星に願いを
外に出れば、一面の雪原の上に、星が満天の輝きを見せていた。
箱館市中より、五稜郭へ戻る道すがら、雪の上を吹きぬけてゆく夜風は刃のようだが、空気は澄みきって、星の輝きも心なしかくっきりとしているようだ。
もう如月も終わろうかと云う時期であるのに、蝦夷の雪はわずかに緩んだほどでしかない。
梅の香も、もっと先の話なのだと耳にした。
梅が咲くのは、皐月のころ――雪が融けて、一斉に草木が芽吹く、蝦夷地のもっとも美しい季節なのだと。
だが――
――その頃ァ、このあたりはいくさ場になってるだろう。
白く凍てつく息を吐いて、歳三はゆるく笑いをこぼした。
この雪が融けたなら――否、この寒さが緩んだなら、薩長の輩は大軍をもって、自分たちを攻めにやってくるだろう。軍艦が、限りもなく海を埋めつくし、砲弾の雨を降らせるだろう。海の守りの要たる開陽を失った自分たちには、それを防ぐことすらかなわないだろう。
このふたつきほどの平穏は、かりそめのものでしかない。寒さに慣れぬ南のものどもが、じっと春を待っている、そのわずかな間のものでしか。
――まァ、そんなもんだろうさ。
歳三が反対の立場であれば、やはり春を待って攻勢に出るであろうから。
蝦夷の寒さは、あまりにも厳しい。まして、南国の薩摩や土佐のものとなれば、身に感ずる厳しさは、自分たち以上なのであろうから。
この雪が融けたなら――それが自分の死に時となるだろう。薩長の輩は、連戦の兵であり、数も多い。落ち延びてきたわずか千人ほどの幕軍では、太刀打ちすることすらかなうまい。
どのみち、この蝦夷地を死に場所と定めてきたのだから、それを歯噛みしたりすることなどない。ただ、死ぬその瞬間までは戦い続け、兵たちに悔いを残させないようにする、それを念じるだけだ。
だが、自分の心は定まっていようとも、残される方は、そうはゆくまい。
井上源三郎の死の報を聞いた時のことを、歳三は、今でもまざまざと憶えている。あの時胸を貫いた、鋭い痛みと悔恨を。あるいは、沖田総司の死を告げる手紙を読んだ、あの時も。
――せめて……
せめて、残してゆくものたちが、悔いなく次の生を生きられればと思う。
時は移ろい、侍の世は終わる。刀をもって生きてきたものたちが、刀の役に立たない世を生きる――そのための転機に、自分の死がなればよい。
自分の死とともに、刀を捨て、侍の身分を捨て、変わる世に応じて生きていってくれたなら。
ただそれだけが、自分の望むことなのだ。
もちろん、それがそううまくかなうとは、歳三とて思いはしなかったが。
深紺の夜空を見上げ、星を仰ぐ。
輝く北斗、三ッ星、みすまるの星、天上をよぎる天の川――星は、それぞれ神であるのだと云う。それが本当であるのなら。
――どうか、あいつらに……
残されるものたちに、平穏な生を賜わらんことを――
己の願いに、歳三は苦笑する。
馬鹿な、その平穏な生をかれらからとりあげているのは、他ならぬ歳三自身であると云うのに。
だが、愚かしくも、そう願わずにはいられなかった。
雪が融ければ、いくさ場になる、このさいはての北の地で。
やがて――
苦笑をこぼして首を振り、歳三は雪の中を歩みだした。
† † † † †
突発SSS。SSよりもなお短い……しかも若干意味不明。
昨日「題名の.ない.音楽会」の公録に行ってきたのですが、曲目に「星に願いを」があったので。この曲、条件反射的にうるっときます……そんな鬼。発句は読ませませんよ、恥かしいから!
しかし、「星に願いを」と云いつつ、どうも頭に回るのは、まっきーの「雪に願いを」……間違ってますね。まっきーの曲も好きなんだけど。
ところで、最近高杉への愛? が上がってきてます。やァ、しゅぎってヘタレですよね!
私、長州勢では御神酒徳利とガタが(大)嫌いなのですが、しゅぎはあのヘタレっぷりが大好きです。っつーか、藩主の命に沿えないで脱藩した挙句、京都の長州藩邸で呑んだくれ、って、お前どんだけヘタレなんだ! まったくもう、愛い奴め! 頭ぐりぐりしてやりたい!
桂さんももちろん好きなのですが、桂さんは、近づくと逃げてきそうだからな、うさぎちゃんだし。
とりあえず、何か資料的なものが読みたいと思うのですが、結構すくないんだよねェ、しゅぎですら。桂さんなんか、云わずもがな。
とりあえず、「日本の100人」のますじの買いましたよ。ふふ。
さて、次はバトン休日編の続きでー。