小噺・井伊直弼の儀

「おう、総司、これから井伊ののとこにいくのか?」
「えェ、まァ。彦にゃん、背中やって、まだ自由に動けねェですからねェ。あと、暗殺しにくる輩のこともありますし、ちょっくら行ってきまさァ」
「おう、頼んだぜ。……井伊のァ、ちったァ良くなってんのかよ?」
「順調らしいですねェ。やっとこ、自分で御不浄へ行けるようになりましたからねェ」
「おお、そりゃあすげェ回復力だなァ。これなら近いうちに、茶会開いても大丈夫、か?」
「や、それァもうちっと無理でしょう。何しろ全治六カ月だそうですからねェ、その後“りはびり”もしなきゃあなりませんし――まァ、簡略なののお客になるくらいならできなかァねェでしょうけど」
「そうか――井伊のァ、茶にァ一家言あるそうだから、是非ともご一緒してェとァ思うんだがなァ」
「……あんた、そんなことやってると、また“誑しこんでる”の何のってェ云われちまいますぜ?」
「茶会のひとつやふたつで誑しこめるんなら、それに越したこたァねェんだがなァ」
「あんたってェ人ァ……」
「まァ、武士にァ、茶の湯やるってのァ嗜みなんだし、それくらいでとやかく云われたりァしねェだろ」
「それはどうですかねェ、あんた、最近巷で“妖狐”呼ばわりされてますからねェ」
「“妖狐”――何かそれァ、女みてェなかんじじゃねェか?」
「妲妃とかみてェな? まァ、そんなかんじでしょうねェ。――まァでも、確かにうちでも、阿部さんとか牧野さんとか、一服するとかってェ、よく茶室で茶ァ点てておられますしねェ」
「あそこァ、隊士連中も使えるようにってェ、解放してあるんだが――結局は、上の方の連中しか使ってねェかんじだもんなァ」
「作法がわかんねェのと、面倒くせェのとでしょうさァ。……あ、そう云やァ彦にゃん、茶室があるってったら、目ェ輝かせてましたぜ。良くなったら、見る気満々でしょうねェ」
「じゃあまァ、それまでに何とか、譜代のゴタゴタァ片付けなきゃあなるめェなァ」
「こないだ、ひと騒動ありましたしねェ(苦笑)」
「あれァ、鎮圧しにいったおめェらにも問題があったんじゃねェか。……ったく、あれだけ云い含めたってェのに、怪我人出しやがって……」
「うちは無傷だったじゃあねェですかい!」
「向こうに何人怪我人出した!」
「あ、あれァ、服部がいけねェんでさァ。止める間もなく斬りつけやがって……」
「だが、その後の、斉藤と河上さんは、止められたはずだよなァ?」
「俺に、あの二人が止められますかよ! ――まァでも、その後迅速に手当てしたんで、うちの株ァ上がりましたぜ?」
「(こっちが怪我させといて、今さら何を……)――まァ、協力的になってくれたのァ良かったがなァ」
「黒幕らしき奴も、わかってきましたしねェ」
「あァ……あの、元・騎兵奉行の、成島何たら云う奴か」
「えェ。以前、あんたがくせェってェ云ってた野郎でさァ。今、崎さんと、川路さんとこの草のものとで、行方追っかけてる最中ですぜ」
「まァ、譜代が一枚岩じゃあねェってのァ、前々からわかっちゃいたが……掻き回してるやつがいなきゃあ、あすこまで大規模な造反ァ起きなかったろうからなァ」
「彦にゃんァ、あんた以上の恐怖政治ですからねェ。ま、その分反発する輩も多いんでしょうけど」
「まァ、情報操作してる奴があったからこその、こないだの造反だったんだろうぜ。井伊のが健在なら、あんなこたァできるめェからなァ」
「やっぱり蘭癖じゃあまとまらねェってェことですねェ」
「まァ、井伊のも、うちに助力を求めてることだし、いい機会だ、譜代の組織割、一変させてやる(嬉々)」
「あんたァ、本当に組織作るの好きですよねェ」
「おう、大好きだぜ。……とりあえず、影斬り部隊を再編して、それァ井伊のの直下におく、勘定方も切り離して、あれァ落ち栗に任せりゃあいいだろう。あァ、外部から、監査入れるのも忘れずにな」
「外部監査ねェ……あれのお蔭で、水無月、師走の決算期にゃあ、安富さんが鬼んなって、皆戦々恐々としてますからねェ」
「うちァあれとしても、他所ァかなりどんぶり勘定だからなァ。この機会にきちっとさせて、抜いてる奴を絞めとかねェと、いくら稼いでも下に還元されねェからなァ」
「……まァ、そっちァ任せましたぜ(立ち上がって厨房へ向かう)」
「おい、どこ行きやがるんだ」
「だから、彦にゃんとこですって。暇そうだし、暗殺者の危険があるんで、病室のまわりァ立ち入り禁止にしてあるしで、俺が話し相手にならねェと、御機嫌が悪ィんでさァ」
「……阿部さんもいらしてるんじゃなかったか? 第一、何で厨房に寄ってんだよ」
「いや、ですから、二人で茶の湯について熱ゥく語ってて、で、俺におやつを出せってェ要求なさるんでさァ」
「それでか。……まァ、頑張って行ってこいよ」
「へいへい、行ってきまさァ(溜息)」


