北辺の星辰 48

 その日、弁天台場での練兵を終えた歳三は、そこからまっすぐに坂を上がり、高龍寺に足を向けた。
 ここには、箱館病院の分院が設けられており、傷病兵が収容されている。
 歳三は、この病院に、小姓の玉置良蔵を見舞いにやってきたのだった。
 玉置は、仙台あたりからおかしな咳をするようになり、箱館に来てからはすっかり寝付いてしまっていた。まだ稚い少年の患っている病が労咳だと云うことは、かの病を得たものたちと付き合いの久い歳三には、すぐにわかったことだった。
 十四歳の玉置には、その病はあまりにも重いことではあっただろうが――少年は気丈にも涙も見せず、笑みすら浮かべて見舞いに来るものたちと言葉を交わしていた。
 歳三も、もちろん気にかけてはいたのだが――玉置の微笑むその顔が、あまりにも沖田のそれに似通っていて、かれを置き去ってきた歳三にとっては、胸を抉られるようであったので。
 玉置の淡い微笑みを目にする度に、歳三の胸を、鈍い後悔が叩くのだ。あの四月の日、本当に沖田と別れて良かったのだろうかと――病身でも何でも構わぬから、引きずってきて、最期を看取ってやるべきではなかったかと、そんなことばかりが浮かべられて。
 苦い後ろめたさから目を背ければ、自然、少年のところから足が遠のいてしまうのだ。それが、少年にいっそう淋しい思いをさせているのだと、わかってはいたけれど。
 歳三とは対照的に、よく病院に顔を出しては、玉置に構ってやっているのが、今は陸軍奉行添役介となった野村利三郎であった。
 子供好きの野村は、普段から市村鉄之助のこともよく構っていて、市村に迷惑そうな顔をされていた――もうひとりの小姓・田村銀之助は、このころ既に、望まれて榎本総裁付に配置換えになっていた――のだが、淋しい日々を送る玉置にとっては、それくらいの構い方でちょうどよかったのかもしれない。野村や、かれとともに見舞いに訪れた隊士たちの口からは、やつれてはいるものの、野村の来訪に子どもらしい笑みを見せる玉置の様子が語られることが多かった。
「でも、玉置は、副長のおいでを心待ちにしているんですよ」
 野村に、玉置の件を様子を聞くと、かれは決まって、そのようなことを云った。
「副長が行かれれば、玉置の病だってすっとんでっちまいますよ。ですから、どうかまめに、あいつを見舞ってやって下さい」
 真摯な顔で云う野村に、ああ、と頷いた歳三ではあったのだが。
 やはりどうにも気が重く、見舞いに行くのを延ばし延ばしにしてしまっていたのだった。
 しかし、やはり見舞いに行かぬまま、と云うわけにもいくまい。
 歳三は、小さくひとつ吐息して、高龍寺の門をくぐった。
 と、
「あれ、土方先生」 
 病院の玄関を拭き清めていた年配の女が、顔を上げてそう云ってきた。
 幾度か見たことのある顔なのは確かである、が、その名が思い出せない。
「今日は、あの小姓さんのお見舞いで?」
 親しげに云われるが、どうしても名前が出てこないのだ。
 仕方なく、
「あァ、そんなところだ」
 歳三はそんな風に云ってごまかして、上がり框のところで長靴を脱いだ。
 それへ、まだ女の声が追いかけてくる。
「こないだも、あの可愛い班長さんが来てましたよ」
 と云う言葉の指すのは、野村のことか。
「あの班長さん、しきりに小姓さんを構ってやってましてねぇ。冗談云って、小姓さんが笑うと、ご自分もそりゃあ嬉しそうに笑うんですよ。小姓さんも、大人ばかりのところにひとりでいて、心細いんでしょうねぇ、班長さんが帰られる時には、すがるような目をしてねぇ……」
「――そうか」
 そんな様子の玉置を、ひとりにしてしまっているのだ、自分は――だが、来れば、別れる淋しさを味わわせてしまうのだ。それよりもいっそ――
 そう思いかけて、歳三は慌てて首を振った。
 違う、それは自分への云いわけではないか。自分が、玉置の淋しげなまなざしを見ることを恐れている、ただそれだけのことではないか。
 罪悪感を噛みしめながら、歳三は、病院の廊下を歩いていった。
 ここには、松前上陸からこちら負傷したものたちや、病を得たものたちが、高松凌雲医師の治療を受けるために入院している。
 何とか動き回れる程度の傷病者は、歳三の姿を認めると、口々に挨拶の言葉を云い、小さく頭を下げてくる。
 それに応えてやりながら、歳三はやがて、とある部屋の戸をくぐった。
「――玉置」
 横たわっている少年に声をかけてやると、玉置は、顔をぱっと輝かせ、痩せた身体を起こそうとした。
「土方先生!」
 笑みを浮かべるその顔は、病にひどくやつれてしまっている。元気であった頃は、玉置は、小姓連中の中でも飛びぬけて美しい、少女のような面差しであったと云うのに――かつて麗しかったからこそより一層、痩せた首筋や削げた頬、蒼褪めた肌などが痛々しくてならない。
 もともと、玉置はひっそりとした美少年であったのだが、病の床についてからはなおさらに、その儚さが増しているように思われてならなかった。
「調子はどうだ、きちんと飯は食ってるのか?」
 足が遠のいていることへの後ろめたさを隠して、微笑みかけながらそう云ってやれば、少年はにこりと笑み返してきた。
「はい。凌雲先生のお云いつけを守って、養生に専念しております」
「そうか」
「はい。早く身体を治して、先生のお傍に戻りたいです」
 にこりと笑う玉置に、つきりと胸が痛むのを覚える。
 労咳は死病だ。この病のもたらす死から逃れ得るものはない。母も姉も、沖田ですら死んだ。玉置も、この様子では、遠からず――
 だが。
「――そうか、待っているぞ」
 不吉な予感をにおわせもせぬように、笑って歳三は云ってやった。
 玉置が回復すると、気持ちだけでも信じてやらなくてはならぬ。信じていると、思わせてやらなくては。
 院内での出来事を語り聞かせてくれる少年に笑みを向けながら、歳三は、そればかりを強く念じていた。


