花がたみ 〜雪〜 三

 新たに座を立てるにも、金が充分にあろうはずはなく。
 金策は、伊賀の長兄・小太郎に頼んで、都合をつけてもらうことにした。
「三郎も三郎だが、お前も大概無手法だな、四郎よ」
 杉ノ木の館で迎えてくれた長兄は、そう云って溜息をついてきた。
 小太郎兄は、既に七〇になっていた。家督は息子に譲り、自身は隠居として閑居している、とは本人の言だが、まだまだ矍鑠としてまなざしも鋭く、息子にとってもうるさい父親であるだろうことは明白だった。現に、自分に対しての言葉もこのとおりだ。
「だが、小太兄、あれではどうしても納得がゆかぬのだ」
 食い下がると、長兄からは苦笑が返されてきた。
「三郎もな――親父殿に捉われ過ぎておる。しかも、親父殿の幻にじゃ。元重には、可哀想なことになってしもうたな」
「小太兄……」
「とは云え」
 長兄は、面を改めた。
「如何する所存ぞ、四郎。座を立てると云うて、金はどうする」
「それよ」
 と云って、長兄を窺うように見、愛想笑いを向ける。
「すまぬが、小太兄、少々用立てては貰えぬかの。己のたくわえでは、聊か心許なくての」
「そうだと思うた。まったく、お前はそう云う時ばかりは、親父殿とそっくりになる」
「“そう云う時”とは何じゃ」
「金の無心の時、と云うことよ。――弥太郎!」
 長兄が声を張り上げると、奥から衣擦れの音が聞こえ、
「はい、親父殿」
 と、小さな木箱を抱えた弥太郎――長兄の嫡男にして、今の杉ノ木の当主――が姿を現した。
「四郎あに者、お久しゅう」
「おお、弥太、邪魔しておるわ」
 十ばかり年下の甥は、母親に似た涼やかな面をかすかな笑みに歪め、坐りこんで木箱を置いた。
「三郎叔父貴と仲違いなされたとか」
 と云いながら、くすくすと笑う。
 歳の近いこの甥とは、叔父甥と云うよりも、兄弟のような風に接してきた。弥太郎は、兄のことは“叔父貴”と呼ぶが、自分のことは“あに者”と呼んでくる。その呼び名と同じだけ、こちらの方が心も近いのではないかと思う。
「あれは、兄者が悪いのだ」
「聞いておりますよ、大層な啖呵を切られたそうではございませぬか」
「お蔭で己は、七秩にもなると云うのに、兄弟喧嘩の仲裁をする羽目になった」
 と、長兄が苦笑いしながら云う。
「しかも、六〇と五十五の弟のだぞ。まったく、どちらも仕方のない弟どもだ」
「小太兄が何と云おうと、此度は引かぬぞ」
「四郎あに者は頑固だから」
「何を!」
「そう云うところも親父殿似じゃ」
「小太兄!」
「ふふ、まことのことだろうが。――弥太郎」
「はい」
 長兄の声に頷くと、弥太郎は、抱えてきた木箱をこちらへ押し出してきた。
「取れ、四郎。お前の望むに足るかは知らぬが、当座をしのぐくらいはあろう」
 木箱の蓋を開けて、驚いた。
 ずいぶんな重みであったから、銅銭がみっしりと入っているのだろうと思いきや――中からこぼれたのは、黄金のみごとな輝きであったのだ。
「……小太兄! これは!!」
「何だ、足りぬか?」
「……足りぬどころか」
 黄金の粒でこれだけの量があれば、自分の立てようという小さな座など、簡単に立ち上げられるだろう。
 このあたりの水運を一手に担う上嶋館に連なるものとは云え、どうやってこれほどの黄金を手に入れ得たと云うのだろうか。
