小噺・小村壽太郎の儀

「ねェ、土方さん」
「何でェ、総司」
「例の、診療所にいるネズミのことなんですけども」
「鼠? そんなもんがいやがるのかよ。患者が破傷風とかに罹っちゃあ拙い、駆除を頼まねェと……」
「違いますって、例の“ネズミ公使”殿ですよ」
「あァ、小村壽太郎さんか……」
「(そこは否定しねェんですかい……)そうですよ。あん人、いつまでうちにいるんでしょうねェ?」
「診療所の先生方曰く、気鬱の病だそうだから、それが治るまでじゃねェのか?」
「それァもう治ってると思うんですけどねェ。あん人最近、よく“はろぅ、えぶりばでぃ!”とか、朝の挨拶してきやがりますぜ。英語喋って、応えが返ってくるのが嬉しいらしいんですけど、うぜェったらねェんで」
「(笑)それは、前からだったんじゃねェのかよ?」
「確かにそうなんですけど、ほら、前はまァ、気鬱の病だから無下にもできねェってんで、俺も律義に返してたわけですよ、“I'm fine, thank you. And you?”って。一遍“Go home!”ってったら、死にそうな顔しやがりましたしね」
「おめェ、鬱の人間に、そんなこと抜かしやがったのかよ……(驚愕)」
「いやいや、一遍だけですって。……でもね、最近あん人、“Go home!”とか云っても、全然めげやがらねェんで」
「あ?」
「だから、“Go home!”とか云うと、“またまたそんな、沖田殿”とか云って、へらへらしてやがるんで」
「……」
「ねェ、土方さん、そろそろあん人、俊輔んとこへやっちまいましょうよ。俺らが夜待機の後に朝稽古して、さァ寝るぞってェ時に“ぐっもーにん、えぶりわん”とか爽やかな面して云ってきやがるんで、大概鬱陶しくなってきてるんでさァ」
「(だからって、斬っちまうなよ……?)……まァ、そんだけ元気になってるんなら、確かになァ。……一応訊いとくが、本人は何て云ってる?」
「いやァ――何か、向こう行きたくねェっぽい雰囲気ですねェ。俊輔の話持ち出してやっても“いやいやいや”で逃げる感じですし」
「こないだ、当の俊輔来てやがったろう。あっちは何て云ってた?」
「単にネズミの様子訊いてきただけだったんですけどね。えれェ元気だってェ云ってやったら、“そうか”ってだけで帰っちまいましたぜ」
「よもやたァ思うが、引き取るのを諦めた、ってェわけじゃあるめェな? (不安)」
「や、そのうち馨ちゃんが、怒り狂ってやってくるでしょうさァ」
「“馨ちゃん”? (誰だ、それァ)」
「や、だから井上の馨ちゃんですよ。小村さんの上司だったか何だかでしょう、外務大臣やったってんですから」
「(あァ、聞多な……)怒り狂って、って、何か聞いてんのか」
「や、こないだますじにお知恵拝借しに行った時に、聞多にネズミ殿のことを訊かれましてねェ。もうずいぶん元気だって云ってやったら、マジ切れしてやがったんで、引きずり出しにくるのも時間の問題でさァ」
「そうか――まァ、俺としても、そっちの方がありがてェなァ。ガチガチの国粋主義者なんぞ、うちじゃあお呼びじゃねェからなァ」
「あァ、あん人、そうらしいですねェ。あれでしょう、例の下関条約締結の後、春帆楼の会場で泣き崩れて、俊輔と陸奥に両脇抱えて連れ出されたって云う」
「らしいな。李鴻章に競り負けて、思うような賠償請求できなかったのが、そんなに悔しかったのかよ、ってェ感じだがな」
「悔しかったんでしょうねェ。って云うか、何かそん時に集まってた連中も、小村さんに卵投げつけたりしやがったそうですからねェ。清国に勝ったんで、一等国になったってェ思った連中が多かったそうですから、それで思うままにならねェと、当たり散らさずにはおれなかったんでしょうさァ」
「はン、そういう当たり方ァする連中が、何が一等国の人間なもんかよ。薩長の連中の作りやがった“新しい国”ってェのァ、所詮はその程度のもんだったってェわけか」
「だから、その後もう三十年とかして、えれェことおっぱじめちまったんじゃあねェですかい。思い上がった人間ってなァ、とんでもねェことやらかしますからねェ」
「あれだな、局長んなった時の芹鴨なんかと同じだな。てめェが世間で力を持ってるみてェな妄想に取り憑かれちまってる感じがな」
「まァ、芹鴨ひとりならいいですけど、ひとつの国の民草がみんな、ってェ考えると、気味の悪ィ話ですよねェ」
「まったくだぜ」
「で、あんたは大丈夫なんで?」
「あ? 何がだよ?」
「あんたァ、慢心して、芹鴨みてェなことにならねェって云えるんで? って云うか、今そうじゃねェって、はっきり云えるんで?」
「自分じゃあ、大丈夫だたァ思っちゃあいるが……」
「はっきりそうだたァ云えねェ、と」
「自分のことをそうはっきり云える奴なんざ、そういねェだろう。断言できるんなら、そいつァ思い込みの激しい大阿呆に決まってる」
「何でも構いませんが、つまりあんたァ、自分が大丈夫だって断言できないってェんですね?」
「できるか! まァ、俺が芹鴨みてェになっちまったら、山川さんや玄蕃さんが真っ先にうちを抜けてくだろうから、そうなったら考え直すだろうがなァ」
「そうなったら、俺があんた斬っても構わねェですね?」
「あ?」
「だから、あんたが芹鴨みてェんなったら、俺が斬っちまって構わねェでしょう、あいつにだってそうしたんですし」
「総司、てめェ!」
「何ですよ、自信がねェんでしょう? だから、俺が判断してあげまさァって云ってるんじゃねェですかい」
「おめェに判断されるくらいなら、阿部さんやら牧野さんやらに伺った方が何ぼかましだ!」
「えェえ〜? ひでェこと云いますねェ、土方さんってば」
「おめェに判断させちゃあ、些細な瑕瑾で俺の首がなくなっちまわァ! (怒)」
「じゃあ、俺には判断させてくれねェんで?」
「あったり前だ! それよりも、おめェの最近の怠慢について、今ここで逐一説教してやろうか?」
「! (おっと藪蛇)」
「このまま源さんに云いつけて、長ァい説教してもらっても構わねェんだぜ?」
「そいつァ御免こうむりまさァ(逃)」
「こらまて、逃げんな、総司ィ!!」
「(遠くから)待てと云われて待つ馬鹿ァいませんぜ〜」
「総司ィ!!! ……くそ、帰ってきたら、源さんに説教してもらうからな……!」


