左手の聖母 12

 ジュリアーノの時と違って、レオナルドの死を悲しむ暇は与えられなかった。
 知らせを聞いたと同じ一五一六年六月、枢機卿ジュリオ・デ・メディチ――現在の、フィレンツェの統治者である――によって、サン・ロレンツォ聖堂に聖具室を新しく作り、そこに、ロレンツォ・イル・マニフィコとその弟ジュリアーノ、ウルビーノ公となった、ピエロの子ロレンツォ――この年の四月に病死した――、そしてヌムール公ジュリアーノの墓廟と礼拝堂を、また、新たに聖堂内に図書室を設ける案が発された。
そうして彼は、その仕事をミケランジェロにと云ってきたのだ。
 ミケランジェロは、二つ返事で承諾した。三つの仕事のかけ持ちが、困難極まりないことはわかっていたが、この仕事ばかりは、どうしても他人に取らせたくはなかったのだ。
 ジュリアーノの眠りを守る墓碑を、自分が彫れる、
 ――私が死んだら、美しい墓碑を彫ってくれるかい?
 ジュリアーノのあの言葉を、実現させる機会がやってきたのだ。
「ジュリアーノは、あなたの彫刻を本当に愛していたから、どうしても、あなたに引き受けて貰いたかったんだ」
 ジュリオ――ジュリアーノの、ひとつ年下の従弟――は、そうミケランジェロに訴えかけてきた。
「私の目から見ても、あなたたちが愛し合っているのはわかっていたよ――ああ、もちろん、俗な意味ででないのはわかっている。ジュリアーノを愛さないものがあっただろうか……私だって、彼を愛していた。だからこそ、あなたにこの仕事を頼みたいのだ――同じ、ジュリアーノを愛したものとして」
「ジュリオ……」
 ミケランジェロは、思わず声を詰まらせた。
「俺だって――断るわけがあるものか。ジュリアーノの眠る場所だ、俺の精一杯で、美しいものを彫り上げて見せるとも」
 そう云って、ジュリオの手を握りしめた。
 契約は交わされ、十一月、新聖具室の墓廟が着工された。
 が、もちろん、これで何もかもが順当に進むとは、ミケランジェロは思ってはいなかった。そんなことなど、あった例しがないからだ。
 案の定、翌一五二〇年の春、レオ十世が、〝案が気に入らない〟との理由から、サン・ロレンツォ聖堂のファサード作製の契約を、一方的に破棄してきた。四万デュカートの仕事がふいになった。
 はじめこそ、“大変な屈辱”と息巻いていたミケランジェロだったが、まぁ考えてみれば、予想された事態ではあったのだ。レオ十世は派手好みで、ミケランジェロの作るものを好んではいなかったのだし、そもそも性格も合わないのだ。ここは、新たな依頼を彼が受けたこの機会に、契約を破棄してしまえと、そのように思ったのに違いない。
 ――しかし、これで当分、あの豚のことは見なくて済むな。
 まぁいいさ、とミケランジェロは思った。
 それに、同じジュリアーノの墓所絡みの仕事なら、墓碑そのものを作った方が、よりジュリアーノを近くに感じることができると思ったのだ。
 それから、ミケランジェロは夢中で仕事をした。
 新聖具室の礼拝堂を設計し、引っ張っていたサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂の“キリストの復活”を仕上げ――もっとも、依頼主のヴァリが煩い男で、いろいろと手直しを求められることになったが――、そうしながら、時折ユリウス二世廟にも手をつけていた――以前ほどの熱心さでは、最早なかったのだが。
 まぁ、それは仕方のないことだっただろう。
 最も愛したジュリアーノと、敬愛したロレンツォ・イル・マニフィコの墓を刻む、逃せない機会を前にすれば、ユリウス二世への心が薄れてくるのも当然だ。
 まして、メディチ家は、現法王の出身家でもある。法王からも、メディチ家の仕事を優先しろと云われれば、どちらに重きを置きがちになるかは明白なことだった。
 ミケランジェロは、三月にはもう、実際に大理石に鑿を入れ出していた。
 墓碑の大まかな案は出来上がっていた。“大まかな”と云うのは、壁龕に入れる像のかたちが、まだきちんとかたまっていなかったからだ。
 ジュリアーノとウルビーノ公ロレンツォの墓碑は、中央に古代ローマの将軍の衣装をつけたそれぞれの肖像を据え、その両脇に四大元素の擬人像を、柩の上には四つの“時”の擬人像を、その足許には四つの河神像を、それぞれ据える。一番上の壁龕には、栄光を表す楯と桂冠、その両側には嘆く天使の姿を。
 イル・マニフィコとその弟ジュリアーノの墓碑は、最上段に聖母子を置き、その両脇には、すこし下げて、メディチ家守護聖人である聖コスマスと聖ダミアヌスの像を置く。柩は簡素なものを二つ並べて置くことにした。こちらは、まだいくつか迷っている最中だが、ともかくも、ロレンツォ・イル・マニフィコの心がけていたように、素晴らしい、だが決して華美に過ぎない墓廟にしようと考えていた。それが、イル・マニフィコの心に沿うことだと思ったから。
 ミケランジェロが最初に手をつけたのは、もちろんジュリアーノの彫像だった。
 まだ、ジュリアーノの姿が記憶の中にはっきりと残っている今のうちに、その姿を石に刻みつけておきたかったのだ。
 もうひとつの、ウルビーノ公ロレンツォの像とともに、美化して彫ったと後に人々には云われたが、ことジュリアーノ像に関しては、ミケランジェロは美化したわけでは決してなかった。
 ジュリアーノを美しく描く? とんでもないことだ。あの整った顔の上に、心の美しさをすべて表そうとすれば、とてもではないが、ミケランジェロの手では表しきることなどできはしないだろう。
