北辺の星辰 36

 城下を移動し、松前城の背後へと回りこむ。
 海岸方面からは、蟠龍、回天からの砲撃の音、それに応戦する松山城内からの、あるいは海辺に設けられている築山砲台からの砲声が響いてくるが――城下でも、歳三の進軍している裏手側は、まったく静かなものだった。大方、海と馬坂方面からの攻撃に気を取られ、裏手の守りは手薄になっているのだろう。
 ――こんなもんで、よく幕軍と一戦やらかそうなんぞと思えたもんだ。
 もちろん、幕軍とてもはじめから錬磨の兵だったわけではなかったが、宇都宮、日光口、会津表と転戦を重ねてきた間に、それなりの度胸はついてきたものと見える。
 馬坂を攻めさせている彰義隊の面々も、今率いている陸軍隊のものたちも、この激しい砲声の中で、怯む様子も見えないのは、まったく大したものだと云って差し支えないではないか。
 ぐるりと迂回して、城の裏門へ辿りつく。
 どうも、この松前城と云うものは、陸から攻め込まれることを考慮せずに建てられたものらしい――門の前に立って、歳三は、呆れとともにそう考えた。
 以前攻略した宇都宮城は、築城から年を経ていた故に穴こそできていたものの、周囲に幾重にも堀を廻らせた、難攻不落の堅城であった。
 同じことは、会津鶴ヶ城にも云えることであった――かつて、戦国の将・蒲生氏郷が建てたと云うかの城は、傍を流れる湯川のうちにさらに外堀を配し、本丸を広い内堀で包んだ、まさに“堅城”と云うに相応しい城であった。
 それに較べ――この松前城は、ひどく無防備な城郭であるように、歳三には思えたのだ。
 まずもって、この城には、堀らしい堀がない。城の西側には、わずかに堀らしきものがあるが、今歳三たちの立つ城の裏手側には、水路としか云いようのない流れがあるばかりだ。
 その上、どのような理由でかは知らないが、こちらの城壁は、宇都宮のものに較べて格段に低い。なるほど、馬坂あたりは斜面が城壁の高さを補っているが――その気でかかれば、あっという間に乗り越えてしまえるだろう。しかも、今は雪も積もっている。城壁の高さは、更に減じられているのだ。
 城門は、確かに立派だ――だが、戦の時に、わざわざ門から入ってやるまでもなかろう。
「総督、如何なさるおつもりですか」
 春日左衛門が問うてくるのに、歳三はにやりと笑いかけた。
「城壁を乗り越えて、城内に入るのさ」
 法華寺の陣から観察していた時にも感じたことだが、城内のものたちは、この裏手には本当に人手を割いていないようだ。もちろん、巡回している兵はあるだろうが――それにしても、今現に攻めこまれている城としては、哨戒兵の姿もないとは、あまりにも無防備だ。
 大方、回天・蟠龍の砲撃や、彰義隊の攻撃に気を取られてのことだろうが――
 ――戦慣れしてねェとは、こう云うことなのか。
 攻撃が激しい方面ばかりに注意が向いていると、こう云う奇襲がかけやすくなると云うのに、一向それに気づかぬとは。
 だが無論、それはこちらにとっては好都合だ。
「哨戒する兵のひとりも見えぬでは、こちらの警備が手薄であるのは間違いない。塀を越えて城内に侵入し、後ろから攻撃を加えて、彰義隊の援護をする」
 歳三が云うと、
「危険です!」
 春日が噛みついてきた。
「塀を乗り越えての侵入など――内側から撃たれでもすれば、大変なことになるではありませんか。ここは城門を打ち破り、その上で突撃するべきかと……」
「だが、それでは物音で、こっちの奇襲がばれちまうだろう」
 歳三は、そう指摘してやった。
「連中が海っ方に気を取られてる今だからこそ、侵入しやすいんだ。下手に城門を打ち破りなんぞして警戒させるよりァ、奇襲をかけて威かしてやる方が、連中も浮足立つだろうぜ」
「は……それは、まぁそのとおりですが……」
「なら、もたもたしてる暇ァねェ。行くぞ!」
 云って、歳三は城壁の瓦屋根に手をかけて、そのまま一息に飛び上った。
「総督!」
 春日から声がかかるが――幸い、哨戒兵の姿はない。
 否、いるにはいるが、今の春日の声に、ようやっと侵入者の存在に気がついたようだ。慌てた様子で銃を構えようとするが、慌て過ぎたか、手元が覚束ないようだ。
 哨戒兵がもたついている間に、歳三は素早く駆け寄り、兵を一刀のもとに斬り捨てた。
「突入せよ!」
 血刀を掲げて叫んでやれば、
「応!!」
 島田たち新撰組隊士のみならず、陸軍隊隊士たちからも、応える声が返ってきた。
「進め、進め!」
 声を上げ、城内に突入する。
 接近戦、しかも屋内での戦いとなれば、銃器は途端に不利となる。そして、歳三たち新選組は、刀による斬り合いを得意としてきたのだ。
 歳三や島田魁、蟻通勘吾などの新撰組隊士が率先して斬りこんでいけば、陸軍隊のものたちも、その勢いにつられたように刀を抜き、敵兵に斬りかかってゆく。
「て、敵襲っ!」
 叫びながら、相手方は、態勢を立て直そうと必死になっているようだ。
 だが、如何せん、踏んでいる場数が違う。
「進め!」
 閃く白刃に、松前藩兵は、鉄砲を構えることもままならぬうちに、ばたばたと斬り倒されていく。
 と、やがて外からも、怒号のような歓声とともに、砲撃の音が少なくなった。
 彰義隊が、馬坂を攻略して、こちらも城内へと攻め込んできたものらしい。
「勝敗は、もはや決したぞ!」
 歳三のその叫びに、周囲からは、獣の雄叫びのごとき声が湧き上がった。



