!」
「酷ェですぜ、土方さん。女子供に手ェ上げるもんじゃねェでしょう」
「おめェはガキだとでも云うつもりかよ!」
 本格的に怒鳴りあいになっている。周囲の視線が痛い。
「……あのさァ」
 ここで他人の振りをしたいのは山々だが、仕方なく、ともかくも仲裁に入る。
「とりあえず、ここが公共の場だってのは、わかるよね? わかってるよね?」
 力をこめてそう云ってやれば、鬼は不機嫌な様子ながらも黙りこみ、沖田組ふたりは、
「「はーい」」
 と、どうもあてにならない声音で返事してきた。
 ――大丈夫か、今日……
 溜息をついたところで、モノレールは、甲州街道駅に到着した。



 階段を降りて、甲州街道へおり立つ。
 いわゆる五街道のひとつで、かつては大いに賑わった道なのだろうが、今はもっと南にできたバイパスに車も流れ、日野宿のあたりは比較的静かだ――新宿が近くなれば、もちろん話は別なのだが。
「――何てェか」
「何」
「ずいぶん、静かになってんなァ」
 甲州街道沿いを歩きながら、鬼がぼそりとそんなことを云った。
 まァそうだろうと思う。交通が発達して、今はここから、日帰りで新宿に行くのも簡単になった。鬼の知っている時分には、数日がかりだったはずの道行も、今は往復一時間半もあれば余裕のはずだ。
 昔、宿場町にあった店屋の連なりは、今は大きな鉄道の駅のまわりにすっかり移り、かろうじて残る店々に、往時の面影を留めるのみだ。
「まァ、車社会だし、そうなると宿場も要らないしね」
「閑散としてやがる」
「――……まァね」
 昔の賑わいが記憶に新しい鬼ならば、そうも思うには違いない。
「――本当に、変わっちまったんだなァ……」
 かつて、街道の両脇に広がっていたはずの畑もすっかり姿を消し、今は宅地に生まれ変わっている。その住人は、ほとんどが都心へ働きに出ているものか、街道沿いを歩くのは、自分たちの他には、地元の年配者がわずかにあるばかりだ。
 ナーヴァスになる鬼に、沖田組が馬鹿をやらないかと冷や冷やするが、先刻与えておいたチョコレートが功を奏したと見えて、後ろはおとなしくついてきているようだ。
 てくてくと歩いて、日野本陣に着く。
 門の手前、今は駐車場となった場所に立ち、鬼はまたも長嘆息した。
「――あァ、ここもずいぶん変わっちまった……」
 さもあろう、かつてより、門は随分後ろへ下がり、長屋門のところにあったはずの道場もない。
 それどころか、住む人もなく、文化財として保存されている今、建物そのものも、火が消えたかのような静けさに満たされている――鬼が知っていた、本陣としてさまざまな人の出入りしていたところとは、まさしく隔世の感があるだろう。
「……ともかく、中に入ってみようよ」
 促すと、かれは黙って頷いた。
 後ろを歩いていた総司も、何やら神妙な面持ちになっている。
 ――連れてくるんじゃなかったかなァ……
 こっそりと溜息をこぼしつつも、足は玉砂利の敷き詰められた道を、しっかりと踏みしめていた。


† † † † †


同居バトン休日編、続き。
おォい、まだ日野本陣にすらついてないよ! どんだけ延びるのさ、これ……


えぇと、nervousになる鬼、と私。日野とミラノの話は実感として。実際にイタリア旅行でnervousになったのは、実はヴェネツィアでなんですけども――沈みかけてるからねェ。
そう云えば不思議なんだけど、函館ではあんまりそう云うことは感じなかったなァ――っつーか、あの“函館”が“箱館”だってことを実感する方が難しかったですよ。まァ、“函館”と云えば、どうしたって“函館の女”だもんな、年齢的にな。はるばる行っちゃったし。百万ドルの夜景と箱館戦争ってな、やっぱあんまり結びつけ辛いよね。


ところで。
うちの職場、っつーか売場、実は総司好きが2人いることが判明致しました――前半の人数、私入れて11人なのにな。
思い立って「沖田総司を歩く」(大路和子 新潮文庫/版切 重版未定)を他店(まァ、歩いて10分で着く店だから、行って買ってもよかったんだけど)から取り寄せたのですが。
新しい方のお嬢さんたち2名が、激しく反応。うちひとりは、総司のお墓まで行ったそうなので、かなり好きなのね。
鬼好きのI嬢が退社(とは云え、新勤務先は歩いて1分のとこらしいのですが)してるので、LOVE総司率のみ上昇か――とは云え、自分内総司イメージ↑なんで、どどどうだろうと思わずにはいられませんが。
でも、世間的には鬼関係の本とかが圧倒的に多い(まァ、若干長生き? だったしね)んですけども。来月も、学研のムックで何かでるそうですよ――そうですか。


この項、とりあえず終了で。次項、本陣内に突入します。
これ、全部で5回くらいになりそうだわ……