 その疑問に、長兄は微苦笑を浮かべた。
「親父殿が、の」
「親父殿が?」
 いつも金策に四苦八苦していた憶えしかないあの父が、これほどの黄金を蓄えて、長兄に渡していたと云うのか?
 長兄は頷いた。
「故・鹿苑院様の御愛顧を戴いていた時分に、の。昔、爺様に借りた分を返すのだとか云うて――まぁ、親父殿なりの見栄もあったのだろうさ。何せ、天下の御所様の御贔屓だ、金回りも良うなったろうと、皆思うたものなぁ」
「親父殿……」
 金回りなど、さほど良くなったわけではなかった。
 父は、せっかくの同朋衆入りの話を断って、代わりに兄を御所のお傍に上げたのだったが――兄が方々から頂戴した金品は、父が勝手に処分できるようなものでもなく、結局のところ、座の収入と云うのは、以前と同じように、勧進能や河原興行によるものがほとんどであった。
 鄙や遠国の客をこよなく愛した父は、御所の御贔屓を戴くようになってからも、さして演料を上げたりはしなかったから、まわりが思うほどには、座は裕福になったわけでもなかったのだ。
 それでも、もうすこし楽になっても良さそうなものだと、あの頃は思っていたものだったが――なるほど、その裏には、父のこのような“見栄”があったと云うことか。
「――まったく、仕方のない親父殿よな……」
 だが、その父の見栄故の黄金が、今の己の窮状を救ってくれるのだ。悪し様になど、云えようはずはなかった。
「――そのような金子であれば、では、遠慮なく使わせてもらおうぞ」
 有難く押し戴いて、蓋を閉める。
「ところで四郎よ」
 と、また長兄が口を開いた。
「何だ」
「聞いたところでは、三郎は、己の息子らも、十郎以外は蔑ろにしていると云うことなのだな?」
「……そうだ」
 兄の家を訪ねた折に見た、三郎と七郎次郎の昏いまなざしを憶えている。あれは多分、十郎に対する怨嗟の念のなせることなのだ――ひいては、十郎ばかりを可愛がる、兄に対する怨嗟の念の。
「……兄者は、十郎を“親父殿の生まれかわり”と云うておった――それ故に、十郎ばかりを気にかけて、五郎も七郎次郎も放ったままよ。あれでは、あの子らも立つ瀬がないわ」
 特に、五郎は、はじめ三郎と較べられて涙をのんだのだ。その上、弟である十郎には歯牙にもかけられぬ、となれば、世を拗ねたとて不思議はない。七郎次郎も、このままいけば、兄と同じ道をたどることになるやも知れぬ。
「それよ、四郎」
 長兄は、身をのり出すようにして云ってきた。
「三郎の子らのことが、己も案じられてならぬのだ。だが、何しろ己は、この伊賀で隠居の身、気にかけてやろうにも、大和も京も遠い――それでだ」
「うむ」
「四郎よ、お前、己の代わりに、五郎らを気にかけてやってはくれぬかの」
 ――何故、己が。
 とは、思わぬでもなかったが――
 しかしまた、自分でも、あの二人の甥のことは、いつも頭の片隅に引っかかっているような状態であったので、長兄のこの言葉には、するりと頷くことができたのだ。
「わかった」
「まぁ、あまり構ってやると、三郎のことだ、出ていったものが、己の息子にちょっかいをかけるなと云い出しかねんが……」
「まぁ、そのあたりのことは、ほどほどにしておくさ」
 そうとも、こちらとて、これから新しい座の立ち上げで、いろいろと忙しくなってくるのだし。
