神さまの左手 14

 サライは、ミラノでの二度目の新年を迎えていた。
 この年、サライは十二歳になった。
 ミラノでの暮らしにもすっかり慣れ、最近では――絵こそ描けないものの――レオナルドの弟子としての立ち振る舞いも、すっかり板についてきた。相変わらずの“大食らい”で、お蔭で背もすくすくと伸びた。長身のレオナルドにはまだ届かないが――この分でいけば、いずれはかれをも追い越すことになるだろう。とは云え、まだまだ身体つきは子どものもので、ひょろひょろと縦に伸びただけではあったのだが。
 レオナルドはと云えば、相変わらず、騎馬像のことで頭を悩ましている。とは云っても、飽きっぽいかれのことだ、そればかりで頭をいっぱいにしているはずもない。
 最近では、レオナルドは、絵画の描き方を理論化することに熱中していて、日がな一日素描に手を加えていたかと思えば、いきなり机に飛びついて、書きかけの手稿にひと言ふた言、新たな文言を付け加える、と云ったようなことを繰り返していた。
 だが、もちろん、今喫緊になすべきは、絵画の書き方を云々することではない。
「――で、馬はどうすんのさ、レオ?」
 流石に呆れて、サライはそう問いかけた。
「イル・モーロだって、こないだも急かしてきてたじゃねぇかよ。雇い主の依頼を無視してていいのかよ?」
 すこしなじるように云ってやれば、
「わかっている!」
 と云いながら、“神のごとき”マエストロは、ぷうと頬を膨らませた。――まったく、いい歳をした大人の所業ではない。
「だが、仮にもイル・モーロの威光を示す壮大な記念碑だぞ。そんな、素描をするように片手間でなぞできるものか!」
「――片手間、ね……」
 画家にとって、素描は財産だ。
 もちろん、それが即金になると云うわけではないが、素描をもとに、数々の絵画は生まれてくる。素描で切り取った構図が、明日には祭壇画のひとこまとなるかも知れぬ――それ故に、画家たちは、細心の注意をもって、素描すると聞いていたのだが。
「――ま、あんたじゃあ、確かに素描なんぞ“片手間”かも知れねぇな」
 何しろ、この書き散らされた紙の量ときたら! 紙は、かなりの高級品と聞いていた――もちろん、教会などで写本に使う、羊皮紙よりは廉価だが――のだが、レオナルドはそれを、考えられない量で使っている。流石に、一枚に素描ひとつ、と云うほどの贅沢さではないが、それにしても、計算式を書いたり――算盤を使えばいいのに!――他愛のない落書きをしたりと、その使い方は、サライから見てももったいないものだ。
 そのよくわからない落書きなどの中に、ふと、例えば咲き初めの百合の花や、誰かの手の細密な描写、あるいはサライの横顔などが、ほんの片手間だと云うように描かれていたりする。
 すべてを細密に描いて、何かの下絵とするには、レオナルドの気力が持たないからでもあっただろうが、それにしても、この膨大な量の“片手間”の素描を見ていると、何やら“労力の無駄”さ加減に、眩暈がしそうになるのだ。
「……その手間の分を全部、馬に注ぎこみゃいいのにさ」
 そうすれば、誰にだって“マエストロ・レオナルドは手が遅い”などとは、決して云われはしないのだろうに。
 だが、そう云われたレオナルドは、憤然となった。
「これだって、馬を作るのには必要なのだぞ!」
 そうは云っても、馬の彫像を作るのに、何故百合の花やサライの顔が必要なのか、どう考えても合理的な答えなど出てはこなさそうではないか。
 そう云ってやると、レオナルドは胸を反らして、
「百合も馬も、同じ世界を構築しているではないか!」
「……は?」
「だから!」
 苛々と、腕が振られる。サライの了解の悪さに苛立っているかのように。
「馬は、馬単独で世界にあるのではないだろう。百合も、人もまた同じだ。世界は、あらゆるものが渾然一体となってできているのだ――そうであれば、馬を作るのに、他の世界の構成物を知らずして、良いものなど作れるわけがない!」
「いや……」
 それ、絶対云い訳だろ、とサライは呟いた。
 そうでなければ、開き直りか。
 だが、そうではないか、馬を作るのに、世界の隅々まで知らずにはできぬなどと云う言を弄するなど――もし、それを本気で信じているのなら、騎馬像など、永遠に出来上がろうはずはない。
「もちろん、すべてを知ることなど、人の身にはとても適うことではなかろうが」
 幾分わざとらしい咳払いをして、レオナルドはそう認めた。
「だが、何かを作り出すには、それを骨の髄まで知らねば難しい、と云うのは確かなことだ。……いいか、サライ、何かを作ると云うことは、その被造物に対して、己が神になることと同じなのだ」
 そのもの云いには、流石のサライも呆然とした。
 神。
 レオナルドは、人の身でありながら、神と同等のものになろうとしているのか。それは――教会などに知れれば、異端者、あるいは魔術師と呼ばれて捕らえられ、刑死することになるかもしれない、恐ろしい考えだ。
 サライは、無論、教会の神さまを無闇に崇めるような子どもではなかった――そうあるためには、かれの短い半生は、あまりにも理不尽に満ちていた――が、教会の権力の強大さを思い知らずにあれるほどには、世間を知らぬわけでもなかったのだ。
 確かに、かれはレオナルドを“神さまのよう”だとは思っていたが、しかし、それが当の本人の口から語られると、そのことの重大さに、身体が震えてくるような気がした。
「……レオ、あんまりそんなこと云っちゃ、まずいんじゃねぇの?」
 恐る恐るそう云うと、
「何を云う。お前は、お前と云う人間を神が作られた時、何も知らずにそれを為されたと思うのか?」
「……そりゃあ、まぁ」
 そんなことがあったなら、サライは今、五体満足で、健康に暮らしてなどはいられないだろうが。
「そうだろう」
 レオナルドは、満足げに頷いた。
「絵画や彫刻でも、それはまったく同じことだ。画家は、己の描く絵の、神にならねばならない――そうでなければ、隅々まで己の意を張りめぐらせ、人物の指先の動きひとつにも意味を込めることなど、できはすまいからな」
「はぁ……」
 画家って大変なんだなぁ、と思いかけて。
 サライは、そもそもこの議論が、何からはじまったのかを思い出した。
「……じゃねぇだろ、レオ! 馬! 馬はどうすんだって云ってるのにさ!」
「だから、片手間でできるものではないと云っただろう!」
 レオナルドがそう返してきた、次の瞬間。
 ドゥオモの鐘が、重々しく鳴り響いた――もう、夕暮れ時か。
「おっと、こうしてはおれん」
 レオナルドは、その鐘の音を聞くや、あたふたと身じまいを整えはじめた。
「夜には、イル・モーロの晩餐会の相伴をせねばならんのだった。――出かけるが、後は任せたぞ!」
 云うや否や、外套を羽織って、飛び出して行ってしまう。
「ちょっと、レオ!」
 呼び止めようとするも、大柄なレオナルドは、もう辻を曲がって消えていくところだった。
 サライは溜息をついてそれを見送り――やや暫くの後、工房の鎧戸を閉める作業にとりかかった。


