小噺・千客万来 其の弐

「土方さん」
「何でェ」
「いやァ、こないだの朔の日ァ、すげェ騒ぎでしたねェ」
「影斬りがか? ――あァ、御来客がか」
「えェ。まさかねェ、俺だって、斬った影ん中から、裸の男がふたりも、ごろっと出てこようたァ思いませんもん。お蔭で厭なもんまで見ちまいましたしねェ」
「厭なもん、ってェ、おめェ……」
「いやァ、見苦しいナニぶら下げて突っ立ってる男、しかも綺麗でも可愛くもねェ、ってェのァ、やっぱりねェ」
「(綺麗で可愛けりゃあいいのかよ)……まァ、見苦しかろうと何だろうと、本人たちにァ、不可抗力だがなァ」
「それがまた、例の薩摩のどどんと大久保さんだってんですから、二度びっくりでさァ。まァ、来るもの拒まずがあんたの信条だから連れてきましたけど、正直、真っ裸の男ふたり連れて帰るのァ、結構ナンでしたぜ?」
「そん時ァ、大番所の方ァ、別件で大騒ぎだったがな。何しろ、島津の殿さまと若殿と、勝さんと息子の小鹿君と、他にもわらわらと来てやがったんでなァ」
「他にも、ってのァ?」
「俺ァきちんと見たわけじゃあねェが、例の“人斬り半次郎”とやらも来てたみてェだなァ」
「わァ、“幕末四大人斬り”揃い踏みですかい。――皆さん、真っぱだったんで?」
「ンなわけァあるか、きちんと着衣で来られたさ」
「はァ(何だ、つまらねェ)。……しっかし、あれですよねェ、牧野さんァすげェって云うか、何て云うか――来てた幕臣やら譜代やらの中から、使えそうなのばっか引き抜いてたでしょう。後は、川路さんとことかに送る方へ突っこんじまって」
「あァ……勝さん父子とか、岩瀬さんとか、あの辺なァ」
「何かもう、島津の殿さまとかと正式に対面したときにァ、あん人たち、牧野さんの後ろに控えてましたもんねェ。流石は老中様だ、抜かりがねェや」
「まァ、俺ァ、勝さんが来て下さったのァ嬉しいんだが――しかし、問題は薩摩の方だ。今んとこァ、うちと小松帯刀さんとァ、割合良好な関係を保ってると思うんだが――斉彬公や西郷・大久保組なんぞが出てくると、それがどう変わってくるかなァ」
「まァ、島津の殿さまァ、阿部さんや水戸の隠居とも懇意らしいし、いきなり敵対、ってこたァねェでしょうがね。けどまァ、勢力図ァ変わってきますよねェ」
「杉んとこも、こないだ遂に、奴が実権握ったからなァ。川路さんところとかも、うかうかとァしてられねェだろうしなァ」
「そうですねェ。――そう云やァ俺、こないだ面白いもん見ちまいましたぜ」
「あァ?」
「いえね、街中の、川路さんとことかに近いあたりで、蕎麦屋に入ったんですけども」
「あァ」
「俺が天麩羅で一杯やってると、見るからに偉そうなおっさんが入ってきたわけですよ。無紋の羽織なんですけど、如何にも品の良いの着ててねェ。“主、あれは何だ”とかって、どう見ても蕎麦屋に慣れてねェのが」
「ほう」
「で、まァ衝立とかで仕切られてるんで、そのおっさんはじきに見えないとこに坐ったんですけども。俺の隣りですがね。で、しばらくしたら、そいつよりもっと偉そうなのが来やがるんで」
「ほほう」
「で、先の偉そうなのと一緒に坐ったかと思ったら、ぼそぼそと話しはじめたのが、うちと手を組むの組まねェのってェ話なんで」
「……おい、それァもしかして」
「もしかももしか、譜代の堀田と井伊殿ですよ」
蘭癖と赤鬼か……」
「井伊のは、今だったら可愛く“彦にゃん”って云ってやりましょうぜ」
「(“彦にゃん”ってェタマかよ)……そう云やァ昨日だか、井伊のから書状が来てたなァ。うちの連中に、譜代の連中を鍛えてくれとか云う――破格の報酬云ってきてるんで、牧野さんたちと、どうしたもんかと考えてたんだが」
「今ァ、水戸のを預かってるんで、当分は無理ですぜ」
「わかってらァ。……だがなァ、向こうの台所事情も考えると、云ってきてる額ァ本当に破格でな。真剣なのァ伝わってくるし、蔑ろにもできるわけァねェしで、ちっとなァ……」
「彦にゃんと蘭癖、大変らしいですぜ。蕎麦屋で密談してたのも、内部でやると、煩ェのが噛みついてくるってんでのことらしいですしね」
「まァ、譜代のがちゃがちゃしてんのァ、こっちにも聞こえてくるからなァ。阿部さんがお戻りにならねェくらいだしなァ、そりゃあ大変だろう――俺ァ、井伊のと蘭癖が気の毒んなってきたぜ……」
「まァねェ。で、申し出ァ受け入れるんで?」
「断れねェだろう、向こうの面子もあるしな。できなかァねェだろ?」
「……今は勘弁して下せェよ」
「あァ、時機を見てのことだがな」
「宜しく頼んます。……じゃ、俺ァ夜番なんで、これから昼寝を……(と、子どもがばたばたと現れ)」
「あ! そーじだー!」
「(びくりとして)うわ、何、俺ァこれから寝るんですけども」
「そーじー、お菓子買ってー」
「お菓子ー」
「以蔵は! 以蔵に頼みゃあいいでしょう!」
「いぞーさんはおしごとなの! ねー、そーじ、お菓子!」
「おーかーしー」
「あァもう! わかりましたって! ……ってわけで、土方さん、ちょっと行ってきまさァ……(がっくり)」
「おう、早めに帰ってこいよー。……(ふぅ)さァて、俺も、溜まってる書類片付けなきゃあなァ……」


† † † † †


阿呆話at地獄の七丁目。ホントのホントに千客万来〜。


まァ、今回は有名どこばっかですのでアレですが、すこしばかり書いときますと。


島津斉彬:薩摩の名君。高.橋.英.樹ではありません。どうやら本当にどどん贔屓らしい。
島津忠義島津久光の息子で、斉彬公の次の薩摩藩主。割とおとなしめ……
西郷隆盛:すなわちどどん。大柄で動作が荒い。小.澤.征.悦みたいだったら良かった……
大久保利通:くぼさん。割と捻てる。
中村半次郎:すなわち桐野利秋。人斬り半次郎。鉄ちゃんと面識あると云う噂……何故。
勝海舟:云わずと知れた江戸城無血開城の立役者。姫と牧野さんには腰が低いと云うか。
勝小鹿:勝さんの息子。有能だったらしいが、早死した。父親とぎくしゃくしてる。
岩瀬忠震:元・幕府目付。姫に抜擢され、彦にゃんに左遷された。何かカタい人だ……
井伊直弼:彦にゃん。元・幕府大老安政の大獄で有名。頑固で頭が固いが、有能らしい。
堀田正睦蘭癖。元・幕府老中首座(姫の後任)。少々優柔不断。


って感じで。
細かい人物評は、こちら(別窓開きます)をご覧下さいませ。


この項、終了。
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