「頼んだぞ。――で、どうなのだ、お前の方は……旗上げは、うまくいきそうなのか?」
「ああ。兄者の座のものが幾たりか、己や三郎についてくると云うてくれてな。何とか、囃子方地謡方は揃えられそうな風じゃ」
 ただ“座を立てる”と云っても、仕手と脇方だけで申楽が演じられるわけではない。演能のためには、大鼓方、小鼓方、太鼓方、笛方、それに地謡を謡う地謡方も必要だ。
 それだけではない。仕手と脇方、ただふたりで舞うのでは、舞台はひどく単調なものになってしまう。仕手連れと脇連れを出すような演目をやるとなれば最低でも他に二人、鴇によっては七、八人も連れて出ることもあり得るのだ。
 もちろん、人数が足りぬ時には、他の座のものを借りうけたりもするが、やはり、気心の知れたものと演じる方が、失敗が少ないように思われるのだ。特に即興で舞う場合など、気を合わせられないでは、話にもならぬ。
 その人数を集め、力量の差をなるべく減らして座を整える、と云うのは、まったくひと仕事であった。
「三郎にも、それなりの人徳があったようでの」
 兄の座から外れてこちらに来てくれると云ったものたちは、一様に“三郎殿と演りたいのです”と云ってきた――自分の息子にそこまで肩入れしてくれることに驚きをおぼえつつ、大いに喜んだのは云うまでもない。
 無論、兄に義理立てして、座に留まったものも多かったのだが――そう云うものたちでも、息子や縁者などを推してくれたものもあり、三郎がこれまで培ってきた絆を、その上に開いた花を思って、目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。
「良かったの、四郎よ」
 長兄の言葉に、ただ頷く。
 三郎は、確かな成長を見せている。そして、もちろん能芸の技も――そうである以上、自分にできることは、三郎を立派な仕手に、太夫に育て上げ、その舞台を整えてやる、そのことに尽きた。
「……己にも、もうひと働きする場ができたと云うことさ」
 笑ってやると、
年寄りの冷や水にならぬようにの」
 笑いが返る。
「小太兄に云われとうはないわ」
「何、己は隠居よ、もうひと働きなど、とてもとても」
「抜かせ。――ともかくも、金子は有難く借りうけるぞ。親父殿のように、利子でも付けて返してやれるよう、気を入れて働くさ」
「無理はするな、盗人に盗られたと思えば、惜しくもないでな」
「ひどいことを」
 だが、その言葉が、“返せなくなろうとも構わないのだぞ”と云ってくれていることは、痛いほどにわかっていた。
 木箱を抱えて、長兄の許を辞す。
 長兄は、これを兄の方にやってしまっても良かったはずだ。それを、この不肖の弟に回してくれようとは、
 ――有難いことこの上ない。
 かくなる上は、粉骨砕身、自分の、また父の技を三郎に叩きこみ、息子を、当代随一の仕手に仕上げねばならぬ。それが、長兄や弥太郎、自分たちについてきてくれると云った座のものたち、そして父に対しての、何よりの返礼となるであろうから。
 木箱の重さを、皆の期待の重さと感じながら、夜道をひとり歩いてゆく。
 だが、心のうちと同じように、足取りはとても軽々として。
 ――これで、きっとうまくいく。
 根拠もない明るい思いが、この胸のうちで躍っていたのだった。



