同居バトン 休日編 3

 受付でひとり¥200-払って、建物の中に入る。
 平日の昼間、天気も曇りがちとあって、訪れているのは自分たち4人のみだ。それはそれで、邪魔もなしに見ることができて良いのだが。
「今、ガイドさんが休憩中なの。ごめんなさいね」
 受付の女性にそう云われ、曖昧に微笑んで、簀のところで靴を脱ぐ。
 土間からの上がり框はひどく高く、端の方には、高齢者向けだろう傾斜の緩い階段が設けられている。
 鬼は、慣れた様子で広間に上がり、そのしんとした室内をぐるりと見回した。
 中央に、土間から玄関の間までまっすぐに、縁を踏まずに歩けるよう敷かれた二列の畳の上を、ゆっくりと足が滑る。
 太い大黒柱、梁の槍掛け、低い鴨居は、高い上がり框とともに、この建物を建てた佐藤彦五郎が設けたものなのだと云う。嘉永二年の大火の折に入った強盗に、家人を殺された彦五郎が、屋内で刀を振るわれぬよう、侵入者に自由な動きをさせないよう、考えに考えた上で建てたものなのだそうだ。
 ここはすこし前までは、蕎麦屋の店舗として使われていたのだそうだ。だが、数年前、ちょうど大河ドラマ新撰組が放送されたあたりで、日野市が買い取り、文化財として保存し、かつ一般にも公開するようになったのだと云う。
「……あんな明かりとりなんぞ、なかったんだがなァ」
 土間の真上からやわらかく降りそそぐ光を見上げ、鬼はぽつりと呟いた。
「全然人の気配もねェ――彦五郎さんの一家ァ、他所に越しちまったのか?」
「裏にね、曾々孫の人が住んでるよ。おのぶさんに似てるみたい」
 鬼に骨格が似ているのなら、多分、その姉にも似ているに違いない――と、いつか資料館を訪ねた折に見かけた女性を、思い浮かべながら、云う。
「そうか……」
 と鬼は云ったが、会いたいとは口にしなかった。
 会えば、過ぎ去った時の長さを感じてしまうからか――だが、それはこの建物を見ているだけでも、十二分に感じているのだろうが。
 と。
 総司が広間を走り抜け、奥の、玄関の間――丁度、式台を上がってすぐのところにある――に、ごろりと横になった。
「ほらほら土方さん、あんたがよく昼寝してたとこですぜ」
 無防備に寝てるもんだから、俺に踏まれたりしてましたっけねェ、と笑う総司に、鬼が無言で近づいてゆく。
 と思いきや、横に立った鬼は、無言のまま、片足を総司の上へ踏み下ろした。
 が。
「おぉッと」
 と笑いながら、総司はごろりと転がり、それを避ける。
「そうそう踏まれやしませんぜ」
 にやりと笑うのへ、また踏み下ろされる足。
 ごろり、どすん、ごろり、どすん。
「……てめェ、総司!」
 遂に、本気になって追いかけはじめた鬼に、総司は大きな笑い声を上げた。
「どうです、土方さん。へこんでる暇ァなくなったでしょう?」
 悪気のかけらもないその声に、鬼は足を止めて、苦笑するような、そうしたくないような、微妙な表情で唇を歪めた。
 総司がけたけたと笑うのに、沖田番も一緒になって、うくうくと笑う。
 それを見ながら、ふと思い出す。
 ――そう云やァ……
 沖田番も、自分が憂鬱になった時には、関係のないようなことを云ったりやったりして、わざとこちらを怒らせることが多いことに。
 ――へこんでるよりは、怒ってる方がマシだよォ。
 などと云いながら、当たるか当たらないかの間をとりつつ逃げる様に、遂に笑うしかなくなることも多かった。
 そう思って考えてみると――先刻のモノレールの中でのあれこれも、ナーヴァスになってしまった鬼を、どうにかしようと思ってのことだと……?
 ――それァ、流石に考えすぎだな。
 苦笑とともに、思う。
 そういう効果があるとしても、あれに限って云えば偶然だ。第一、あの時は、鬼は憂鬱から抜け出せはしなかった。まァ、それを見て、今の総司の行動があるのだろうとは思えたけれど。
「……ほら、その奥の部屋が、鉄ちゃんの匿われてた部屋だって」
 一番奥の六畳間を指すと、鬼と総司は顔を見合わせ、ゆっくりとそちらへ移動した。
 そこは、北向きの、小さな床の間のある部屋だった。鴨居につけられた釘隠しは蝙蝠――蝙蝠は秘密を守る動物だと云う云い伝えがあるため、箱館から逃れてきた少年を秘密裏に匿うために、この部屋に少年を置いたのだと、以前に聞いた憶えがあった。
「――市村……」
 無事に辿り着いたんだな、と、鬼が小さく呟いた。
「三年くらい、ここにいたんだってよ」
 そう、本で読んだ話を教えてやると、そうか、と声が返って、鬼の眼が、室内をじっと見回すのがわかった。
 市村鉄之助と云う名の少年を、鬼はとても寵愛していたらしいが――確かにそれは真実なのだろうと思わせるほどに、そのまなざしはやさしく、情愛に満ちたものだった。
「市村くん、あんたになついてましたからねェ」
 総司が、のんびりとした声で云った。
「ここにいたんだったら、いろいろとあんたの昔の話とか聞きだしてたんじゃねェですかねェ。……どうします、おノブさんに、いろいろ吹きこまれてたら?」
「……馬鹿云うねィ」
 鬼は、微妙な微笑みを浮かべ、もう一度室内を見回すと、奥の部屋へと歩を進めた。
 中廊下を隔てた南の12.5畳の間は、元は主・彦五郎の部屋だったと云うことだ。だが、明治26年の大火の折、息子の養子先に、上段の間とその控えの間を移築したので、現在は、こちらが上段の間と云うことになっている。
「……瓢箪池もなくなっちまってるのか」
 ガラス戸の向こう、玉砂利の敷き詰められた庭先を見ながら、鬼が呟く。
「維持できないんだよ。もう、名主とかそういう家なんか、なくなっちゃってるからさ」
 大身だった家ほど、その凋落ぶりは酷かったと、年寄の昔語りに聞いたことがある。
 維持できなくなった家は、その田畑を売り、家屋を売って、何とか糊口を凌いできたのだと。それは、この土地でも似たり寄ったりであっただろう。
 まして、御一新の折に、薩長に叛旗を翻していたとなれば、なおのこと。
「――そうか……」
 鬼は、それだけ云って、黙って縁を歩いていった。
 納戸、仏間、茶の間を通って、また土間のところへと出る。
 と、
「――お腹減った……」
 沖田番が云って、くるると鳴る腹を押さえた。
 と、総司も腹を押さえ、
「俺もでさァ……」
 と情けない声で呟く。
 懐中時計を引きずり出して見れば、時刻は12時も半ばを回っている。それなら、空腹になって当然か。
「――どこで飯にする?」
 沖田番に問うと、
「あそこ、前に云ってた、変な定食のある飯屋がいいんでしょ?」
 ――“変な定食”……
「――池田屋か」
「そう、そんなとこ」
 まァ、普通に行く分には、ネタとしては面白い、が、何しろ今の連れは鬼と総司だ。
 ――いいのかよ、それは……
 とは云え、日野本陣に来ている段で、もう善し悪しを云々する段階は超えているのかもしれない。
 残る問題は、
「――だけど、こっからだと、けっこうあるぞ?」
 モノレールで2駅分、と云うのは、決して近い距離ではない。
「でも、30分もあればつくでしょ。それくらいなら平気」
「あァ、それくらいなら頑張れまさァ」
 沖田番と総司が頷くのを見て、ちらりと鬼を見ると、こちらも「別に構わねェぞ」と云ってくる。
「じゃあ、決まりだな」
 とりあえず、高幡不動が次の目的地だ。
 3人を促し日野本陣を出、気合いを入れて、東南の方へと歩きだした。 


