新撰組断章

北辺の星辰 47

二月に入ると、歳三は若干の閑を得るようになった。 まず、酒井孫八郎が、ようやく主・松平定敬との面談にこぎ着け、歳三から離れたこと、また、海の向こうの薩長の動きも特にはなく、陸軍奉行並としての仕事もなかったこと、などが主だった理由であった。 …

小噺・衣装四方山

「おう、総司。どうでェ、この服ァ」 「……何ですよ、土方さん、その奇天烈な格好ァ?」 「失礼なこと云うねィ! これァ、今度の評議会用の正装だ!」 「……って云うか……それァ、例の『薄桜鬼』とやらのパクリじゃあねェですかい。あんた本当、“こすぷれ”好き…

北辺の星辰 46

「で、落馬してそのざまか!」 案の定、投げかけられたのは、遠慮も何もない笑い声だった。 千代ヶ岱陣屋の一室に通された歳三は、火鉢に張りつきながら、 「面目ないことです」 と頭を掻いた。 馬を引いて千代ヶ岱陣屋の門をくぐると、守衛の兵たちは驚いた…

小噺・林忠崇の儀

「おう、総司」 「何ですよ、土方さん」 「今さっきここを通ってった、あの変なおっさんァ、どこのどいつだよ?」 「変なおっさん、って、俺に云わせりゃあ、どいつもこいつも“変なおっさん”ですけどねェ?」 「いや、だから、今いたろう、半袖短パンに雪駄…

北辺の星辰 45

歳三はその日、早めに仕事を切り上げると、そそくさと箱館奉行所を後にした。 この間の酒井孫八郎の訪問から五日が経ち、そろそろ強襲をかけられそうな気がしたからだ。酒井の熱心なことはよくわかったが、正直、事態の進展もみられないのに頻繁に訪ねてこら…

小噺・斎藤一の儀 其ノ三

「いやァ、参りましたぜ、土方さん」 「あ? どうした」 「いえね、今ちょっと一ちゃんが茶目っ気出しまして」 「……おう(厭な予感)」 「まァ、いつもみてェに厠から出てきた人の後ろに立ったわけですよ」 「……あァ(ますます厭な予感)」 「でねェ、まァあんた…

北辺の星辰 44

酒井孫八郎は、本当に諦めなかった。 年が明けて、まだ松の内の一月六日には、もう歳三を訪ねて来て、またくどくどと松平定敬の処遇について云ってきたのだ。 しかも、聞けば日中には、五稜郭へ榎本を訪ねたのだと云う。 その時は、歳三は箱館奉行所へ出向い…

小噺・森彌一左衛門の儀

「ねェ、土方さん、ちょっと訊きてェんですけども」 「あ?」 「桑名の森さんっているでしょう、あの、こう細面ですぅっとした感じの、ちょっと阿部さんに似た雰囲気の」 「あァ? それァもしや、森彌一左衛門さんのことか?」 「そうそう。箱館で、新撰組の…

北辺の星辰 43

箱館府の体裁も無事整った。 明けてからは、いよいよ本格的な蝦夷地支配に乗り出そうかと云う、この年の瀬に、本土より、桑名家中のものがやってきた。 「我が主、松平越中守の進退について、幕軍の方々にご相談いたしたき儀がございます」 桑名の家老である…

小噺・小村壽太郎の儀

「ねェ、土方さん」 「何でェ、総司」 「例の、診療所にいるネズミのことなんですけども」 「鼠? そんなもんがいやがるのかよ。患者が破傷風とかに罹っちゃあ拙い、駆除を頼まねェと……」 「違いますって、例の“ネズミ公使”殿ですよ」 「あァ、小村壽太郎さ…

北辺の星辰 42

祝賀会から数日のうちに、幕軍は“箱館政府”の体裁を整えるために、幹部選出の為の入れ札を行った。 ――どうせ、かたちだけのものなんだろ。 入れ札に参加できるのは、陸海両軍の士官以上、と云うことであったが、そうであれば、誰がこの“箱館政府”の総裁に選…

小噺・高台寺党

「あれ、土方さん、何読んでるんで?」 「あ? これか?――こりゃ、こういう本だ(と、本を掲げて見せる)」 「『新選組 高台寺党』――何でこんなもん読んでるんですか、あんたァ」 「や、たまたま見かけてな。面白そうだったんで、つい」 「それ買う前に、あん…

北辺の星辰 41

榎本の声に、中島がかすかに唇を歪め、一歩身を引いたのがわかった。 が、榎本は、それには一向気づかぬ風で、その空いたところに身を滑りこませてくる。 「どうですか、土方さん、楽しんで戴いておりますかな?」 歳三は、一瞬言葉に詰まった。 まさか、こ…

