同居バトン 休日編 8

 そろそろ暮れてきた空気の中を、足早に石田へと向かう。
 来がけに通った親水遊歩道を逆に歩き、モノレールの下の道に出る。
 浅川――多摩川の支流である――にかかる新井橋にさしかかると、学生服姿の少年たちが、自転車で橋を渡ってくるのが見えた。少年、と云っても、面ざしに幼さはない。おそらくは、川向こうにある日野高校の生徒でもあるのだろう。
「――あの軍服みてェなのは、何の制服だ?」
 駆け抜けてゆく自転車を見送りながら、鬼が問いかけてくる。
「学生だよ、高校生。多分あの子たち、16、7じゃないかな」
 受験を目前にしているにしては、そう云う緊迫感がなかったので。
「市村と同じくらいか。それにしちゃあ、ずいぶんと餓鬼くせェなァ」
「まァ、今の子たちは、昔の子より10歳くらい下だって思えばフツーだから」
「おめェらも、歳より十ばかり下だもんなァ?」
「この野郎!」
 くつくつと笑われ、思わず拳が出た。
 が、
「おっと」
 笑ってひょいとかわされる。総司にやられてももちろんムカつくが、鬼にやられると、そのムカつきは格別のものがある――何故だかよくわからないが。
「本当のことじゃねェか、乱暴するんじゃねェよ」
「てめェだって、こっちのこたァ云えねェだろうが!」
 いろいろな逸話を読んでも、鬼があの当時、年齢どおりに見られたと云う話は残ってはいない。むしろ、ひとつ違いのはずの近藤勇よりも、三つ四つ下に見られた、と云う話があるだけだ。
 そんな男などに、見た目の年齢を云々される謂れはまったくない。
「お、喧嘩ですかい?」
「ボス、頑張れー」
 沖田組が、無責任に囃し立ててくる。
「誰がやるか! 行け、沖田番!」
「あう!」
 応えざま、鬼に飛びかかってゆく沖田番。
「やるか!」
 鬼は嬉々としてそう云うと、沖田番の拳を腕で受け、かわしながら逆に腕をねじり上げた。
「いていていて!」
「可哀想になァ、あいつの云うのに従ったもんだから、大変なことになるんだぜ」
 そう云いながら、にやりとこちらを見つめてくる――その様は、まったく映画やドラマの悪役・土方歳三そのものだ。
「わー、黒い狐だよ……」
 思わず、厭そうに云ってやると、
「煩ェ! ……さァて、こいつをどうしてやろうかなァ」
 沖田番の身体をつるし上げようとする。まったく、悪役以外に見えはしない。
 と、
「でりゃ!」
「ごは!」
 気合いとともに、沖田番の頭突きが鬼の顎に炸裂した。
「あ、気をつけて下さいよ、土方さん。そん人、頭突きしますから」
 直後に、のんびりとした総司の声。
「〜〜〜遅いッ!」
 やや涙目になりながら、鬼が叫んだ。
「くそ、行け、総司!」
「はいよ」
 鬼の声に、総司が駆けだす――こちらへ向かって一直線に。
「何ィっ!?」
 慌ててこちらも走りだす。捕まったら、どんなことをされるか知れたものではない。
 必死で走るが、
「あはははははは!」
 流石は天才剣士、難なくこちらに追いついて、並走しはじめる勢いだ。
 ――弄るつもりかよ!
 ひぃひぃ云いながら走り続け、とうとう橋の向こうへ着いてしまった。
 これだけの全力疾走だ、流石に息が切れて、とうとう足を止めてしまう。
 と、
「大丈夫ですかい?」
 総司が、ごく普通にそう云って、こちらの背中をさすってきた。
「総司、何やってやがんだ!」
 橋の中ほどで、鬼が叫ぶ。
「えー? だって土方さん、“行け”ってしか云わなかったじゃあねェですかい」
「……あ?」
「“行け”ってェ云われたんで、行きましたぜ、ほら」
 にやにやと笑う総司に、鬼が一瞬ぽかんとして――
「……総司ィ!!」
 次の瞬間、怒声が響き渡った。
「あはははは!」
 沖田番が、鬼と並んで歩きながら、器用に身を折って笑っている。
 と云うか、
「…………な……何で、総司と、やりあわねェんだよ……!」
 息を切らせながら、沖田番を睨みつけてやると、
「え〜? だってボス、何にも云わなかったじゃん」
 総司と似たような返答を、似たようなにやにや笑いとともに返してくる。
 思わず、やってくる鬼と顔を見合せて。
「「…………」」
 深く溜息をついてしまう。
 本当にまったく、こいつらときたら。
 呆れたまなざしをそそぐ、その前で。
「ほらほら、早く早く〜」
「早くしないと、日が暮れちまいますぜ」
 沖田組が跳ね上がるように云うのを見やり、鬼と二人、また溜息をついて。
 肩を落として歩いてゆくと、遠くに、石田寺の榧の木が見えてきた。


† † † † †


同居バトン休日編、続き。
ううう、まだ石田寺に行きつかないよう……(汗)


さて、本日出た歴史群像の「土方歳三」を買ったのですが。
うん、思ってたよりしっかりした論考があって、これはまァまァだなァと思いました。つーか、池波正太郎のアレ(鬼の彼女の話)が取り上げられてて、それだけでも満足です(←え)。
そして、こないだ見てきたばかりであるにも拘らず、西本願寺の太鼓楼の写真を見て、「あれ、もしかして違うとこ見てた……?」とか、うっかり不安になってしまいましたよ……
“北集会所”って言葉を見て、本堂の裏の方だっけ、とか思ったのですが、よく考えると、門は東向きで、御影堂と阿弥陀堂はその正面にあるわけだから、“北集会所”は、御影堂&阿弥陀堂に向かって右側、であってるんじゃん! 自分の記憶を信じろ!
歴史群像の常として、煽り文句は非常に恥かしいのですが、明治2年の戦闘に関しては、それなりに使えそうで、良かった……
そして、勝さんと中島さんがちゃんと紹介されてて♥♥♥ まァ「一奇士」ね……勝さんから見て、そんなに変わりもんだったんでしょうか、って云うか変わりもんと云うなら勝さんの方が……! (←ホントに勝好きか……?)


そう云えば、職場の上司I課長が異動(栄転、か)になり、後釜がNYからやってきたのですが。
このM係長が、何かツボに……いや、ラヴではなく、こう、いじりたいと云うか構いたいと云うか。
言動が激しくつっけんどんなので、はじめ、単にきっつい人(タロさんタイプの)なのかと思ってたら――これが、コミュニケーションスキル欠落系でして。出庫依頼のFAXを持って、困ったように佇んでたの見た瞬間、きゅーんと来ちゃいましたよ。ああッ、何て愛い奴なんだ!
基本、気難しい人やコミュニケーションスキルの欠落した人(自己中なのではなく、ADHDとか高機能型自閉症とか)がすごく好きなので、何か今後激しく構ってしまいそうな気がします。
いや、しかしラヴじゃないんで。ときめきはないもん。
しかし、接客業でコミュニケーションスキルなしって――それで係長なんだから、棚管理とかはできる人なんだろうなァ。「仕事はできる」って、事前情報でも聞いてたもんなァ。そうか、それで係長(普通は、海外帰りは課長になってる場合が多い)かァ……ふふ♥ (←え)


この項、終了で。