同居バトン 休日編 4

 川崎街道をすこし南へ、そこから用水沿いの脇道に入り、てくてくと歩く。ちょうど逆方向へ歩けば、佐藤彦五郎の子孫の住む家だが、鬼が寄りたくない風であるから、口にはしない。
 甲州街道沿いはかなり様変わりしているが、この用水付近は、何となく昔の風情が残っているように見える――あるいはこれは、かつて住んでいた父の田舎の集落に、すこしばかり雰囲気が似ているせいであるのかも知れなかったが。
 水量のたっぷりとした用水の両側には、かつては畑が広がっていたのだろうが、それもほとんどが宅地化されたと見えて、あちこちに小さな農地を残すのみだ。
 だが、それでも、前庭の広い家々を見ていると、やはりここが、かつては豊かな農作地であったのだろうと察せられるのだ。
 例えば昔、この広い前庭で、農家の人々は収穫した作物を広げ、この用水の水で洗い、この道を、牛や馬に牽かせた車で運び出していったのだろう。庭に見える柿や柑子の木から、季節の恵みを受け取っていたのだろう。
 この土地で生まれ、この土地で死ぬ――その人生のサイクルは、しかし、今や何と遠いものになってしまったのか――
 などと、感傷に浸っていると、
「あ、ボス! あそこ、白鷺だ!」
 沖田番の声に気を逸らされる。
 云われるままにまなざしを転じれば、なるほど、用水の真ん中に、すらりと立つ白い姿。
「へェ、うちの近所の川でも見かけるけど……」
 しかし、こんな間近に見られるほどではない。
「どれどれ?」
 総司や鬼も、白い鳥をじっとみる。
 と、
「……あッ!」
 四人の気配に恐れをなしたものか、鳥はばさりと翼を広げ、すこし向こうの川中に下り立った。自分たちの進路とは、ちょうど反対の方向だ。
「――……何か、避けられてる……?」
 沖田番が、暫の沈黙ののちに、ぽつりと云った。
 それはそうだろう。白鷺の逃げた方向に、意図的なものを感じずにはいられないのは、自分だけではあるまい――“さっさと行っちまえよ”的なあれこれを。
「まァ、胡散臭いもんなァ!」
 笑って云ってやると、沖田組二人は、くわっとこちらを睨めつけて、異論を申し立ててきた。
「何云ってんのさァ、ボス! ボスほど胡散臭くなんかないよ!」
「鴉に頭踏まれた奴にァ、云われたかァねェなァ」
「……あ、あれは――ちょっとした事故だもん!」
「事故じゃあ頭ァ踏まれねェだろ」
「五月蠅いな! ボスだって、よく猫に威嚇されるくせに!」
「あ、それ土方さんも同じですねェ」
「五月蠅ェぞ、総司ィ!」
「怒鳴りゃあ、何でも解決するわけじゃあねェんですぜ。――俺ァ、土方さんよりァ、胡散臭くなんかありませんや」
「……でもさァ、どんなに妥協しても、4人とも胡散臭いって結論しか出ねェと思うけどな?」
 そう云ってやれば、鬼は渋々ながら、沖田組は不満げながらに、それぞれ頷いた。
 そのままてくてくと歩いてゆくと、道は用水沿いのまま、大きく右へカーブし、中央高速の脇へと続いていった。用水そのものは、高速とぶつかるあたりでトンネルをくぐり、そのまま南へと流れていくようだが、それと並ぶ歩道はない。
 高速に沿ってやや東へ進むと、やがて現れたトンネルを南へ折れ、更にそこから高速沿いに東へ。
 南北に走る道路にあたったところで、そこを南下、甲州街道のバイパスをまた東へ――ずっと歩けば、モノレールの万願寺駅だ。
 税務署の前を通り過ぎ、すこし歩いた先で、
「――あれ、あれ見て下さいよ、土方さん」
 と、総司が指したのは、赤白のだんだらの画面に、黒で書かれた「土方歳三資料館」の文字。
「あんたの資料館? 御大層なもんですねェ」
「……この辺ァ石田だろう?」
 鬼の問いかけに、
「うん。――あれ、元の喜六兄さん宅だよ」
「……隼人も、他所に住んでるのか」
「うぅん。そこに住んでるよ。曾孫の奥さんが、だけどね」
「……そうか」
 鬼は頷いて、それ以上は聞こうとはしなかった。
 ちらちらと聞いていると、どうも鬼は、家督を継いだ喜六兄夫妻とは、あまり反りが合わなかったらしい。為次郎兄は、鬼のことを可愛がってはくれたようだが――それもあって、喜六兄が亡くなって後は、試衛館の食客におさまることになったもののようだ。
 実家の前を通ることもなく、鬼は黙々と歩いて、モノレールの下の道に出た。
 その先は、行き来するモノレールの影を見ながら、道なりに行くだけだ。
 浅川にかかる新井橋を渡り、そのまま更に歩いて、向島用水親水路――水べりの遊歩道へ入る。
 水車小屋では、用水の流れで水車が回り、小屋の内部で杵がごとごとと上下している。実際に、米や麦を搗いているわけではあるまいが、しかし、こうして動いている水車を見ると、何となく、昔に還ったような気分になる。
 が、鬼や総司は興味を示さない。水車小屋など、かれらの元の時代では、珍しくもなかったのだろう。ちらりと眼をやっただけで、小道を先へと歩いてゆく。
 わずかに陰影を作る木立の間を抜け、しばらく歩くと小学校の傍に出る。遊歩道はまだ続いているが、ここで外れて、高幡不動の駅へと向かう。
 北側の、小さな駅前からエスカレーターで橋上へ。コンコースを抜けて南側へ出ると、そこはもう高幡不動の参道だ。
「――ここァ……賑やかになったんだか、寂れちまったんだか、わかんねェようなことンなってんなァ」
 南口のロータリーに下り立った鬼は、微妙な表情であたりを見回した。
 まァ、かれが首をひねるのも、無理からぬことだろう。かつての高幡不動への参道には及ぶまいが、今はここは、京王線多摩モノレールの乗り換え駅であり、日野市の中心と云っても良いだろう街となっている。新宿まで直通の駅であり、バスの発着も多いとなれば、人の行き来も盛んになろうと云うものだ。
「……まァ、おめェが使ってるあの駅よりァ、賑やかなのァ確かだなァ」
「――しょうがないじゃん、うちの方が、ここより新宿に近いんだしさ」
 論われるが、そこだけははっきりと口にする。
 いつもの通勤利用駅は、新宿から約20kmのところだが、高幡不動はほぼ30km離れている。10kmは、中々馬鹿にならない距離なのだ。
「片道25分なら、地元では食料品とか生活雑貨を買うくらいになっちゃうさァ」
「そう云うもんなのか」
「そう云うもんだよ」
 云ってやると、鬼は微妙な表情になった。
 まァ、自分の地元を貶されればいい気分はしないだろう。
 そこへ、沖田組が声を上げた。
「ね〜、はやくごはん〜」
「腹が減って仕方がねェんでさァ」
「はやくはやく〜」
 へなへななふたりの顔に、鬼はふっと唇をたわめた。
「そうだな、飯が先だ」
 そうして、くるりとこちらを振り返る。
「で、どこなんだ、その飯屋ってなァ?」
「……あそこ」
 と、指さした先――ロータリーをわずかに外れたビルの2階に、“池田屋”と書かれた看板が見えた。