† † † † †


鬼の北海行、続きー。玉ちゃん登場。
高龍寺とかは、イマイチ曖昧な部分があるのですが、早速活用で。
……って、歴読“最後の戊辰戦争――五稜郭の戦い”見てたら、どうも、高龍寺の分院は、開戦以降に出来たんじゃね? ってカンジの記述が……ま、まァいいや、進めちゃえ! (←自棄)
あれ、しかし、三月に蟻通を引き取るのどうのって時は、場所高龍寺だったんじゃなかったっけ? ……ううぅん、ちょっとネタ集めなきゃだ……


……しかし、自分で書いたはずなのに、野村の“可愛い班長”云々に呆然としてしまった、今……
この部分書いた時の自分、相当眠かったな? ――まァ、野村は、おばちゃんとかの受けはすごくいいと思います、確かに。本人は、幸薄いカンジの佳人が好きなんだけどね。お前、振り返ればそこに幸せがあるっつーのに、何でこう、違う方ばっか見やがるかなー。
まァ、野村は最近(以下略)なので、島田ともどもどうにかしてやりたい気分でいっぱい。
とりあえず、疲れてるので、源さんの腰回りに絡みつきたい絡みつきたいです。


「北辺拾遺」、五月十六日の中島三郎助さんの話の下書き終了。予想通りのアグレッシヴな展開で、非常に書いてて楽しかった、が、その分突っ走り過ぎて、下書きとしてもかなり荒れ荒れな文に……
早いとこ打ちこんで、次の相馬の話に行きたいなァ、と思うのですが、相馬はまたメンタルが弱いし、ネタも大変ネガティヴなことになりそうな感じでいっぱいに――中島さんと正反対だよな。


そうそう、こないだまんだ×け行ってみたら、「あさぎ色の伝説」1〜3が出てたので、速攻Get。っつーか、密林さんで4巻がまァまァの値段だったので揃えちゃったんですが。
とりあえず、通して読んだ感想は「男の人が描く“少女漫画”」ってカンジ? やっぱ女性の描くのほど甘くはないな……
源さんが(見た目はともかく)一番雰囲気似てるかも……
あと、一緒に土居良三さんの「幕臣勝麟太郎」もGet。土居さんの評伝って、結構好きだなァと思いますよ。って云うか、今回発注かけるまで、「幕臣〜」の著者が土居さんだって知らなかったよ……! まァ、そんなこともあるさァ!


あ、そうそう、『アサギロ〜浅葱狼〜』(ヒラマツ・ミノル 小学館)1巻出たので買いました。いや、迷ってたんだけど、まとめて読んでみたら、結構いいカンジの進み具合だったので。
っつーか、総司、もとい惣次郎が! 馬鹿だ! っつーかアレだ、この惣次郎、企んでない沖田番みたいだ!!! ははははは! リアクションとか、何気に似てて笑えます(笑)。
あれだな、これがでかくなって、“総司”になると、企みだして、黒鉄ヒロシの総司になるわけだ! つまりそれが沖田番、と。ははははは!
本誌では、ただ今南さんが道場破りにやってきてます。わァ、よく調べてるよなァ、っつーか、楽しいわ、この話。さすがは『ヨリが跳ぶ』のヒラマツ・ミノル、身体表現なんかもわかりやすいし、話もシンプルで良いですね! ふふ、『アサギ』より楽しいぜ……ふふふふふ。
相変わらず注目の『サンクチュアリ』(野口賢×冲方丁)は一区切り。次回(来月発売!)は、さてどうなることやら――愉しみ愉しみ。
っつーか、ぱっつぁんが出てきたが、そう云えば原田と平ちゃんはまだだな……次はどっちか。


この項、終了。ちょっとラスト部分苦しいな……
えーと、次は宇都宮散歩です〜。