同居バトン 休日編 7

 池田屋から高幡不動までは、歩いてほんの1、2分の距離だ。途中の店――並ぶ菓子屋など――にひっかからなければ、すぐに山門が見えてくる。
 が、
「あ、かるめ焼きじゃねェですかい」
「“昔ながらの”って書いてあるねー。あ、金平糖♥」
「この可愛いのァ、飴玉ですかい」
「詰め合わせ? かわいー♥」
 沖田組がものの見事にひっかかり、わずかの距離であるにも拘らず、遅々として進まない。
「……置いてっちまおうか?」
 鬼に云うと、相手は無言で総司のダウンの襟首を引っ掴み、ずるずると引きずって行こうとする。
「あ、何すんですよ、土方さん!」
「おめェらに好き勝手させておくと、ちっとも先に進めねェんだよ!」
「いいじゃねェですかい、これくらい!」
 反論するものの、総司も本気で抵抗はしていない。
 ――何なの、新手のコミュニケーション?
 まァ、そう云えば沖田番も、こんな風にかたちだけごねてみることがあるか――どういう心境に依るものなのかは、正直理解し難いところがあるが。
 ともあれ、鬼と、引きずられてゆく総司の後ろについて、高幡不動の山門をくぐる。
 平日の3時過ぎ、しかも特に例祭の日と云うわけでもないとなれば、境内は割合に閑散としている。例祭の日や土日にはみっしりと軒を連ねている露店なども、今日はほとんどが看板を下ろしたような状態だ。
「何か、漆喰みてェなので地面が固められちまってますねェ」
 総司が、コンクリートで固められた境内を見回して、云う。
「あァ、見慣れねェ建物があっちこっちに……あんたが悪戯したってェ山門は、昔のまんまですがねェ」
「五月蠅ェよ」
 にやにや笑う総司にそう云いながら、鬼もぐるりと境内に目を走らせる。
「何か、ずいぶん木がでかくなってやがるなァ――今ァ、どれぐらいんなるってェ云った?」
「ざっと140年かな」
 明治維新、つまりは慶応4年から明治元年元号が変わったのが1868年で、今年は2008年だから、まぁそんなものだろう。
「140年か――そんなら、この辺もすっかり変わっちまうのも、無理ァねェか」
「そうだね、樹齢100年の木とか云ったら、大変なもんだもんねェ」
「そうですよねェ。――あれ、あそこに立ってるのって」
 総司が見止めたのは、弁天堂の手前にすっくとたつ、鬼の銅像だった。
「あー……あれね、鬼の銅像
 仕方なく――総司がまぜっ返さずにいるはずがないからだ――云ってやると、案の定、総司はにやにや笑いを浮かべて、鬼を振り返った。
「……ですってよ。何か、顔とか違ってますよねェ、土方さん?」
「……あれァ、何見て作りやがったんだ」
 憮然とした表情で、鬼が云う。
「あれね、昔やってたドラマの役者さんがモデルらしいよ。だから、顔がバタ臭いんだってさ」
 ファンの間では伝説的らしいそのドラマは、残念ながら見たことがないのだが――とりあえず、本人とは似ても似つかぬ像であることは確かだ。何しろ、こうやって並べてみても、同じ人物であるとはとても思えない。
 そう云う意味では、函館で見た銅像2種の方が、顔だち自体は似ていると思う。まァ、本人の写真がモデルなのだろうから、当然と云えば当然なのだが。
「まァいいじゃん、美男子だってみんな云ってるんだしさ」
 壬生時代の家主・八木の御主人から、仙台の奥州列藩同盟会議の参加者まで、鬼を美男子だと云った人間は両手にあまるほどだ――正直、本人を目の前にしても、今みっつほど“イケメン”だと云う認識は薄いのだが、何と云うか、確かに妙な色気――男の、と声を大にして云っておきたいところだ――があるのも認めざるを得ないことで。
「……でもまァ、かっちゃんとどうこう、ってのは想像し辛いよねェ」
 思わず云ってしまったのは、この間読んだ「時代劇マガジン」の「鞍馬天狗」のインタヴュー記事のせいだろう。「局長・副長がホモっぽい」などと、まことしやかに書かれていると云うのは――いくらなんでもどうだと、思わずにはいられない。
「あ? 近藤さんが、何だって?」
 と、聞き咎めて問いかけてくる鬼のまなざしと声は、やけに鋭い。こちらの考えを読まれたものか、あるいは近藤勇の話題が出たからか。
「や、顔を較べられて、気の毒だなァって」
 取り繕う意味でそう云うと、鬼はふんと鼻を鳴らした。
「近藤さんは、観柳斎なんぞに“大人の風格のある御顔です”なんぞと云われて、へらへらしてやがったぜ。ものは云いようだ、持ち上げる気になりゃあ、どんなもんだって御大層なものにしちまえるさ」
「……あ、そう」
 なかなか辛辣な科白を吐く。何やら、よほど腹に据えかねることがあったらしい。
 ――ま、どうせ甲陽鎮撫隊とか、流山の一件とかの絡みだろ。
 そうであれば、鬼の気持ちもわからぬではない。このあたりのことは、触れないで置いてやるか。
 そう思いながら、ちらりと総司の方を見ると、沖田組はふたりして、露店の野菜売りに絡んでいるようだ。今の会話は、かれらの耳には入ってはいないだろう。
「おーい、とりあえず、お参りは?」
 呼びかけると、ふたりは仔犬のように跳ね上がり、こちらへぱたぱたと寄ってきた。
 手水場で口と手を清め、階を上がって賽銭を投じ、てんでに合掌して瞑目する。
 ――とりあえず、こいつらが無事に、元の時代に戻れますように。
 こちらの生活に、これ以上の支障が出ないうちに、できるだけ速やかに。
 沖田組も、何を真剣に願っているのか知らないが、長い間目を閉じて、一心に手を合わせている。沖田番は知らないが、総司の方は、流石に信心深いと云う江戸の人間ならではか。
 鬼はと云えば、こちらは合理主義の主なのか、こちらとほとんど変わらぬ早さで頭を上げ、本堂から境内を眺め下している。
「で、これからどこに行くんだって?」
 問いかけられ、すこし躊躇する。
 が、結局、予定どおりのルートを取ることにした。
「――石田寺。あそこの榧の御神木が、すっごい好きでさ」
 本当は、土方の家の氏神である稲荷神社のある、とうかん森とやらに行けばいいのかも知れないが――もう、かなり陽も傾いているこの時刻から、はじめて行く場所をこのメンツで、など、無謀にもほどがあるような気がしたのだ。
「ああ、あのおっきな木ねー。いいよねー、あれ」
「そう云や、何かそんな木があったなァ」
 懐かしそうに云う鬼に、すこし心が痛む。
 その榧の御神木のすぐそばに、土方の家の墓所があり、同じ区域の中には、他ならぬ鬼の墓もあるからだ。
 それを憶えているのかどうか、
「よし、じゃあ行くとするか」
 鬼が云うと、総司もこくりと頷いた。
「それじゃあ決まりだ。さっきの道を逆に歩くよ」
 そう云って先に立ち、歩きだす。
 時刻は三時半、冬の陽は、既に山の稜線近くにまで傾いていた。