 実際、はじめに思っていたほどには、座の立ち上げに困難は伴っていなかった。
 もちろん、簡単であったと云えるほどではなかったのだが――それはおおむね、かつて自分が父の座のやりくりを見聞きしていたが故であっただろう。
 その上、かつて父の芸の庭であった鄙の寺社仏閣とは、まだまだ自分の方が、兄よりも親しくつき合っているいたようなところがあった――兄は、いつまで経っても、鄙・遠国の客を軽んじるところが抜けなかったので、そちらは自分や三郎が回ることが多かったのだ――ので、兄の座から抜けて新座を立ち上げたのだと云えば、奉納舞などもこちらに依頼してくることが多かったのだ。
 そんな風で、順風満帆とまではゆかぬにせよ、新しい座は、まずまずの滑り出しを見せていた。
 三郎は、兄の許から解き放たれたかののびやかさで、自由に舞を舞っていた。鄙の客からの喝采が、三郎に力を与えてくれているものか――


『たとひ、天下に許されを得たるほどの為手も、力なき因果にて、万一少しすたるる時分ありとも、田舎・遠国の褒美の花失せずば、ふつと道の絶ふる事はあるべからず。道絶えずば、また天下の時に合う事あるべし』


 兄の書きとめていた父の言葉が、まざまざと脳裏に甦る。父が、鄙・遠国の客を愛したのは、まさしくこの喝采故であったのだと、今ならばはっきりと理解することができる。
 父は、御所の御愛顧よりも、京の厳しい客の称讃よりも、この鄙の客の単純な喝采の方を、より“持てはやされている”と感じたのだろう。それ故に、同朋衆の座を蹴って、鄙の芸の庭を回り続けたのだろう。
 三郎も、この鄙の芸の庭を回ることで、力を得てゆくのだろう――そのような確信が、肚の底からわき上がってくる。
 兄との別離は、確かに自分たちにとって試練であったが、このことに気づけたと云うのは、あるいはあの諍いそのものが、天の配剤であったのやも知れぬと、心からそう思えるようになったのだ。
 ――己たちは、何とかやっていけるだろう。
 そのように確信して、大和へ帰りついてほどなくして。
 事件は起きた。
 兄の長子である五郎元次が、出家を望んで、自分を訪ねてきたのである。



† † † † †



世阿弥の話、っつーか四郎たんの話、続き。
小太郎兄、登場!


大方の予想のとおり(笑)、小太郎兄のモデルも為次郎兄です。
が、四郎たんのモデルは鬼ではありませんし、世阿弥のモデルも喜六兄ではございません。喜六兄←朝長兄のラインなら、世阿弥みたいに“観阿弥=神!”とかにはなりませんでしょう、ふふ……
観阿弥は、段々駄目っぷりが(小太郎兄のお蔭で)明らかにされてってますが、まァいろいろ想定しても、こんな人だ。世阿弥の方がしっかりしてたとは思います、が、人間的な魅力はパパの方があったかもね。息子から見たらアレなパパだったろうとは思いますけどね……ふふふふふ……


しかし、小説書くって面白いよな……
まだ××歳(←若くはないけど)で子どもどころか(以下略)の私が、55歳の四郎たんの目線で“息子も立派になって……”とか書くんだもんなー(そもそも私、女だしな)。
夜の闇の彼方では、確かに子ども(娘ですが)もいるのですが、どうも(設定年齢がもっと若いせいか)そう云う感慨に浸りにくいんですよね。娘が(ふたりとも)危なっかしい気質だというのももちろんありますが。
してみると、作家は嘘吐き、ってのも、あながち間違いでもないのか。経験もしてないはずのことを、ぺらぺらと書けちゃうんだから、そりゃそうだよな。
まァまァ、出来の良い息子を持ったパパの感慨、ってのも、存分に味わわせてもらいましょうかねェ。


えー、この話ですが、次はちょっと間があくかも。
と云うのは、次の章に、音阿弥さん(まだそう名乗ってはいませんが)とかの舞のシーンがあるのですが、所作どころかその曲聴いてすらいねェ! ので……
や、地元の図書館にテープは入ってるのですが、i podに落とそうにも、まずはデジタル変換せにゃならんのですよ! でもって、市内にもうひとり、(多分こちらは謡の稽古のために)借りようとしてる方があって、むこうとこっちで予約合戦、と云う……
あんまり先だとテープも伸びちゃうだろうし、早目にデジタルに落としたいですわ。
っつーか、むしろCDにして下さいよ、キングレコードさん……
まァ、代表的な演目じゃない(DVDにもなってなくて、所作を見たければNHKアーカイブスに行くしかないと云う)から仕方ないのかも知れませんが……
まァ、所作はどうせ参考にはしないので、謡だけは何とか! ……が、頑張りたいと思います……


空海は、まだまだ読み途中。いえ、司馬遼はとっくに読了しましたが。
まァ、やっぱ巧いですよね、司馬遼。『空海の風景』そのものは、『街道を行く 空海のみち』とでも云うようなカンジで、あんまり小説っぽくない(ホントに考察っぽい)のですが、それでも、どんな伝記を読むよりも雄弁に、空海のひととなりを書きあらわしてると思います。
よく、空海を“ダ・ヴィンチをも超える万能の人”とか云うようですが――まァ、ですから、あのラインの上にある以上、先生と空海は同系なので、超えるも超えねェもないとは思うんですがね。
で、伊達の殿とか佐殿とかと同系であれば、政治的なアレコレに優れてたのもパフォーマンスが凄かったのも、まァそんなもんなんじゃあありません?
って考えは、少々アレ過ぎるかしら、ねェ?


さてさて、この項終了。
次は、先生とサラの話――どっち視点にすりゃあいいんだ……