 自分はただ、わずかなりとも後世の人に知らしめたいだけなのだ――ヌムール公と呼ばれたジュリアーノ・デ・メディチが、どれほど素晴らしい人間であったのかを。
 大理石の中から姿を現すジュリアーノに、ミケランジェロは、涙を浮かべて鑿と槌を振るった。
 ――ジュリアーノ……
 あの貴公子、メディチの中で最も心やさしいかの人を失ったことが、今でも、こんなにも哀しい。
 ジュリアーノの死から五年が過ぎた。レオナルドが死に、昨年にはラファエッロも熱病で死んだ――ジュリアーノと深く関わりを持った中で、生きているのは自分だけだ。そうであるからには、自分には、ジュリアーノの姿を後世に伝える義務がある。
 そう考えながら、ミケランジェロは黙々と彫り続けた。
 作業は順調だった。
 だが、すべては邪魔が入る定めであるかのように。
 一五二一年十二月、レオ十世が死んだ。まだ46歳だった。
 遊蕩の限りを尽くし、その金銭的な穴を、かの悪名高き〝免罪符〟を売った金によって埋めようとした法王――その死は、ローマ市民にも、もちろんミケランジェロの中にも、悲しみを呼び起こしはしなかった――と云って、一抹の寂しさを感じなかったわけでもなかったが。
 レオ十世は死んだ――新しく選出されたのは、オランダ人のハドリアヌス六世だった。
 この法王は、もちろん、メディチ家とは何の縁もありはしなかった。ハドリアヌス六世は、ユリウス二世の遺言執行人から、“ミケランジェロが、故法王の墓廟作製の義務を怠っている”と訴えられ、彼に、メディチの仕事を中止するよう命じてきた。墓廟の速やかな完成か、あるいは契約金の返却を求め、執行人が訴訟を起こしたからだ。
 ミケランジェロは困惑した。もちろん、墓廟を完成させていない自分にも非はあるが、しかし、そもそも完成が遅れたのは、本をただせばユリウス二世の気まぐれにあったのだ。ブロンズの法王像や、システィーナの天井絵を請負うよう命じられなければ、墓廟はもっと早くに完成していただろうし――レオ十世の、あの無意味だったサン・ロレンツォ聖堂のファサード作製の依頼がなかったなら、それはそれで早くできたはずだったのだ。最初に依頼を受けてから、かれこれ十七年、その間、幾度法王の側の都合で、作業を中止せねばならなくなったことか――そして、今回もまた。
 ミケランジェロは、メディチ礼拝堂の仕事はもとより、ユリウス二世廟の仕事にも手をつけられず、毎日を鬱々と過ごしていた。
 その状況が打破されたのは、翌年一五二三年十一月――ハドリアヌス六世が逝去し、ジュリオ・デ・メディチが新たな法王に選出されてのことだった。
 ジュリオ――クレメンス七世は、ともかくも、メディチ礼拝堂の仕事を再開せよと命じてきた。根本的な解決ではなかったが、ともかくも、何もできない無為の日々から解放され、大理石と向き合うことができるのだ。
 もっとも、ユリウス二世廟については、遺言執行人との折衝を続けなければならなかったのだが。
「私は、何も亡き方からの依頼を邪魔しようと云うわけではないのだよ」
 と、ジュリオ――クレメンス七世は云ったが、それは、本心からだとしたら大した自制心だと、ミケランジェロは思っていた。
 何故なら、クレメンス七世の父、ロレンツォ・イル・マニフィコの弟であるジュリアーノを死に追いやったのは、ユリウス二世の叔父であるシクトゥス四世だったからだ。
 だが、もちろんメディチはローヴェレ家――ユリウス二世の実家である――に、恨みばかりを持っているわけではない。“愚昧な”ピエロのフィレンツェ追放後、メディチをかの街に復帰させたのも、他ならぬローヴェレ家――ユリウス二世だったのだから。
 もちろん、ジュリオにとっては、父の仇の一族には違いなかろうが、しかしまた、そのローヴェレ家の人間の助力があったからこそ、メディチフィレンツェに返り咲き、彼はクレメンス七世として、至高の座へとのぼることもできたのだ。
「私は、受けた恩を忘れたわけではないからね」
 と、クレメンス七世は云った。
「ただ、父の恨みのこともある。だから、敢えて邪魔はしないが、あちらに肩入れもしない――後は、あなた次第だよ、ミケランジェロ。私は、あなたの意志を尊重する」
 だが、これはこれで、体よく逃げられただけのような気もしたが。
 ともかくも、ミケランジェロは作業を再開し、ユリウス二世廟に関しては、法王は口を挿まず、当事者同士の話し合いで決着をつけることになった。
 折衝の最中は、ユリウス二世廟には手をつけられない――話し合いの内容には、計画の変更も含まれるからだ――ので、ミケランジェロは、もっぱらメディチ家の礼拝堂と、サン・ロレンツォ聖堂の新図書室――後に、ラウレンツィアーナ図書館と呼ばれることになる――の設計を進めていた。
 一五二四年一月には、墓所の木造部分の建設模型を作製し、いよいよ本格的な作業へ移る段になってきた。
 クレメンス七世は、その言葉のとおり、ほとんど余計な口は挿まず、ミケランジェロのやりやすい方法で仕事が進められるよう、さりげなく助けてくれているのがわかっていた。
 ユリウス二世廟に関しても、大きな進展はなかったものの、礼拝堂の仕事に支障の出るほどでもなく――ミケランジェロは、このままゆっくりとではあるが、すべてが良い方へ進むのだろうと考えていた。そうして事実、周囲の状況は、そのように動いていた。
 だが、やはりミケランジェロは躓く定めにあるようだった。
 しかも、今度の問題は、周囲の――外的なものではなく、内的な、ミケランジェロ自身に関する問題だった。
 突然、右手が動かなくなったのだ。一五二四年の春のことだった。


