同居バトン 休日編 6

 とりあえず、酒は沖田組が久保田、鬼とこちらが八海山、つまみはあしたばの天麩羅でいいと云うことなので、それに決定。
 注文すると、店の女性は、小皿の上にコップを置いたものを人数分運んで来、さらに一升瓶を2本――まァ、2種類と云うことだ――抱えてくると、コップに酒を注いできた。
 酒は、コップの口までなみなみと注がれ、さらに小皿にも溜りを作る。居酒屋の枡とコップのようなものだろうが、小皿の方が浅いだけに、こぼれはしないかと冷や冷やするが、そこは手慣れたもので、ちょうどいいあたりでぴたりと手が止まる。
「……これァ、すげェもんですねェ」
 総司が、心底感心したと云いたげに頷いた。
「うぅむ、どうやってこぼさず乾杯するかなァ」
 表面張力で盛り上がる酒を見ながら、腕組みでもするしかない。これでコップを持ち上げようものなら、小皿からすら酒があふれることは請け合いだ。
 と、沖田番がにこっと笑った。
「いいじゃん、口だけでもさぁ」
「……まァ、そうだなァ」
「じゃ、乾杯の音頭は土方さんで!」
「おう」
 鬼は頷くと、コップに手を掛け――いかな鬼と云えど、それ以上持ち上げたりはできなかったようだ――、
「乾杯!」
「「「乾杯!」」」
 声をあわせ、そのままコップの端に唇をつける。みっともないが、これ以外に飲みようがないのだ。
「……う〜ん、やっぱ久保田は美味いよねぇ」
 沖田番が云うのに、総司も頷く。
「これァ、こないだ呑ましてもらったのと同じですねェ。俺ァ、こいつが気に入りましたぜ」
「八海山も美味いけどな?」
「おう、こっちもいけるぞ。舐めてみるか、総司?」
「戴きまさァ」
 笑顔で云って、総司は鬼のコップから、ぐびりと酒を呑んだ。
「あッ、おめェ、呑みすぎじゃねェかよ!」
「いやいや、確かに美味かったですぜ」
「この野郎、そっちも一口よこしやがれ」
 とじゃれあう二人に、店内の客たちの視線がちらちらと注がれている。
 まァ、それも仕方のないことだろう。この店の中で「土方さん」「総司」と呼び合うそれくらいの歳の男たち、と云うと――まァ、入り過ぎた新撰組ファン、と云う風に思われるのが関の山だ。
 ――本人たちだって知ったら、この人たち、どう思うのかなァ……
 こんな高校生のようなふたりは勘弁だ、と思われるだろうことは、想像に難くないが。
 ともあれ、酒のお蔭で、自然舌も滑らかになる。
 幕末組も現代組も、いろいろな話をした――それこそ、副長助勤クラスの内緒話から、勤王志士のちょっとアレな話、平隊士の笑い話まで。
 その話の中に、さりげなく外されている話題があることに、自分も、おそらくは沖田番も気づいてはいた。それは、例えば山南敬助の話であり、藤堂平助の話であり、また近藤勇の話でもあったが――敢えて突っこむことはすまい、と思う。
 どれも、決して奇麗な話ではなく、それどころか血腥く、謀略や怨嗟のにおいのすることばかりであったから。
 いや、この場合は、それを忌避する心があると云うよりは、純粋に、幕末組の心情を思いやって、と云う方が正しかっただろう。かれらは、その人物たちへの関わり方がどんなものであれ、後悔や悲哀や苦痛を味わっていたのだろうから。お互いの間でも、それを口にすることを憚るほどに。
「……そう云やあ」
 と、総司がコップの縁を舐めながら、ふと笑った。
「思い出したんですけど、土方さん、あんたの姉さんのおのぶさん、機嫌の悪ィ時ァ、三味線の音が尖ってましたっけねェ。それ聴いて、彦五郎さんがこう――と、ちらちらと後ろを振り返る仕種をして――見て、あんたに“あれは?”って訊いてましたっけねェ」
 くすくすと云う声に、鬼が憮然とした表情になった。
「俺が原因みてェにな」
「だって、あんた、そういうこと多かったじゃねェですかい。――ま、俺も、おのぶさんが不機嫌な時は、近寄らねェようにしてましたがね。何しろ、即説教されますからねェ」
「おのぶさんって、怖かったんだ?」
 沖田番の問いに、総司はすこしばかり首をかしげた。
「怖いってェか、きっつい人でしたねェ。結構、拳骨が飛んできたりとかねェ。為次郎さんもそうだったんで、あれァ血なんでしょうけども」
 と、鬼の長兄の名を出して、云う。
「土方家の血?」
「そうそう。彦五郎さんは、頑固で細かかったんですけど、そっちァ、喜六さんとか大作さんとかの流れでね。彦五郎さんの御母堂ってのァ、こん人の叔母にあたるらしいですから――まァ、血なんでしょうさァ」
「……源さんとこにも、土方の家から誰かいってなかったっけ?」
 いつぞや、どれかの資料館で見た系図を思い出しながら問うと、
「そうですよ。だから、源さんだって、頑固でしょう」
「あれァ、松五郎さんもそうだが、井上ん家の気質だろう」
 鬼が云って、酒を舐める。
「喜六兄とかの頑固さたァ、ちっと違うからな。源さんとこは、“一徹”のつく頑固だ」
「ははは、そうですねェ」
「沖田家は頑固じゃないな?」
「源さんとこの親戚筋なのにねー」
「いやいや、これでも俺は真面目なんですよー?」
 わいわいと話すうちに、日野本陣でのあの憂鬱はどこかへいってしまったかのようだ。
 酒のおかわりをして、ふと見ると、時刻は3時近くになっている。
「もう3時なんだけど」
 と云うと、皆は我に返ったようだった。
「何だ何だ、早いな」
「そろそろ、お不動様にお参りに行かなきゃなりませんねェ」
「じゃあ、これ呑んだら行こっかー」
 コップに残った酒を呑み干し、席を立つ。
 会計を済ませ、外へ出ると、陽はかなり傾いてしまっている。さっさと参拝を済ませないと、石田寺へ行きつくころには真っ暗だろう。
「はいはい、行くよー」
 跳ね上がるように歩きだす沖田番について、一同は参道を奥へと歩いて行った。