† † † † †


同居バトン休日編、続き。
まだnervousな鬼――まァ、寒いしね(笑)。


日野本陣のネタは、行った時に貰ったリーフレットで。あとは、ガイドさんのお話とか。
前にもちらっと書きましたが、沖田番曰く、佐藤彦五郎資料館の館長さんは、鬼と骨格が似てるらしい――写真見較べると、そうかもと思いますが。そんなネタも入れてみたり。


ところで、沖田番がいきなり「源さんってツンデレだよね」などと云い出し(ゲホゴホ/咳)。
……えェと、手元に資料がおありの方、井上泰助の写真、つーか肖像をご覧下さい。泰助はまァ、一応平和な世の中を生きましたのであんな顔ですが、あれでもっと戦闘的な、あるいは野武士っぽい感じ、を加えて戴くと、多分それが源さん。叔父甥の間柄ですからねェ。
どうですか、ツンデレですか。
まァね、かっちゃんがツンデレだと云われるよりはいいんだけど、でもさァ、↑みたいな顔でツンデレ……何か、内.田.か.お.るもびっくり、のオヤジ受モードですな。いや、源さんが受だとは思いたくないんだけどね……攻かと云われると、それもちょっとね……
とりあえず、沖田番は、一ちゃんは「る.ろ.剣」みたいなの希望、私は「風.雲.新.撰.組」(PS2の)がそっくりだと思ってます――ここにも広くて深い河があるな……
でも、残ってる西南戦争時の抜刀隊の写真とかだと、やっぱ「風.雲.新.撰.組」が近いんだと思うんだけど。
……って、どちらも腐女子的あれこれからすると、全然駄目なんだろうね……


ところで、今回(24日)の『篤姫』、ペリー来航でしたね。中島三郎助さんが(名前か、せめてモブ的にでも)出てくるかなーと期待してたのですが、見事にスルー。「篤姫紀行」も浦賀だったのに、こっちも何もなし……ちぇーっ。
沖田番に云うと、「中島さんマイナーだから」で終わってしまいましたが――でもでも、最近アレコレでちょっとある酒井玄蕃さん(庄内藩のひとで、“鬼の玄蕃”と薩摩に怖れられた人)よりはメジャーだと思うんだけどなァ……うぅうむ。


ところで先日、変な夢を見ました。
どうも斬り合いの最中らしく、2〜3m後ろには島田魁がいるなァ、と思ったら、前方から、右の鎖骨の上を20cmほど斬られた、と云う。でも、骨までは全然いかず、「あァ、これくらいなら全然平気だ」とか思ってると云う。斬ってきたのは知らない奴でしたが。
多分、(話の)前後はもっとあったと思うんですけども――問題は、斬られてた自分は、いつもの安物革コート(1万で買った)と黒のタートルのセーター+黒のパンツ(どちらもゆにくろ)、履き慣れたNewBalanceのウォーキングシューズ、で刀を握ってたこと。多分、ピアスも指輪もがっつりしてた……通勤の時と一緒じゃん!
後ろの島田は、普段着っぽい羽織袴、当然髷も結ってました。……どんなシチュエーションの夢だよ……


この項終了。
次は池田屋でご飯――の前のだらだら歩きから。ホントに5回で終わるのかな……(不安)