小噺・阿部正弘の儀

「おう、総司。何でェ、髪湿気ってやがるな。行水でもしたのかよ?」
「違いますよ。これァ、先刻子どもらと水遊びしてたら濡れちまったんでさァ」
「あァ、それで先刻から、子どもらのきゃわきゃわ云うのが聞こえてたのか」
「えェ、まァ。でも、濡れちまったのァ、厳密に云やァ、子どもらのせいじゃあなくて」
「あ?」
「いえね、前に云ったじゃねェですか、子どもらが、阿部さんに宝ものの水鉄砲差し上げてたってェ」
「あァ、そう云やァそうだったっけなァ」
「あれをですね、夏んなったらお使いになるんだろうなァ、と思ってたら、案の定、って云うか」
「って云うか?」
「庭木用の散水機あるでしょう、あの、ふいご踏むと、ほーすの先からどぱっと水の出る」
「あァ」
「阿部さん、あれで水をかけてきなさるんでさァ。はっきり云って、俺がびしょ濡れんなったのァ、子どもらよりも阿部さんのせいなんですぜ!」
「――阿部さん……(溜息)」
「もちろん、子どもらにもらった水鉄砲も使っておられましたぜ。阿部さん、羽目外しまくっておいでですよねェ」
「まァなァ、最近いっつも牧野さんが、“仕事なさい、仕事”ってェ云っておられるが……無理にとァもちろん云わねェが、牧野さんのお気持ちも、ちっとわからねェでもねェよなァ……」
「あれは、あれですよ、阿部さん、家定公の件があるからやってみてェって思ってらっしゃるんですよ」
「あ? 家定公ってなァ、阿部さんのお仕えなすった公方様か?」
「えェ、天璋院様の背の君でさァ。……あんたァ、阿部さんから何にも聞いてねェんで?」
「……あんまり、昔のことァお訊きしちゃあ拙いかと思ってな」
「阿部さん、俺にァ結構話して下さいますぜ? ――それァともかく、家定公ってなァ、別にうつけでも何でもなかったらしいですぜ。御身体が弱いんで、あんまり政務をなさらずに、目一杯羽目を外してただけらしいんで」
「……はァ、そうか」
「阿部さん、“こうしてみると、上様のお気持ちが、すこしわかったような気がするな”ってェおっしゃってましたけど――ただ、その後、“しかし、すこし政務にもあたって戴きたかったね”ともおっしゃってて、しかもそん時、目がマジでした」
「……何て云やァいいか……」
「ま、でも、今じゃあ阿部さんが、上様みてェなお立場ですからねェ。それはそれで、あれなんですけども」
「まァ、おめェ引きずっての遠乗りも、結構頻繁になさっておいでだしなァ。――しかし、そろそろ本当に、お知恵を拝借する時期になってきてるのかも知れねェがなァ」
「譜代のごたごたの件ですかい?」
「あァ。井伊のが、朔の夜にうちに来ようとして大怪我して、そっから譜代ァ大揉めだからなァ。――俺としちゃあ、蘭癖ァ頼りにならねェんで、井伊のを推してェんだが……もう、杉んところから、井伊のを引き渡せの何のってェ話が来てやがるからなァ」
「まァ、杉たちにとっちゃあ、彦にゃんァ、先生の仇ですからねェ。わからねェではねェんですけども」
「今、井伊のの他に、誰が譜代を締められるってェんだ。いくら杉相手でも、井伊のを渡すわけにァいかねェなァ」
「でも、俺らん中にも、彦にゃんのことをよく思ってねェのァ、ごまんといますぜ」
「だから、阿部さんのお知恵拝借、ってェんだろ。とりあえずは、話だけでも聞いて戴くとするか」
「あ、今なら、阿部さんァご自分のお部屋におられますぜ(と云いながら立ち上がる)」
「……で、おめェは今から、どこに行くつもりだ?」
「え、いやァ……ちょっと菓子でも買いに、街へ出ようかと(にこ)」
「おめェ、こないだの朔の出動の報告書は!」
「今、蟻通と八十が書いてるはずでさァ〜(脱兎)」
「おい! 総司ィ! ……ったく、きちんと読める書類が来るんだろうなァ……? (溜息)」


† † † † †


阿呆話at地獄の七丁目。
姫の話とか、彦にゃんとか。


まァ、姫に関する細かいアレコレは措いといて。
何か最近、彦にゃんが好きかも……いや、姫のように好きなのではなく、どっちかと云うと、水戸の隠居に近い感じで好き。
桜田門外の変、主犯は水戸藩士ですが、隠居本人は、彦にゃんを暗殺した連中を非難する程度には、彦にゃんのこと嫌いじゃなかったっぽい。
まァ、やっぱりこの人、筋のとおった人なんだよね。安政の大獄も、“必要だった(必要悪だとしても)”と断言しちゃえるほどには、信念持ってやってたんだよね。強硬派だし、恐怖政治系だけど、結構嫌いじゃないです、うん。


それとは逆に、意外と駄目かも、なのがなりぴー=島津斉彬殿。
何か少々……ひとの頭を押さえようとするタイプみたいな感じが、芬々と。高.橋.英.樹ならそれでも構わんけど、この人はなァ……どうよ。
ちょっとね、彦にゃんが、一橋派の大粛清やったわけが、わからぬでもないと云うか。あれ、島津潰しをしたかったんだろうなァ。結局は、国父・久光が、兄の路線継いで、藩全体が勤王倒幕に(最終的に)流れちゃったんで、彦にゃんのあれこれは無駄になったんだけど……なりぴーがもうすこし野心的でなかったら、明治維新はもっと遅かったんじゃね? って云うのがね……ははははは。


さてさて、この項終了。
次は鬼の北海行〜。