† † † † †


同居バトン休日編、続き。まだまだ続きそうな気配……(汗)
つーか、池田屋はさくっと終わりたかったのになァ……


あ、そうそう、本日サブ地下の古本市(今日まで)に行ったら、勝さんの全集で、ちょうど慶応4年〜明治7年アタマまでの日記が、¥800-で出てた! もちろん即GET。
ぱらぱらと見てたら、勝さん、箱館戦争に関する情報、かなり早く掴んでますね。5月18日には「箱館没落の風聞を承る」だもんなァ。
つーか、その前の16日には、誰か隊士が金の無心に行ったらしい――でもちゃんと「五両遣わす」だもんなァ、ちゃんと面倒見てくれたんだ、本当にありがたい話です。
何か他にもネタがあるんじゃないかと思うので、できれば前の巻(全集18巻)も欲しいなァ。神田でちょこっと出てたのは見たけど――18巻、あったかなァ。


そうそう、山南役から、この間の讀.賣.新.聞の「高杉の手紙発見!」の記事の切り抜きをもらいました。……何だ、こないだやってた国際稀購本フェアに出てたんだ。見に行きゃあ良かったなァ。残念。
実は、これの受け渡しは、海辺の舞踏会(笑)でやったのですが、その際に、今度の27日に池袋の芸術劇場小ホールでやる芝居(九州の小藩が舞台の幕末もの)のタダ券があるとのことで、一緒に行くことに。
あと、5月に同じところでやる鬼の芝居っつーかミュージカル(2部構成――っつーか、主演とかやってるの、大学の後輩だ……)も見に行くことに。歌が下.手らしいので、覚悟していきたいと思います――私のミュージカル基準、劇.団.四.季なんで。


この項、とりあえず終了。