螺旋の定めを越えて

「……兄貴、何だよあの写真。――は? 見合い? ……だーから、俺は、自分で見つけるって云ったろ? ……だから会わねェって!」
 云い立ててみたが、電話の向こうの兄からは、「よく考えろ」の言葉があっただけで、そのまま一方的に通話が切られた。
「兄貴! おいって! ……くそったれ!」
 こちらも叩きつけるように受話器を置くと、
「また、お兄さんから縁談ですかい」
 炬燵で背中を丸くしていた後輩が、呆れたような声で、そう問いかけてきた。
 年末も押し迫った、土曜の夜のこと。
 かたちばかり部屋の片づけをして、さて夕飯の用意でも、と云う夜7時――世間的にも夕飯時のはずなのだが、兄の家は、よほど早い時間に食事を済ませてしまうのだろう。とは云え、それですぐさま他所に電話、とは、些かどうかと思わずにはいられないのだが。
 お蔭で、夕食を作る気力が大幅に失せた――まァそれでも、今夜は手軽にできる常夜鍋のつもりだったから、用意に支障が出るわけではないのだが。
「あァ。田舎の伯父貴が煩ェんだとよ。従弟妹連中まで結婚してんのに、何で俺だけしねェんだって云いやがるんだとさ」
 5つ上の次兄は、田舎に引っ込んでいるわけでもあるまいに、その伯父と意見が合うらしいのだ。長兄の放棄した家業を継いでいるせいもあるのかも知れないが――こちらにはこちらの事情があるのだ、放っておいてもらいたいと、何度も云っているのだが。
「田舎にいる連中と、こっちで働いてる俺とじゃあ、条件が違うってんだよ!!」
 と叫んでみれば、後輩はははっと笑って、
「まァ、先輩、超ワガママですもんねェ。女の趣味にはうるせェし」
「何だとォ!!」
「おっと、怖い怖い」
 などと、ちっとも怖ろしがっている風もなしに、云う。
「まァまァ、先輩だって、そろそろアラフォーでしょ、同級生だって、もうとっくに結婚してるやつばっかでしょうに」
 とは云うが、同じ高校の先輩後輩である以上、賢しらげに云うこいつだって、世間的には結婚していて不思議はない年齢であるのだが。
「おめェだって、他人のこたァ云えねェだろ」
「や、俺はほら、結婚向いてねェですから」
「……胸張るところじゃねェだろ、そこは」
 溜息をつきつつ、笊に洗ったほうれん草をのせ、特売の豚肉を皿に盛る。ぽん酢と胡麻だれ、薬味と七味を出し、卓上コンロに土鍋をのせて火をつける。
 湯が沸くまでの待ち時間用に、常備菜の牡蠣のオイル漬けを出してやって。
「ほら、乾杯」
「片づけお疲れ様でっす」
 などと云いながら、猪口をかちりと打ちあわせる。
「……やー、それにしても、今年もあっと云う間でしたねェ」
「そう思うのは、歳くった証拠だってな」
「あ、先輩ひでェっすよ!」
「お、鍋、煮えてきたぜ」
 云いながら、まずは豚を広げて入れ、色が変わったところですくって、ぽん酢で戴く。
「お、やわらかくって丁度いいっすね」
「あァ、火ィ通し過ぎると、かたくなるからな」
 と云いながら、根だけ切り落としたほうれん草を、鍋の中に投入する。
「……常夜鍋って、何でこんなに旨いんでしょうねェ」
「毎晩食っても飽きねェから、“常夜”鍋って云うらしいぜ」
「まァ確かに、これなら毎晩でもいけますよねェ」
 云いながら、またたく間に食い尽されていく、肉と野菜。
「――あァ、食った食った」
 と云いながら腹を撫でた頃には、あれだけあった豚もほうれん草も、きれいさっぱりなくなっていた。
 常夜鍋にすれば、豚の脂は固まらないからと、さっさと鍋の湯を空け、片付けをする。酒が入っている時にだらだらしていると、片づける気が失せるので、手早くしてしまうに限る。
皿や鍋を洗って籠に伏せ、流しのまわりを拭き清めていると、
「――ねェ先輩、さっきの話ですけども」
 炬燵に足を突っこんで、ごろごろと寝転がっていた後輩が、顔を上げて云ってきた。
「さっきの話ってな、何だよ」
「結婚ですよ」
「あァ?」
 何でその話に戻しやがんだ、と睨めつけてやるが、後輩は、肩をすくめただけだった。
「だって、ねェ、世話してくれる人がいて、会ってみようって云う相手がいるわけでしょう? 先輩、したいって思えば、結婚してもらえるんでしょうに――何でしないんです?」
「……俺ァ、面倒くさいのは厭なんだよ」
 半分本当のことを口にしてやれば、後輩は、ははっと笑って頷いてきた。
「あァ、そうですよねェ。女の人の方だって、先輩みたいな我儘な野郎が相手じゃあ、さぞかし面倒くさいでしょうしねェ」
「何だと!」
 怒鳴りつけてやるが、後輩は、ははっと笑って首を縮めただけだった。
 ――本当は。
 この野郎、と拳を振り上げながら、こっそりと思う。
 ――こいつの手を離したくないだけなのかも知れないな……
 一見ふわふわとした感じのするこの青年が、実はひどく淋しがりで、置いていかれることを異常に嫌うのを、自分はよく知っている。
 それは、あるいは、遠い過去の記憶のなせることであるのかも知れぬ。
 後輩は覚えているのだろうか? 生まれるよりももっと前、国の転換するあの時に、ただ独り、病の床で死を待っていた日々を――帰らぬ自分たちを待ち続けていた日々を。あるいはもっと昔、老いた自分が、この青年を突き放して手許から去らせたことを。
 だが――たとえ憶えていなかったとしても、同じことだ。
 今生こそは、適う限り、この青年の傍にあろう。そうでなくては、変われないのだ、自分も、後輩も――繰り返す定めの螺旋に絡めとられたまま、また同じことを繰り返すだろう。
 かつての自分たちの記憶が朧げにでもある今ならば、否、今しか変革の機会などない。次の生で、過去の過ちを憶えていると云う保証などはない。今、今変えなくては、また繰り返すだけだろう――
「……先輩?」
 問いかけるように声をかけられ、はっと我に返る。
 炬燵の上の後輩の手を、いつの間にやら強く握りしめていたようだ。
「どうしたんですか? あ、もしかして……」
 後輩は、そう云って、にやりとチェシャ猫のように笑った。
「俺のこと、そんなに好きなんですか? いやァ、先輩の気持ちは嬉しいですけど、俺、野郎相手はちょっと……」
「馬鹿抜かせ!」
 手を離し、つくった拳で打ちかかる、それをひょいとかわす素早さは、かつて植木屋の離れで死んだ、あの男と同じ――
 ――いいや。
 同じ、ではない、同じでいいはずがない。同じならば、こうして21世紀の今に生まれてきた意味がない。
 ――変われるはずだ。
 ただ過去をなぞるように生きるのではなく、新たな生を築いていけるはずだ、あの時の自分たちではなく、今この瞬間を生きる人間として。
「もー、照れちゃって、先輩ってば、可愛い♥」
 いやいやをするように身を捩る後輩に。
 未来への決意を固め、にやにや笑うその頭へと、力いっぱい拳を打ちおろした。


