北辺の星辰 34

 五稜郭を出立した歳三たちは、箱館から遠からぬ有川で、まずは最初の宿陣をすることになった。
 と云うのも、松平からの命で、この有川で、江戸より帰還した渋谷十郎なる松前藩士らと、会談を持つことになっていたからだ。
 渋谷ら七名は、江戸滞在中に抗戦派の幕臣を暗殺していた。横浜から外国船で逃走し、つい先日箱館に到着したのだ。箱館の治安維持を任された永井玄蕃が接見し、松前藩への帰藩のために、箱館を通過したいとの要望を聞いていたのだった。
 松平は、通行許可を与えはしたものの、その条件として、この有川にて、歳三と会談を持てとそのように云い添えたものらしい。
 ――“会談”と云って、何をどうすりゃ良いってんだかなァ。
 歳三に与えられたのは、松前攻略の任であって、それ以外ではないはずなのだが――しかし、歳三自身は、話し合いで戦いが回避できるなら、それに越したことはないとも考えていた。
 出立前、榎本たちにも云ったとおり、この兵はひどく疲弊している。
 それだけではない、戦うと云うのは簡単だが、実際に戦闘に費やされる労力や兵士たちの生命、武器弾薬のことを思えば、戦わないに越したことはないのだ。
 しかしながら、辿りついた有川では、土地の有力者である種田徳左衛門が、幕軍の宿陣を許さぬと息巻いていた。
「お手前様がたは、ご公儀方とおっしゃいますが、ここは松前藩に恩義のあります土地柄。他所よりおいでのお手前様がたになど、義理も何もございませぬ」
 この種田と云う男は、かつて米国の艦船が箱館への入港を求めてきた折、松前藩の意を受けて、この近隣の海岸警備を担ったこともあると云う人物だった。
 当然、松前藩への忠義は篤く、このもの云いも、その忠義心故のものであったのだろう。
 歳三は、この幕軍の大人数にも怯みもせず、このように云ってくる心に、好意を抱かぬわけではなかったが――それと、ここを接収するしないとは、また別個の話だ。
「そうか、それでは仕方がないな」
 歳三はかるく頷いて、島田たちに、種田を拘束するように命じた。
「なっ、何をする!」
 種田は抗うそぶりだったが、所詮は町衆、荒事に慣れた新撰組隊士には、敵うはずもない。即座に捕らえられ、荒縄を打たれて拘束されてしまった。
「これからここで、松前家中の人間と会見を持たねばならんのでな。悪いが大人しくしていてもらおう」
「賊が!」
 種田は、憎々しげにそう云ったが、縛り上げられてしまっては、その言葉にも力がなくなっている。
 それを聞き流して、種田を厨に置いておくよう命じ、歳三は、渋谷十郎の到着を待った。
 やがて夜半を過ぎて、供を一人連れた渋谷が、種田の屋敷を訪ねてきた。
 渋谷は、厨にいる種田に、痛ましげなまなざしを向けたのち、歳三に向き直り、頭を垂れてきた。
「お待たせ致したか」
「いや」
 歳三は首を振って、渋谷を奥座敷へと誘った。
 この渋谷と云う男とは、昨日、箱館市中の旅籠で面識があった。
 永井玄蕃との接見ののち、松平太郎がかれらと再度接見することになっていたのだが、都合がつかぬと云うことで、歳三がその旨をかれらに伝えに行ったからだ。
 松平は今日、渋谷らと会談の席を設けたはずであるのだから、冷静に考えてみると、その上ここで、歳三がかれらと会談をするわけがわからなかったが、しろと云う命であるからには仕方がない。
「……ただ今、有川内を見て参ったが――これほどの大軍を動かすからには、貴殿らは、松前に攻め寄せるご所存なのだな」
 腰を下ろすや否や、渋谷はそのように云って、歳三の顔色を探るような目つきをした。
「――別段、攻めると決したわけではござりませぬよ」
 歳三は微笑んで、そう偽りを口にした。
 渋谷は、かるく鼻を鳴らしてきた。
「……どうだか知れたものではござらんな」
「ほほう、何ゆえに、そうお考えかな?」
「貴殿らは、箱館府を占拠し、戦支度をもって松前を目指されているではないか。それでどうして、攻めるとは決していないなどと云う戯言が信じられよう」
「我らとても、好んで戦をしようと云うわけではない」
 渋谷のもの云いに、流石にむっとして、歳三は云い返した。
「そもそも、我らが江戸を抜けたは、徳川宗家へのあまりな御沙汰に抗議してのこと。朝廷に、翻意の嘆願書を奏上してはみたものの、一向お赦しある気配もなく、そればかりか、我らを日本より追い出さんとする気色すら見える。かくなる上は、この蝦夷地を開拓し、その功をもって主家をもお赦し戴きたいと、その一念故のこと。しかしながら、前の箱館総督におかれては、我らを賊将のごとく目され、兵をもって討たんとなされた――我らが兵を起こしたは、それより身を守る以上のことではござらん」