† † † † †


同居バトン、休日編。
おいおい、4回目で、まだ道の途中だよ。どんだけ長いの、この話……


えェと。
白鷺の話、実は実話。但し、もちろん鬼&総司はいないので、沖田番と二人でなのですが。……そんなに警戒しなくったっていいじゃん、と思うも、その後高幡不動近くの団地の猫(3匹)にも、同様に逃げられ(……)。しかも、水路も挟んで、5〜6mは離れてたのに! 何だよ!
よっぽど怪しい気配を放ってたのかなァ……うゥん。


そう云えば、ここら辺のあれこれを書くために、この間新撰組〜歴史館で貰った観光マップを広げてて、ふと思い出したのですが。
私の初日野は、実は日野警察署でした――いえ、父の中央線内での落し物が、回収されて日野警察署に行っちゃってたので、それを取りにいっただけなんですが。
高校生の時分なので、もう××年前(うわ、月日の経つのって早いなァ)のはずですが、その時はJRの駅からだったから、本陣の前とか歩いたよなァ。とりあえず、あんまり明るい印象の街ではなかったのを憶えています。今ほど整備されてなかったし、大河とかの全然前の話だし(当時は、あれ、伊達とか武田とか、か……?)、まァ、しょうがないんですけども。
しかし、あの時は、その××年後に、こんな頻繁にあの辺をうろつくなんて、思ってもみませんでしたよ――おっかしいな、『燃えよ剣』には、既にはまってた時期なんだけどなァ……


あ、そうそう、先日出先で、偶然にも伊庭っち(仮)に遭遇致しました。ははは。
まず云われたのが「てめェ、あいつ(=沖田番)にきちんと鎖つけとけよな!」と云う科白。
……でもさァ、鎖はともかく、紐はつけてんだよ、ゴム製の紐は。鎖だと、奴、引きちぎって走るからな。ゴムなら、とりあえずは引っ張れるし。
と思って、微妙に笑ってごまかしたら、「そういうとこが狐なんだよ、やな奴〜」といわれました。「奴と鋏は使いよう、ってか?」とも云って、後でそれを聞いた沖田番に「馬鹿だって云いたいさ!?」とキレられてましたよ。
ともかくも「例の件に関しては、今後一切ノータッチ」と云う言質を取りましたので、多分大丈夫、だろう、うん。そう願いたい、切実に……


この項終了。
あああ、伸びてる、伸びてるよ……