† † † † †


突発短編、年に一度(になりつつあるような……)の土方歳三転生変。
ルネサンスも書きかけてるんだけど、年内に1章分終わらせるのは無理そうなので……
とりあえず、拳はスカって、炬燵の天板思いっきり殴ってのたうってたらいい。


まァ、そんなこんなもあるさァ、って感じでひとつ。散漫な内容で、どうにもこうにも、なんだけど……(苦笑)
っつーか、ふと思ったんですが、鬼の許嫁云々って話、実は単に縛られたくないから断ったんじゃね? って気がしてきた今日この頃。
実際どうだったのかは謎(例の“お琴”だって、実はいなかったとか云う説もあるらしいし)ですが、まァ、断り方(“武士になると云う大望が”とか云うの)考えても、結構無茶云ったよな、鬼、とか思わずにはいられませんね。
っつーか、それで喜六兄が納得したとも思えんのだが――誰かが説得して諦めさせてくれたんだろうか。っつーか、そう云う人が今欲しいよ!!! それか、偽装結婚の相手!!!!!


そうそう、「斬バラ!」2巻が出たので買いました。
うーん、どうも以蔵が……っつーか以蔵(仮)か。何かねー。
通して読んでみて、新撰組もビミョーだが、龍馬・アゴ生コンビもまたビミョー、っつーか、土佐組の方がよりヤヴァい。どうすんだよ、壱と朱彦(←だっけ?)。
掲載誌が隔月刊? なので、進みがゆっくり。っつーか、ホントにどうしたいのかわからんよ、君ら……
ううぅむ、今後に期待?


やっとこ年末年始の新刊前倒しの波が終了しました――っつーか、もう仕事納めなんだから、終わらないとおかしいって!
ここ暫く、「龍馬伝」のお蔭で幕末関連書籍がもそもそと出てて、嬉しいやら何やら。っつーか、もう大概持ってる本と違うネタって、ほとんどなくなってきたもんなァ……(ブクログに登録しただけでも、新撰組関連+幕末関連、の資料だけで100冊近くあるし)
あ、でも、朝日の「名称の決断」、こないだの号は姫=阿部正弘殿でしたよ! 敗者の方だったけどね……ふふふ……
4日売りの戦国+幕末ネタのムックに、ちらっとだけど中島三郎助さんが載ってたりとか、ちょっとこう、自分の興味のある方に風が向いてきたのは嬉しい。けど、独占できなくなってくるかと思うと、それはそれで……いや、姫を無能呼ばわりは、超勘弁なんですけどね……ちょっとフクザツな気分ですよ……


さてさて、この項終了。
次こそルネサンス、だけど、年明けだなァ――もしかしたら、考察等とかだけちょこっと更新する、か?