 もちろん、襲撃されるとわかって上陸したのであるから、歳三のこのもの云いは、ひどく欺瞞に満ちたものではあったのだが――何事も、綺麗事ばかりでは済まぬのが、政ごとというものだ。
 それに、
「――それに、貴殿は、我らを謀叛の徒のように云われるが、然らば、貴殿らの主君たる松前公は、徳川宗家に恩義のあるはずだが、その段や如何に?」
 そもそも前の松前藩主は幕府老中まで務めた身のはずだ。
 にも拘らず、この徳川宗家存亡の危機にも動くことなく、あまつさえ、薩長に恭順を示す考えすらあるとなっては――歳三たち、幕府脱走軍のことを、云々する資格などないではないか。
 渋谷は、苦い表情になった。
「……我らとて、徳川の恩顧を忘れたわけではござらぬ。しかしながら、藩論は既に勤皇に傾き、佐幕を申すものはなし――帝を担がれては、それに逆らうなど出来申さぬ。どうぞ、我らの胸中もお察しあれ」
「だが、貴殿らは、江戸にて、抗戦を唱える家中の人間を弑したそうではないか。それは、徳川の恩顧を鑑みてのことであるのか。徳川に忠義だてする人間が家中にあらば、薩長の輩に下るに不都合だからではないのか」
「……抗戦よりも、恭順こそが、徳川の生き残るみちではござらぬか」
 ――開き直ったか。
 渋谷の言葉に、歳三は笑うよりなかった。
「それでは、我らの立場と云うものがござらぬな」
「……ともかくも」
 話を逸らそうとするかのように、渋谷はひとつ咳払いした。
「我らが江戸にて逆臣を討ったは、彼奴らが殿を退け、政を私しようとしたが故のこと。……確かに、先君は徳川の恩顧を受けたものの、慶喜公が将軍職にお就きあそばされてからは、冷遇されるばかりで、家中に不満を持つものも多かった――なれば、佐幕を唱えるものがすくないこともご理解戴けよう」
 つまりは、幕軍に味方することはないと、そう云うことなのか。
「……それなら、こののち、必ず戦るってェんだな?」
 歳三は、かつて京にある時によくしたように、力をこめて笑みかけた――渋谷に脅しをかけるように。
「そ、それは……」
「我らに力を貸せぬとなれば、一戦やるのァ覚悟の上だろう。それとも、その覚悟なしに、軽々しく今みてェなことを云ったのか?」
「さ、左様なことは……」
 渋谷は云い、暫の黙考の後、ゆっくりと口を開いた。
「……わかり申した、しかしながら、我らでここでご返答致すわけには参り申さぬ――まずは帰参致して、家中のものと合議の上、改めてご返事致す。それで、いかがか」
 逃げを打ったな、と歳三は思ったが、ここですぐさま宣戦布告と云うのも、如何にも戦いを好む粗野な人間と思われるようで、それはそれで癪だった。
 それ故に、
「あァ、構わん。こちらも、和を講ずると云うなら、それに越したことはないからな。兵を留めて、貴殿らの返答を待とう」
 歳三は、そう云って頷いてやった。
「但し、こちらも長々と待っていられるわけではない。期日を決めさせてもらおう――十一月十日だ、それよりは待たねェ。期日を過ぎれば、すぐさま兵を発することになるぞ」
 十日余りの猶予を与えてやることになるが、仮にそれで、本当に戦が回避できるものなら儲けものであったし、そうでなくとも、期日内は戦闘になることもあるまいから、兵たちに、わずかなりとも休息を取らせることができるだろう。
 たとえ、松前の返答が敵対であったとしても――それはそれで、すこしばかり身体を休めた兵たちは、このまま行軍し続けるよりははるかにましな状態で、戦いに臨むことができるようになるのだ。
「……それで結構。忝く存ずる」
 そう云って、渋谷が宿に戻っていったのは、もう、東の空が白んでくる頃のことだった。
 ――さて、本当に、これであちらさんが和を講じてくれるんなら、それに越したことこたァねェんだがなァ……
 歳三は、胸中で呟いたが、しかし同時に、それが虚しい願いであることもまた、よく心得ていた。
 結局のところ、家中の重職にある人間を、佐幕派であるからと云って殺害する以上、松前藩はやはり、恭順を藩論とすることに決したのだろう。これで、渋谷らが松前入城と同時に誅殺されると云うならともかく、そうでないなら、まず間違いなく、この先に待っているのは、松前藩との戦いのみであるはずだ。
 それでも、
 ――できることなら、和睦の方向で進んでくれよ……
 そうすれば、幕軍のうちから、もうこれ以上の死者を出さずに済むのだから。
 歳三は、願いをこめて、北辺の空に輝く星を、つよく見上げた。