† † † † †


バトン休日編、続き。やっと高幡不動〜。
この項で石田寺に行けないかな〜。


何か、阿呆話のネタばかり蓄積されてってます。
あああ、あの話とかこの話とか書きたーい! よもやネタになるとは思いもしなかったアノヒトとか、こんなことになるとは思わなかったソノヒトとか、いろいろありますぜ。
か、書きたい書きたい!
しかし、同居バトンが終わんないとね……道は中々険しいですよ……


そうそう、明日(24日)、学研から歴史群像のムックで鬼の本が出ますね。中をちょこっと見たら(一応、発売前に見本的に1冊だけ売場に上がってくるのです。発売協定があるので買えませんが)、勝さんが1頁と中島三郎助さんが半頁あったので、うっかり買うと思います。
つーか、明後日は、今度は歴史読本から伊達の殿の本が(別冊歴史読本で)出るので、そっちも買わなきゃ……!
ちなみに、学研からは、多分明日くらいに「歳三の首」と云う小説が出ます。ハードカバーらしい。作者は時代小説作家の藤井邦夫と云う人で、どうやらぱっつぁんが主役らしい――鉄ちゃんが準主役っぽい。
藤井邦夫さんの小説自体は読んだことがないので、どんな出来なのか気になりますが――とりあえず、どっかで立ち読みしようかな。
鬼と龍馬のコンビが活躍するらしい「相棒」は立ち読みどまりだったしなー。


この項、終了。