北辺の星辰 51

 三月下旬、かねて療養中であった玉置良蔵が死んだ。労咳で、衰弱しきってのことであったと聞いた。享年十四であった。
 預けられていた高龍寺の箱館病院分院で、眠るような死であったのだと云うのだが――その死に際に立ち会ってやれなかったことが、歳三の胸に影を落としていた。
 同じ病で一年前に死んだ、沖田総司のことが思い出されてならなかった――あの男は、ただ独り残された江戸の地で、身内のものに看取られることもなく死んでいったのだった。
 玉置は、まだしも新撰組の屯所の近くにあって、島田や野村、市村なども、割合頻繁に病床を見舞ってはいたのだが――それでも、かれが死んだことに気付いたのは、ややしばらくあってのことだったと云ったから、やはり最期は独りであったのだと思うと、罪悪感に胸を締め付けられるような心地になった。
 最後に玉置を見舞った市村は、唇を噛みしめて、悲しみを堪えているようだった。どこか怒っているようにも見えるその表情は、かれの悲しみがそれだけ大きいものであることを表しているようで。
 歳三は、無言で市村の肩に触れ、その悲しみを宥めたいと思った。
 そうとも、市村は、誰よりも頻繁に玉置を見舞っていたのだ。それは、歳三が少年にそうしてくれと望んだからでもあったのだが、しかし大半は、市村の心配りによるものであった。
 野村利三郎は、声を上げて泣いていた。
 この男は、小姓たちを弟のように可愛がっていたので――もっとも、年長の市村などには、その犬にするような構いぶりを鬱陶しがられてもいたのだが、しかし、独り淋しく病床にあった玉置には、その訪れを待ち侘びられていたのだとも聞いていたのだ。
 おいおいと泣く野村の隣りで、島田や相馬、安富なども、涙を流して少年の死を悼んでいた。
 華と愛嬌のある田村銀之助ほどではなかったが、玉置もまた、旧来の新撰組隊士たちからよく可愛がられていたのだ。密やかに咲く小さな白い花のような、出過ぎず控えめなその立ち振る舞いを、人によっては田村以上に慈しんでいたようだったのだが、
「――佳人薄命とは、こう云うことなのかもしれんなぁ……」
 誰かのそっとこぼした呟きが、少年に対する皆のまなざしを、充分に物語っていた。
 歳三は、正直に云って、そこまで玉置を知っていたわけではなかった。
 玉置は、小姓連中の中でも控えめな少年で――田村や市村などに較べると影が薄く、特に市村を重用していた歳三にとっては、少々遠いところにいる感もあったのだ。元気であった頃の玉置の顔を思い出せるかと云われると、まったく浮かばないくらいの距離であったのだ。
 それ故に傍近くで見てやれなかったことを、今になって後悔する。
 異郷で胸を病んだ玉置は、どれほど淋しく、心細かったことだろう。
 だが、それを悔いたところで、今さら玉置に何をしてやれるわけでもない――かれは、もはやこの世にありはしないのだから。
 せめて、葬儀くらいは立派に出してやりたい、と思ったが、しかし明日には、甲鉄艦奪取の作戦のために、箱館を出港しなくてはならなかった。歳三が、この作戦における斬り込み隊全体の指揮を任されていたのだ。
「帰ってから、きちんとした葬儀をしてやるからな」
 歳三は、玉置の亡骸にそう囁きかけ、その白くこわばった顔に布をかけてやった。
 新撰組自体は、今回の作戦には参加しないが、陸軍奉行添役である相馬主計や、添役介である野村利三郎などは、副官として作戦に参加することが決まっている。
 実戦に投入されるのは、神木隊や彰義隊、遊撃隊から選抜された八十名ばかりで、歳三以下は、指揮と軍監役を兼ねての参加であった。
「――副長も、お気をつけて行っていらして下さいね」
 目をわずかに赤くした市村が、不安げに手を捩り合わせて云ってきた。
 その頭にぽんと掌をのせ、歳三は笑みかけてやった。
「なァに、指揮と云ったって、俺たちは、斬り込み隊と同じ船にすら乗らねェんだ。何も心配することなんざねェよ」
 無論、戦場に出る以上、そして、現在の主要な武器が銃火器である以上、乗船する艦船が異なっていようが危険は同じではあったのだが――玉置の死に意気消沈している少年に、これ以上の不安を感じさせたくはなかったのだ。
 しかしながら、今回の部隊編成には、正直云って驚かされた。
 いや、混成部隊であるのは毎度のことであるので構わないのだが、その部隊の実質的な指揮官が、旧知の男であったのだ。
 遊撃隊隊長・伊庭八郎――元々、江戸の心形刀流伊庭道場の御曹司で、かつては“伊庭の小天狗”と呼ばれていた男である。
 歳三が、試衛館の食客としてふらふらとしていた頃にたまたま――吉原界隈で――知りあって、以来悪仲間としてよく遊び回っていた男だった。もっとも、文久三年の浪士組上洛に伴って別れたきり、噂にも名を聞くことなどなかったのであるが。
 それがよもや、幕府遊撃隊にいるどころか、隊長まで務め、あまつさえ蝦夷地に渡航していようとは。
「おいらも吃驚だよ、よもや、あんたの下につくことになろうとはねェ」
 そう云って片頬を歪めた伊庭の片袖は、先の方が頼りなく風に揺れていた。
「おめェ――その左手ァどうした」
 驚いて問いかけると、伊庭は、江戸でも一、二を争うと云われたその秀麗な顔を、複雑な笑いで歪ませた。
「こいつかい? ちょっとしくじっちまってねェ。ま、生きてくのにゃあ差し障りはねェんだがねェ」
 そう云って、先のない左手をぷらぷらと振ってくる。
「――上野の御山でか」
「いいや、箱根でさ。――それはともかく、歳さんよ」
 懐かしい名で、伊庭は歳三に呼びかけてきた。
「今回の作戦は、あんたの総指揮だそうだが――おいらの下にゃあ、農民上がりのあんたになんぞ従えねェってェ奴らも多いんだ。向こうでの指揮は、おいらに譲ってもらうぜ」
「……」
 よもや、ともに遊んでまわったこの男にまで、身分を云々されようとは。
 黙り込んだ歳三を何と思ってか、伊庭はにやりと笑って肩を叩いてき――
 かくて、波乱含みに甲鉄艦奪取計画の幕は、切って落とされたのだった。