† † † † †


阿呆話at地獄の四丁目。
彦にゃ〜んとか、姫とか、とか。


彦にゃんのお茶大好きは、大河でも結構取り上げられてましたが、この人ホントに凄いですよ! 何しろ、自分で一派立ち上げちゃったからな! 大老になった年とか、わかってるだけで60回以上、お茶会開いたり、お客で出たりしてるもんなー。一年に60回……それって、週一くらいのペースじゃね?
彦にゃんのお茶自体は、多分石州流の下になるかと思うんですけども、千家のお茶とかも混じってるみたいです(by『井伊直弼茶の湯国書刊行会)。武家の茶道で、一般的なのは藪内流なんですけどねー(千家のお茶は、町衆のお茶)。
ちなみに、有名な“一期一会”と云う言葉は、実は彦にゃんの作った言葉らしい――いえ、類語は昔からあったらしいんだけど、きちんと定義したのが彦にゃんと云うか。
凄いですねー、安政の大獄だけじゃなくて、こっちでも有名になればいいのに、彦にゃん。
とりあえず、『〜茶の湯』は(私もお茶やってるので)面白く読みました。っつーか、意外と昔の茶道って大らかだ。そして、彦にゃんのお茶は割と合理的。面白い……
そのうち、阿呆話でお茶のこととかやりたいかも。いろいろネタもあるしね、ふふ。


で。
人物表(別窓開きます)では書いてた成島甲子太郎っつーか柳北さん登場。
かっしーと名前が一緒ですが、こちらは“こしたろう”さん――こっしーですね(笑)。
日本初のジャーナリストとして有名らしいのですが、どうもこの人胡散臭い……しかしまァ、ジャーナリスト(自称)って、怪しい人の代名詞だよね、そう云えば(←偏見だ)、と思って、まァ何かあるのも当然かとも思います。
どこまで愉快犯なのかは、今後明らかになってく――といいなァ……


どうでもいいのですが、沖田番のブログで“下手の横好き”(何のって……アナタ、俳諧ですよ)と云われちまった私ですが。
おォい、私、もうずっと久いこと、俳句・発句、和歌・短歌の類はやってないのですがね?
だって、沖田番含めて昔馴染み連中、何か捻ると失笑するじゃん! 笑われるのがわかってて+てめェより上手い人間揃ってるのわかってて、誰が句なんぞ捻るかい! ちっさい手帖持ち歩いてるのは、句帳ではなくてネタ帳です! 笑うな、そこ!
とりあえず自分、韻文より散文の方が巧い(小説読んで失笑する奴は、すくなくともいないからな)ので、今後韻文は作りません。作らねェって!
ったく、人の過去の産物持ち出して、論うのは止して下さいよ……凹むんで、マジで……


この項、終了。
次は、鬼の北海行〜。