 城内へ攻め込んできた彰義隊が、搦手門を攻略するのに手間取ったものの、もはやこれまでと知った松前藩兵らは、城に火を放って逃亡、ここに松前城は陥落した。
 明治元年十一月五日、午後一時――戦闘開始から、わずか六時間ほどのことだった。


† † † † †


鬼の北海行、続き。
松前攻略後半戦、になるんだろうな……


えーと、私は実際に松前に行ったわけではないので、今回のあれこれは『幕末戊辰西南戦争』(歴史群像シリーズ 学研)の松前攻略戦、+北海道地図を見ながらの描写でございます。
鬼はどうこう云ってますが、松前城に関しては、外国船の脅威に備えるために、安政年間に完成した城だと云うことで、陸戦向きじゃないのは仕方ないことだとは思います――ただ、陸戦が予想される以上は、どこにもある程度兵を配さないといけないんだけど――その辺の考えが甘かったのがねェ、と云うか。
まァ、実戦なんか、攻めこまれるまで考えてなかったんだろうけどね、松前の人たちは。そう云うとこ、日本的だよなァと云うか――備えはしておくんだけど、結構いざと云う時に使えない、みたいなのが。


でもって。
以前の阿呆話中で、伊庭が殴った松岡四郎次郎って、あれ、松岡磐吉とイコールなのね!
気がついた瞬間、「殴って良し!」と思った私は間違ってますか。っつーか、むしろ殴らせろと思ったけどね――何ででしょうかねェ。何か忘れたけど、ムカつく相手らしい、自分的に。
まァ、例の「荀生日記」の人も嫌いだったらしいので、やっぱ何かあるんだろうなァ――しかし、私のムカつきは何でなんだ。なぞ。
っつーか、本当に箱館の海軍畑が嫌いなんだよな、自分――例外は、中島(三郎助)さんと甲賀(源吾)さんだけみたい。そして、二人ともやや(?)エキセントリックなタイプだ……うぅむ。
まァ、元々エキセントリックなタイプ好きなんだけどね。けど……何なんだ、一体。


そうそう、最近、何か新撰組の漫画連載増えてますね……
「YOU」(集英社)では、かれんと云うひとが、試衛館時代の鬼の話(あれだ、エロ隠居と鬼の対決! ってヤツ)を、次の「ヤングガンガン」(すくえに)では、「モノノ怪」のコミカライズしたひとが京都新撰組を、それぞれ連載って。
特に「YOU」の方――槇村さとるの「Real Clothes」を読むために開いたら、何故かレディースコミック誌なのに侍が! って思ったら、鬼と伊庭(私の伊庭のイメージって、もっと賢そうなD.A.I.G.Oなんですけどね/笑)だったって云う……どうよそれ。
まァ、何でもいいですが、かれんさんの方はともかく(エロ隠居の手のものと決闘すりゃ終わるからな)、「モノノ怪」のひとの方、どこまでいけるんでしょうねェ……京都新撰組は鬼門なんだから、止めときゃあいいのによ。
とりあえず、「風光る」も、最近偽善臭がきつくって、いつまで買うか迷ってるんだけど、まァあれは最後まで(買わなくても)読むだろうな――セイちゃんが、どこまで“新撰組隊士”でい続けられるかを見るために(笑)。さァて、何時“女”に戻っちまうのかねェ……けけけ。


この項、終了。
次は……ルネサンスではなく、鬼と総司の昔話、の予定……