 だが。
 その願いも虚しく、かれらはほどなく、戦いに身を投じざるを得なくなる。
 海軍奉行・榎本釜次郎率いる幕府海軍の艦船、蟠龍と回天が、渋谷との間にかわされた約束の期日よりも前に、海上から福山城を砲撃したのだ。
 十一月一日、午後二時過ぎのことだった。


† † † † †


鬼の北海行、続き。
いよいよ松前へ――行きつけるのか……?


何か、ここを書くために、久々に福島町史のサイトを見てみたのですが――「続新撰組史料集」の「戊辰十月賊将ト應接ノ始末」と、若干内容が違う、のか……?
どうも、いい加減な読み方してるせいか、イマイチ詳細がわからん……とりあえず、今回のあれこれは、「戊辰十月〜」を参考に書いてます。
っつーか、こう云うとこのアレコレは、「新撰組日誌」だと載ってないので困るわ。
しかし、「戊辰十月〜」は、「箱館戦争史料集」(「続〜」よりも、こっちが先に刊行。10年前なんですが)の方じゃないんだよね、そう云えば。
ところで鬼、二十七日に渋谷さんと接見して、「タロさんが判断するよ」って云いおいて帰ったのに、何で二十八日にまた会談してんだよ……一応、タロさんと渋谷さんが接見して(その時、鬼も臨席していたらしい)、許可はそこで出たらしいんだけど――で、何でまた、有川で会見? イミがわからん。自己判断とは思えない(だって、タロさんが許可だしてるわけだし、それ以上引きとめても、ねェ)から、多分釜さんorタロさんからのミッションだと思うんですが……
鬼、箱館(っつーか、仙台から?)では雑用係かよ。まァ、そんなきらいはあったけど。っつーか、そう云やァ、箱館の幹部連の中で、鬼だけ役職3つ持ち……どんだけ(以下略)。


あ、そうそう、一部新撰組系(腐)女子の間で話題のPS2ソフト「薄桜鬼」(乙女ゲー)GETしました。しかも限定版――だって、設定資料集が付いてるから!
で、本日、入院してたPS3が帰宅してきたので、早速プレイしたのですが。
……えーと、何だ、誰ともラヴにならんまま、気がついたらみんな死んでたよ……! (=ノーマルED。しかし待て、一ちゃんはこの時点では死んでないぞ!) 誰の洋装も見らんなかった、っつーか、羅刹化した山南さんと平ちゃんは、あの後どう……
まァ何か、鬼、総司、一ちゃん平ちゃん、原田+風間何とか云うののEDもあるっぽいので、地道に潰していきたいなァと。
しかし、やっぱ源さんがキャラ違で……(違和感……) 
……ちらっと攻略サイト見て、鬼ED見ました! 何度も×2GAMEOVER(=箱館まで行くけど、主人公が死んじゃう)で、どうしてくれようかと思ったのですが……なるほど、あれとこれ(随分前の方)が分岐だったわけね。とりあえず、南さんと平ちゃんの洋装も見れたので満足です。あとは総司の洋装か……
鳥さんはイメージが結構違うような、違わないような。ビジュアルは可愛い(笑)ので、鳥さん好きは、一見の価値がある、かも。あ、釜さんも結構カッコいいですよ。出番は少ないけどね。


そして、ちょこっと海辺の舞踏会へ――佐幕派ぷちおんり目当てだったのに、買ったのはパンフと、倒幕派のとこの本(2冊)と云うていたらく。
うん、まァ、あれだ、さいひじとかこんひじとかが駄目なんだ。でも、だからってもんしん(長州ですよ)とかもアウト。どんだけストライクゾーンが狭いのか。
でも、久々に会った上司に、ひじかつについて熱く語ったら、“それはわかる”と云って貰えました、が、上司はさかかつは駄目なんだそうだ(←龍馬好き)。そうか……


この項、終了。
次はちょっとした小ネタ(阿呆)。
あ、本館に、鉄ちゃんの話(加筆修正版)、新章更新してますよー。