† † † † †


鬼の北海行、続き。
阿呆話は、どうもいい切り口が――鎌倉組も乱入してきてるしなァ……(汗)


玉ちゃん逝き。
何か、宮古湾海戦(=出発)の直前だったとか聞いた憶えがあったので、そのラインで。
っつーか、肝心の宮古湾海戦の、実際に突撃した面子はともかく、元々の攻撃要員がどうもよくわからないのですが。しまった、もっと早く情報収集しとくんだった(汗)。
“神木隊、彰義隊、遊撃隊の数十名”とかって、どのへんだ! 伊庭は、とりあえず指揮官として、高雄とかに乗ってたらしい。高雄だっけ? っつーか、伊庭以外、後はどの辺だ!
そもそも諸隊の構成っつーか、メンバーっつーか、そんなアレコレがよくわかっておりませんのです。陸軍隊とか額兵隊とか、その辺しかわかんないんですが。……いや、この辺も、隊長はわかるんだけど、隊員の構成(まァ、お名前とか出身藩とか)なんかはさっぱり……どうすべ。
でもって、この時の伊庭はこんなかんじで。や、いろいろあるでしょう、生まれながらの直参旗本のプライドとか。男の嫉妬も結構醜いよ?


あ、そうだ、先日(=20日)の大河『龍馬伝』見ましたが。
……えーと、勝金八の前に、久坂さんとハンペンもとい瑞山先生と後藤象二郎(? だよね?)で投げました。
っつーか、何、あの第二の『天地人』。セットと演出は良くなったけど、キャスト(あの配役は許さん)も脚本もアウトじゃね? マジにアレ、酷くね?
真剣マジに、最近の大河の迷走ぶりが気になります。篤子さんは(ホームドラマだけど、それでも)良くできてたよなァ、とか遠い目になっちゃいますよ。
そもそも、龍馬=福山って段階で見る気はまったくなかったんですが(←いや、やっぱ勝金八のせいだな)、チラ見してもどうにも……やっぱ今年はもう見ないってことで。


そうそう、月刊少年マガジンで連載の『幕末めだか組』、単行本1、2巻同時発売されましたね! 実はこの話、雑誌のあて紙(えーと、結束をつくる時に、本を傷めないために上下に挟まれている紙――印刷や製本過程で出た駄目な頁なんかをあててある場合が多い)で散見してまして。幕末で新撰組が出てるよ! と、気になってたものなのです。
とりあえず、か、勝さんが! しかも、割とイメージだ!!! えーと、いろいろお約束なカンジもあったりいたしますが、一ちゃんが右利きの渋い兄さんだったりもいたしますが。でもでも、話もテンポのいい展開だし、筋も割と良くできてるんじゃ、って云うか、皆知らない神戸海軍操練所! この機会にちょっとお勉強、か?
しかし、この話もまた、1869年の箱館市街戦がはじまりのシーンで、そこから1864年の神戸に戻って本編スタート、と云うアレな展開――おぉい、あと5年分、ちゃんと連載続くのか!? 愉しみと云うか、何と云うか――遠藤明範さん、神宮寺一さん、頑張って下さいね!
あと、遂に! 『サンクチュアリ〜THE幕狼異新〜』単行本発売! うひゃー、冲方、いろいろ受賞も込みでおめでとうございます〜! さて、第1〜2話分は買ってなかったので、通して読むとどんなもんか気になります。ホントの評価は、実はそこからだよな。さてさて。『天地明察』も買わなくっちゃあ!
ところで、『めだか組』プロローグの陣羽織の人物、あれってよもや、鬼なんですかね……?


この項、終了。
次は、何と鎌倉(って云うか源平)で〜。