小噺・規律の鬼

「ねェ、土方さん」
「(書類から顔を上げずに)何でェ、総司」
「すっげェ残念な話なんですけど」
「おう」
「一番隊の隊士で、外で借金してやがったのがありまして」
「あァ?」
「だから、花街で女買ったあと、金がねェってんで、金貸しから借りやがったのがいるんでさァ。取り立てにきやがったのがあったんで、そうと知れたんですけども――しかもそれが、ひとりふたりじゃあねェときてやがるんで」
「――確か、隊規ににゃあはっきり“外に借金するべからず”ってェ入ってたと思ったがな?」
「えェ、だから、隊規違反なんでさァ。一番の連中の借金が、何と四両(≒六〇万円)ちかくもありやがりましてねェ」
「四両!!!!! (驚愕) そんなにか!!!!!」
「そんなにでさァ。付け馬(=金のない客に妓楼がつける取立屋。嫌がらせの歌を歌うなどする)つけられんのが厭で、ついそこらの金貸しに借りちまったってェんですけども……」
「付け馬くらいつけられてこい! あの辺の金貸し連中が、まっとうな相場で貸してるかどうかなんて、知れたもんじゃあねェだろうに、なァ!!!!!」
「まったくですよねェ。……だから、とりあえずは金借りてた連中集めて、説教して、金は融通してやって、とりあえず借金はなくしたんですけども」
「って、おめェ、その金どっから出した!」
「や、ちゃんと安富さんから借りましたぜ。って云うか、奴らが給料前借りなんですけどねェ。だから、当分あいつら、ただ働きですぜ」
「そ、そうか、それァまァ……(とりあえず胸を撫で下ろす)」
「それはそれでいいんですけどね」
「あ? まだ何かあんのかよ(びくびく)」
「や、金貰ってる方の影斬りの一番がこうでしょう? 俺ァ思うんですけども、絶対他の隊でも、外に借金抱えてる奴があると思うんですよねェ」
「あァ……」
「影斬り四隊やら、以蔵の大番所守備隊やらは、結構給料がいいんですぜ? そいつらがこんだけ借金してるってこたァ、地回りの警邏組なんざ、推して知るべし、ですよねェ」
「……(考えて青くなり)……お、おい、ってこたァ……」
「あんた、いっぺん隊長連集めて、隊士の借金の実態調査した方がいいですぜ」
「そ、そうだなァ……(こいつァ大事になりそうだ……/冷汗)」
「でもって」
「あ?」
「四番隊だけァ、あんたが直接隊士の面談やってやって下せェよ」
「四番ってったら、酒井玄蕃さんとこか。――そんなに問題か?」
「問題も問題ですけど、あれですよ、玄蕃さんってな、規律に厳しいので有名でしょう?」
「あァ」
「で、多分なんですけど、玄蕃さんとこの隊士連中、借金してたら生命がねェんじゃねェかと思うんですよねェ」
「え……殺っちまうのか! (戦慄)」
「や、そうならねェたァ云い切れねェでしょう? で、土方さん、ものは相談なんですけども」
「おう」
「あんた、実態調査するって隊長連に云う時に、四番隊にだけはてめェんとこに来いって云って下せェよ。さもないと、玄蕃さんが、借金してた隊士を斬り捨てて、血のついたその刀ァ金貸しに差し出して『済まぬがこれで』とか云い出しかねねェですって」
「……確かに、玄蕃さんならそうしかねねェなァ……(溜息)」
「そんなわけなんで、宜しく頼みますぜ」
「あァ。って……どんだけ出てくるんだかなァ……」



「土方さん」
「おう、どうした総司」
「例の借財調査の件、出揃いましたぜ」
「あァ……源さんが取りまとめてくれたんだっけか。で、結局どんくれェになった」
「一番以外の分で、全部で十両(≒百六十万)くれェでしたねェ。あ、返し終わってねェのだけでですぜ」
「あァ……そんなまでいっちまったか……」
「まァ、人数考えりゃあ、これでも少ない方でしょうさァ。――しっかし、案の定、玄蕃さんとこが、ねェ……」
「あァ……俺んとこに、あんな長蛇の列ができようとはなァ(溜息)」
「まァ、玄蕃さんとこァ、確かに一番員数が多いんですけど、それにしても、ねェ……あ、あんたんとこに行ったのァ、返し終わってねェ連中だけだったんで」
「あ?」
「返し終わってた連中ァ、ちゃんと玄蕃さんに自己申告してたみてェですぜ」
「ってこたァ……」
「案の定、四番が一番借財が多かったってェことでさァ」
「あァあ……(深々と溜息)」
「ま、それ自体は、もう安富さんとこに話がいったんで、どうにかなるでしょうけど――問題はあれですよ、懲罰房に逃げ込んだ四番の連中ですよ」
「あ?」
「だから、玄蕃さんがあんまりキレてるもんで、借財してた連中が恐れをなして、自発的に懲罰房に入ってるんでさァ。さもないと、玄蕃さんに斬られちまいそうな気がするんですとさ」
「……まだ、玄蕃さんァ、そんなにキレてんのか」
「そんなにキレてますねェ。大分落ち着いてきたみてェなんですけども、まだこう、思い出してはキレてるカンジですねェ」
「あァあ、早くきちんと落ち着いてくれねェもんかなァ……どうもあん人ァ、本当に誰か斬っちまいそうで、俺の方が落ちつかねェや(溜息)」
「なァに、じきに落ち着きますよ。こないだ万ちゃんが、玄蕃さんに声かけてましたから」
「あ? 河上さんが声かけて、何で玄蕃さんが落ち着くってんだよ?」
「や、ほら、玄蕃さんが、借財しやがった部下ァ斬っちまう勢いで怒ってたんで、万ちゃんが『部下を斬ったら拙いだろう』って」
「――河上さんがそれ云うのかよ」
「ねェ。万ちゃん、従わねェ部下、実際何人か斬っちまってるってェのにねェ。副官やら班長格なんざ、耳やら指やらないのが多いですしねェ。で、万ちゃんにそれ云われて、流石に玄蕃さんも頭が冷えたらしくって、ここんとこは、前に較べりゃあキレちゃいませんぜ」
「そうか――懲罰房に逃げ込んでる四番の隊士連中にも、そろそろ出てってもらわねェと……仕事が滞ってるってのもあるが、何かあった時にあそこがいっぱいってのも困っちまうからなァ」
「あそこも、暖房らしい暖房もねェんで、寒いですしねェ。まァ、そろそろ様子見て、出してやって下せェよ」
「あァ、わかった。――それにしても、玄蕃さんがあんなにキレるとは……“鬼玄蕃”の綽名ァ、伊達じゃなかったんだなァ」
「あんたよりもよっぽど鬼ですよねェ。ま、本当は、“鬼のように強い”ってんで、薩摩の連中から“鬼玄蕃”って呼ばれたらしいですけどね」
「もう、これからは玄蕃さんが、うちの“鬼”で構わねェぜ……」
「土方さんが“鬼”を返上しようって、きっと明日は雪になりますぜ」
「何を!!」
「おっと、怖い怖い〜(云いながら脱兎)」
「総司、てめェ!!! くそぅ、一番隊の借財の件に関しては、きっちりつるし上げしてやるぜ……(怒)」