† † † † †


ルネサンス話、続き。
そろそろそらそら、女性向けなあれこれが入ってくるかな……(まだだけど)
ところではたと気づきましたが、未だかつて、イル・モーロの宮廷の紳士淑女の皆様、と先生、と云う構図のシーン書いてないや、そう云えば。……まァ、決して楽しいシーンじゃないんだけども。じゃあ、次あたりはそう云うのからはじめるかな……


ところで、創作上必要なそう云うシーンって、どの辺までが規制の対象なんだろう――っつーか、エロくなくてもそう云うシーンって書けると思うんだけど(だって、「ジョコンダ夫人の肖像」も、一部かすかにそれっぽい文が――児童書だけど!)、その規制って、どういう風にして決まるのかな?
昔、児童ポルノ禁止法施行前に、うちの(元の)職場で大騒ぎして、「殺し屋1」とか「あずみ」「カムイ伝」とかまで店頭から下げたことがあったんだけど……でも、あれをそう云う目で見る人っていないでしょう。描写が、性的興奮を引き起こさせるためのものかどうかがポイントになるのかな? それが主たる目的のものは、規制の対象ってこと?
だけど、世間で流通しているBL漫画や小説(そう云う描写有だが、成年指定はついてない)と、イベントで18禁つけられてる本の差って、何だろう? あんま変わんないんじゃね?
そう思うと、その両者の差って、ひどく恣意的な感じがするんですけども……
まァ、私の書く話は、別段そう云うの煽るためのものじゃあないんで(あくまでも、レオナルド・ダ・ヴィンチの話!)、それなりに、適当に書くつもりでおりますが。
ま、見たくない方は当然あるでしょうから、畳んだり、注意書きつけたりは致しますがね……


久々にエルンスト・クレッチマーの「天才の心理学」(岩波文庫)を読み返してみる。
……ちょっと思ったんだけど、私はもしかして、かなり生きにくい性格なんだろうか。普通に生きてても、いろいろぶつかってるような――主に家庭内でですが。まァともかく、普通の女性よりは確実に権力志向(しかも直接的に支配したいタイプ)だよなァとは。関係性に“支配”“被-支配”を持ちこんでる段で、それはBLじゃあないと思う…… しかし、昔も思ったことだけど、こんだけ生き辛いんだったら、せめて才能でもないとやってらんないとは思うんですけど――天才になれたらいいなァ。ねェ。
と思うと同時に、鬼の性格も生きにくかったんだろうなーとか、いろいろと。権力志向だし、嗜虐と被虐の絶妙なアレコレ(や、SMとかではなくてね)あり、繊細さと冷徹さとの混淆あり、で、がったんがったんしてそう。だから“鬼”だったり“慈母”だったりするわけさー。
しかし、心理学系の天才論って、みけらにょろはカバーしてても、先生はかすってないこと多いよね。何、そんな分類し辛いの? 確かに性格分類難しいけど(さァ、私の書いてる先生は、どういう気質に分類されるでしょう)。
そしてみけ、重篤な精神病質の気質、って、そんなに変な人じゃないぞ? 変人と云うなら先生のほ(殴)……いやいやいや。


この項、終了。
次は阿呆話――さァて、何にするかな……