神さまの左手 24

 ともかくも、レオナルドは“馬”に取りかかりはじめた。
 レオナルドの目指す騎馬像は、未だかつてないほど巨大で、誰も見たことのないほど躍動感にあふれた姿――ゆったり歩む姿などではない、今にも動き出しそうな馬の姿を作り出すことが、究極の野望だった。
 だが、ブロンズで作られるものである以上、当然のことながら、様々な制約が出てくる。
 まず、駆歩や速歩の馬を作るのは無理だ。騎馬の重みを支えるのが、これらの場合では二点以下になるからだ。
 と云って、重心の均衡をとりやすい並足――ヴェロッキオ師のものも含め、大概の騎馬像はこの動きである――となると、躍動感は格段に落ちるものになってしまう。
 レオナルドは、そのような月並みなものを作りたいとは、決して思わなかった。誰も見たことのない、躍動感に満ちた騎馬像を作り上げなくては、どうして優れた職人・芸術家・技師であると云えようか。
 躍動感のある馬の姿の中で、もっとも力学的に困難の少ないのは、後ろ足で立ち上がろうとするところであった。これならば、支点がすくなくとも二ヶ所は確保されるわけであるし、知恵を絞れば三ヶ所目も確保できるだろうからだ。
 後ろ足で立ち上がる馬と、それに跨りつつ剣を振りかざす騎手――
 ――では、その三つ目の支点はどうする?
 前足に支えの棒をつけるのは、あまりにも目立ち過ぎて、技師の腕の悪さを喧伝しているようなものだ。さりとて他の場所にそれをしようにも、ちょうどよい場所など思い浮かびもしない。
 もっと、良い方法があるはずだ。誰もをあっと云わせながら、しかも支点をそうと悟られない、見た目の美しさをも確保できるような方法が。
 ――さて、どうしよう?
 頭の中で、想像の馬を駆けまわらせてみる。
 馬は並足から速歩、速歩から駆歩と、速度を上げ、頭の中の馬場いっぱいに駆けまわってゆく。跳ね上がり、柵を飛び越えんとし、後ろ足で立って、威嚇するように伸び上がる。
 その後ろ足の膝が折れ、身体が大きく沈みこむ。上体は大きく伸び上がるが、下肢は低く落とされて、その尾も地面に触れるよう。
 ――これだ!
 その姿に、レオナルドはひらめいた。
 そうだ、尾があるではないか。二本の後ろ足で立ち上がる馬を、さらに支える三本目の“足”、それは、馬の尾そのものに他ならぬ。長い尾が、四方に散らされる様を写し取ってやれば、騎馬像は、装飾的でありかつ力学的な、第三の支点を手に入れるのだ。
 思いつくや否や、レオナルドは工房の机の上に紙を広げ、そこに新たな騎馬像のかたちを描きだした。
 後ろ足と乱れ散る尾によって支えられた、伸び上がる馬と、それに跨り、剣を振りかざす騎手の姿。危なげない騎乗のためには、馬の尾を、実際のそれより若干長くしてやらねばなるまいが――さりとてそれは、“少々装飾的”の範疇にとどまるほどのものでしかあるまい。
 重心の均衡さえ過たなければ、この騎馬像のかたちはいける。
 レオナルドは確信して、素描を掲げて歓喜に叫んだ。
「やれるぞ! 馬が作れる!」
 騎馬像の原案を記した紙を、頭上に投げ上げて。
「エゥレーカ!」
 叫んで、粘土を探す。次は、実際に模型を作ってみなくてはなるまい。
 板の上で粘土をこね、それらしいかたちを作り出そうと悪戦苦闘していると、
「――レオ、昼飯持ってきたぜ」
 サライが、戸口からひょっこりと顔を覗かせた。
「おお、サライ! ちょうどいいところに来た!」
 レオナルドは云って、粘土まみれの手で、少年を差し招いた。
「あぁ? 何やってんだよ?」
 胡散臭そうな顔で寄ってくる少年に、騎馬像の図を示してやる。
「見ろ、思いついたぞ! 後ろ足で立ち上がる騎馬像だ!」
 粘土をこねくり回しながら、高らかに告げる。
「馬の尾を支柱代わりにすれば良かったのだ。思いついたからには、やれるぞ! 今は、原型を作るための小さな像を作っているところなのだ」
「すげぇな、レオ!」
 少年は瞳を輝かせ、素直に感歎の言葉を口にした。
「尻尾ってのは、すげぇ案だよな! やっぱあんた、天才だよ、レオ!」
「当然だ!」
 胸を張りながら、レオナルドは粘土を成型しようとする。
だが、レオナルドの得意は、そもそも絵画なのだ。ヴェロッキオ師の工房に徒弟としていた頃から、彫塑や彫刻の類は、他のもっと得意な人間に丸投げしていたので、正直、何をどう作ればかたちになるものだか、レオナルドにはさっぱりわからない。
 それでも、どうにか粘土の塊をひねり回し、まずは馬の像を作り上げる。
 後ろ足を折り曲げ、前足で空を掻くかのように、上体を起こして立ち上がらんとする戦馬の姿。細い足だけでは支えきれぬ重みを分散するために、尾を長くして、支柱代わりに地に垂らし。
 それができたら、次は騎手をひねりにかかる。
 馬の縮尺とあわせて簡単な人形を作り、それを騎乗するような姿に折り曲げていく。剣を握らせ、手綱を取らせ、跳ねあがる馬の背の上で鐙を踏みしめ、振り落とされまいと均衡を保つ騎手の姿を。
「……見ろ、サライ!」
 云いながら、レオナルドは、騎馬像を支えていた手を、そおっと離してやった。
 小さな騎馬の像は、倒れもぐらつきもせず、勇ましい姿を見せてそこにあった。そのことに、レオナルドはひどく満足した。
「見ろ、思ったとおりだ! このかたちならば、作れるぞ!」
 そう云ってサライを見やれば、少年もまた、像がうまく立ったのを見て、きらきらと目を輝かせていた。
「すげぇ、本当に立ってる!」
 少年の両腕でもすっぽりと抱え込んでしまえそうな粘土像を見て、嬉しそうに云う。
「すげぇ、ホントにすげぇな、レオ! あんた、本当に神さまみたいだよ!」
 我がことのように誇らしげに云うサライを見て。
 レオナルドもまた、己の天賦の才を確信し、騎馬像の成功をも確信したのだった。