† † † † †


阿呆話at地獄の3丁目。
借金の話と云うか……


今回の“鬼”は、土方歳三ではなく、庄内藩中老、通称“鬼玄蕃”こと酒井玄蕃さんです。
鬼=土方歳三の規律違反に対する厳しさはポーズ的なところ(そうしないと組織が揺らぐから、的な)がありますが、玄蕃さんのは、正真正銘性格ですね……基本的に、杓子定規(ってのともちょっと違うか……)なところがあると云うか、ルール違反が生理的に嫌いと云うか。
庄内戦争の時、玄蕃さんの下についてた人たちってのは、さぞかし戦々恐々としてたんだろうなァ、とか思っちゃいます。
他はまァ、割とみんなそこまで厳しくないからねェ。
しかし、付け馬つけて帰ってきたら、それはそれでキレそうな気がするぞ、玄蕃さん……
っつーか、こないだ見てたTVで芸人がカラオケボックスで3日間くらい暮らすってのがあって(生活費は、飛び入りで歌ってそのおひねりで賄う)、それ見て思ったことですが――野郎ってのは何だって、小金が入ると豪遊しちゃうんでしょうか。女呼んで合コンしてシャンパンあけて、とかって、マイナスになるのわかってんだろ! イミがわからねェ。
……っつーか、だから花街行って、ちょっとおだてられると金使い過ぎて、付け馬つけられんのが厭だから借金しちまうのか……そうか……
理屈はわかったが、それはそれでどうだ。どうなの?


そうそう、1巻出たので買っちゃった「天翔の龍馬」(橋本エイジ 新潮社バンチコミックス)。やっぱり結構面白い。
陸奥がイケメンじゃなかったり、中岡慎太郎がカッコよかった(マジで!)り、いろいろ楽しいです。
っつーか、不気味極まりないのが緑のタヌキ、もとい岩倉具視ちゃんです。ちょっと、あんなモノノケ相手じゃあ、誰だって勝てねェよ! と云う不気味さ――すげェ。
とりあえず、本誌の方では「相棒」(五十嵐貴久 PHP研究所)的展開になってて、今後が愉しみ(笑)ですね!


うちの店舗で何故か動いているので、何だかんだで「乙女の日本史」(堀江宏樹/滝乃みわこ 東京書籍)を買ってみたのですが。
読んでて、自分に性格の似た歴史上の人物をまたひとり見つけてしまった……
しかも、何と源頼朝。「恐妻家だが浮気者/冷徹/とにかくクレバー」この辺がちょっとね……いや、“クレバー”については異論はあるかと思いますが。っつーか、曲がりなりにも女なのに、“恐妻家”ってどうなの自分(いえ、本館参謀殿がね、私がよその女の子に構ってると怖いので……←それもどうか)。
あとね、文中で政子(尼将軍です)が嫁入り先(?)から逃げ出してくるところ、「頼朝はクールだし、計算高いので迎えには来てくれません」とあって、「悪かったな!」とか云ってる段で、もうね……ふふ……
しかし、一昨年の下関の夜、壇ノ浦側の空気が不穏だった(→紀行・幕末長州紀行 その1→こちら)理由は、もしかしたらこういうことだったのかも。だから、佐殿似なので睨まれた、とか……
ついでに沖田番は、(この本の中の)義経似(運動神経とか、「おバカ」だとか……)なので、Wで睨まれたか? まァそう云うことにしとけばいいや――意味もなく怖かった、ってのよりはマシだ、多分。
しかし、良く考えてみると、佐殿と伊達の殿と鬼に性格の似ている女、って云うのは、いろいろどうなの。義経と総司と猫御前に似ている女(=沖田番)ってのもどうかとはかなり思いますが。ホントにどうなの……


さてさて、この項終了。
次は鬼の北海行――まだ箱館病院?