† † † † †


阿呆話at地獄の七丁目。
小村壽太郎さんの話〜。


何でここに小村壽太郎さんがいるのかとかは、上杉鷹山さんがいるわけと同じくらい訊かないで下さい――冥界ですから、いろいろ混じってるんですよ。
本当は西周と迷ったりした(←います)のですが、西さんどんな人かよく知らないので(“哲学”って言葉=訳語を作ったひとらしいですby広辞苑)、まだちょっとわかる小村さんで。
小村さんの英語は超↑ジャパニングリッシュらしいです。しかも、中学英語くらいなカンジ。巻き舌とか“L”と“R”の発音の違いとか、とか、ベタベタの日本語発音で。
しかしまァ、下関条約締結時の話はマジらしいのですが――そう云えば、その頃聞多の部下だったのかな、この人。俊輔と陸奥(←確か)に抱えられて云々、って、凄い逸話だよな、考えてみればな。時の総理大臣とかに抱えられる外交官って! 今の外交官では、ちょっと考え辛いですよねェ。


しかし、“カオル”と云われて、真剣に誰だかわかんなかったのは、もう終ってると思う、自分……
職場で旧紙幣の話をしてた(や、今の小学生にはもう、夏目の千円もわからないんだなァと云う話からなんですが)時に、「昔はヒロブミだったよねー」とか云うのが既にもう違和感で。ヒロブミが千円札だったころって、まだ偉い人だって信じてたよなー。トモミちゃん(五百円札)もなー。今やすっかり“俊輔”“緑のタヌキ”だもん(って、前者はともかく、後者はどうだ)。
後世に名の残ってる人でも、やっぱ人間は人間だよなーって思います、特に最近。
うん、明治の元勲たちより、一休さんの方が全然凄い人だ。今の坊主は知らんが、戦国以前の坊主って、やっぱ安穏としてなくて、世間の汚泥を見つめてるひとが多くって、凄いよな。
そう思うと、江戸の檀家制度って、坊主の堕落を加速させたよね……


そうそう、古本市で見つけたので、「新選組の遠景」(野口武彦 集英社)と「激録・新撰組」(原康史 東京スポーツ新聞社)上中下+別巻計4冊をGET(他に、前から迷ってた「レオナルドの沈黙」(中山公男 小沢書店)もね)しました。6冊で¥1,900-は、まァ安いか。
「激録〜」の表紙の写真が総司かも、と云うのを他所サイトで見ていたので、それでうっかり買った部分はあるのですが――えェと、これは総司じゃねェだろう。
いや、単純に、体格っつーか体型が、人斬りにしては華奢すぎです。これは文官の身体つきだろう。顔はアレとして、体格が違うのでこれは別の人だと思いますよ。
しかし、この写真の羽織の紋は何なんだろう――それがわかれば、ちっと絞れるのかも、っつーか、何か見たような顔なんだけどな……
野口さんのはまだ読み途中なのですが、とりあえず、庇ってもらって何ですが、内山さんの一件は、間違いなく新撰組のやったことですよ。まァ、やっぱ悪い奴だったんじゃん、ってとこだけ納得したからまァいいや。
ところでこの本の中に、宇都宮戦で鬼が右足を負傷したって書いてあったんですけど、何か出典あるんですかね? や、私のは電波情報だけど、どっかに明記してあるのかなーとか思ったので。


さてさて、この項終了。
次は鬼の北海行、暇な日々のはじまり?