† † † † †


ルネサンス話、続き。
馬、今度こそ!


先生は、「ザ・天才!」とか、「ザ・神!」とか云う感じの自信満々なアレ(凹むけど)なのですが、サライはどうも、その先生に踏み台差し出して、上に乗って「ザ・神!」とか云ってるのに、「うん、神」って素で頷くといい。でもって、心から「神」って信じてるといい。
そんな二人。ふふ。


そうそう、本日(17日)やってたBS-hiの「プレミアム8」、先生の話、半分くらい見ました(一応ビデオ撮ったのですが、テープが普通のVHSだった……痛恨/涙)。
が、「岩窟の聖母」がずーっとロンドン版だったのは何で? あっちはプレディス兄弟が中心の作画だってのが定説なのに――意味がわからん。
個人的には、前に教育TVでやってた、カリフォルニア大のペドレッティ教授がやってるって云う「三王礼拝」の謎解き+「アンギアーリの戦い」の調査、の番組の再放送をやってほしいのですが……その前にDVDレコーダー買えって話ですけどね、えェ。BDがいいなーと思うのですが、まだ結構高いしなー……


そして、本日(18日)の「歴史秘話ヒストリア」は伊達の殿……
沖田番曰くの“戦国一の愛され武将”って……! ま、まァ確かに、あんなことやそんなことやっても「伊達殿だから」で終わっちゃったってのは(以下略)なんですけども!
自分と性格が九割近く似ている(……)ので、何かこう、ビミョー……ヘタレのくせに! とか思うわけですよ!
とりあえず、番組中の「ダテコレ」はちょっと、かなり恥かしかった……「独眼龍政宗」と同じくらい恥かしい……でも、こないだのN響アワーの大河特集は、「JIN」見る時間削って見ちゃったけどね、「政宗」まで。渡辺謙、やっぱカッコいい……これで、伊達の殿の性格設定が史実通りでなければ……ッ!


この項、一応終了で。
次は――えーと、明日から一泊二日の箱館の旅〜。