† † † † †


みけのはなし、続き。
先生が死んでて、サライもいないので、みけのあれやらこれやらをざらっとしたカンジで。



それはともかく、そろそろ高野山開創1200年だからかどうか、阿闍梨の関連のアレコレが結構……
まずは月刊(!)スピリッツ、おかざき真里の新連載『阿・吽』。何かもう、表紙と初回見た感じで既に、最澄推しのにおいが芬々と。
いや、そうじゃないと云われるかも知れませんが、このカンジはな……厭な予感しかしねぇ。きっと泰範の描かれっぷりも微妙に違いないと、沖田番とふたりで戦慄しております。
っつーか、皆阿闍梨に夢見過ぎと云うか――多分もっと愉快な人。っつーか駄目な先生系統と云うか。前にも書きましたが、阿闍梨=先生、最澄=ヴェロッキオ師、泰範=サライ橘逸勢=みけ、で考えると大体OKな気が。



でもって、獏さんが、『沙門空海〜』映画化のアレかどうか、『幻想神空海』とやら(マガハ)を出されましたが。
何かこう、前半もアレ(サブカルっつーか……)として、後半の、宮崎信也氏との対談が、体育会系サブカル男子と文科系オタの居酒屋における与太話みたいなカンジで(……実際酒呑みながらの対談っぽい……)。何かこれ読んで阿闍梨に入ろうとすると、思いっきり道を間違えると思います。
っつーか、谷川健一氏は私も好きですが、ここで出されるのは何か違うと思うの……うーん、何だろ、真言の人でも結構東密のアレコレ理解してない? あれはヴェーダンタだかウパニシャッドだかとか、あとルネサンス自然魔術的、例のヘルメス・トリスメギストスのエメラルド・タブレット的なアレで、“縄文の宗教”とやらとは違う、と云うか、厳密には宗教ではないと思う……哲学、かな。汎神論ではない、“神”はいないから。しかし無神論でもないんですが。宇宙論……宇宙論か?
そもそも“如来”は“法”の擬人化的なアレなので、阿弥陀如来薬師如来の違いは、刑法と民法の違いみたいなもんだと思うんだけどな――と云ったら、沖田番には“その喩えは普通の人にはわかりませんぜ”と云われました……おや?
まぁ、この辺のアレコレは、また別項たててきちんと(?)考察したいです。



あと、最近になって出てるのに気づいた『壬生狼ヤングゼネレーション』(柏葉ヒロ 小学館)。例の美男五人衆の話ですが、何かこう、皆馬鹿。芹鴨がカッコいい……しまった。そして髭の鬼が好み。こう云う髭なら良かった……いや、こんなわけないのはわかってますが!
何かこう、若さっつーか馬鹿さ故のアヤマチ的な小ネタ盛りだくさんで、生ぬるく笑えます。佐々木愛次郎(だっけ)は早々にアレされてますが、今月? 来月? 二巻目出るようなので、様子見たいです。馬詰柳太郎が割と好き。いえ、本人じゃなくて、この話のね……


ってわけで、次はもうちょっと早く上げたい、みけの話の続きで〜。若さくれ……