小噺・高杉晋作の儀

(遠くでざわめく声) 「(ばたばたと走りこんで来て)……土方さん!」 「おう、総司。何だ、慌てて」 「大変ですぜ、高杉が来ました!」 「あ? ……あいつ、ここ暫くは忙しくて暇がねェとか云ってなかったか?」 「そうだったらしいんですけど――実は先刻、久坂さ…

北辺の星辰 40

祝賀会の会場は、人、人、また人であった。 聞けば、箱館に駐留する各国領事、また海上に停泊している各船将も、榎本が招待したのだと云う。 なるほど、云われてみれば、異国の人間の姿もあちこちに見えるし、聞こえてくる言葉も、訛りでは済まぬ異国の響き…

北辺の星辰 39

江差駐留は、短期間で終わりを告げた。 別動隊である一聯隊が、中山峠越えで館城を攻略、鶉村を経て、乙部方面へと進軍したからだ。 松前藩士たちは、一聯隊に追われるように北上していったが、もはやこの地で戦うと云うよりは、いかにして主を無事に落ち延…

小噺・小笠原胖之助の儀

「…………(怒りオーラ発散中)」 「(どたばたどた)ひ、土方さんッ」 「(むっつり)……何だ、総司、寝てたんじゃねェのか。朔明けなんだから、休んどきゃあいいのによ」 「や、寝てたんですけど、大野右仲に叩き起こされたんでさァ。えれェ剣幕で、俺の出してた備品…

あの子と同居バトン サルベージ編2

と云うわけで、バトンです。これがラスト、かな? (いや、他にも新撰組好きはいるんだけど――残りのキャラがかっちゃんorぱっつぁんor原田だし(いや、かっしーとかでもいいんだけど)、第一やるかどうかも……どうですかね、Kふ先生?) トリ(一応)担当の寿々莉…

あの子と同居バトン サルベージ篇

と云うわけで、予告どおり同居バトン・サルベージ篇。 何で“サルベージ”かと云うと、友人サイトの話を引き上げてきたから――っつーか、桜王子、前回(山南役vs山南敬助)から、かれこれ1年以上経ってるんだけど…… とりあえず、重いので畳みます〜。

北辺の星辰 38

沖合に見える船体は、大きく傾いで波に打たれていた。 「昨夜の大風で煽られて、岩場に乗り上げてしまったと云うことらしいのです」 衝鋒隊を率いる永井蠖伸斎は、そう云って、疲れたように吐息した。 「……では、開陽は動けないと云うことなのか」 と問うと…

小噺・甲賀源吾の儀

「……土方さん」 「おゥ、何でェ。……耳押えて、どうした?」 「いえね、さっき街中で甲賀さんに呼び止められて、それで耳が痛ェんでさァ」 「あ?」 「いや、あん人、すげェでっけェ声で呼ぶじゃねェですかい。で、そのまんまの声で、俺の近くで話しなさるん…

北辺の星辰 37

松前藩兵の放った火によって、城下はかなりの広範囲が焼け、その後始末もあって、歳三たち陸軍兵は五日ほど、この松前城下に宿陣した。 後始末と云っても、投降してきた松前藩兵の処遇を決めたり、炊き出しの手筈を整えたりする程度のことで、実際に焼け落ち…

小噺・評議会四方山

「……土方さん」 「おゥ、何でェ総司」 「俺ァもう、ほとほと疲れましたぜ」 「何がだよ」 「何って、あんたが云い出した、この“評議会”とやらにですよ!!(怒)」 「(おっときやがった)……そんなこと云うがなァ、総司……」 「わかってますよ、最近だいぶいろんな…

榧の追憶 後編

歳蔵の家からすこしばかり歩くと、榧の木の立つ墓地に行きつく。 ここは、川向こうの高幡不動尊の末寺なのだと云うことだったが、“寺”と云うもおこがましいような小さな祠のまわりに、石田の在所の家々の墓が寄せてあるのだ。 歳蔵の家の墓も、もちろんここ…

榧の追憶 前篇

稽古場に、いつもの顔が揃っていないことに気づき、沖田惣次郎は、そっと溜息をついた。 ――面倒くさい。 正直に云えば、それだけのことだった。 あの男がここに来ていれば、用事はいっぺんに片付いたと云うのに―― ――出稽古に行くんなら、あいつの様子を見て…

北辺の星辰 36

城下を移動し、松前城の背後へと回りこむ。 海岸方面からは、蟠龍、回天からの砲撃の音、それに応戦する松山城内からの、あるいは海辺に設けられている築山砲台からの砲声が響いてくるが――城下でも、歳三の進軍している裏手側は、まったく静かなものだった。…

小噺・ひとりかくれんぼ

「あれ、土方さん、その妙な皮ァ何なんで?」 「これか? こいつァ、あれだ、今朝目が醒めたら、俺の枕元にあったのさ。しかも、何でか知らねェが、でっけェ刃物と一緒にな」 「はァ」 「中にァ米が詰めてあったし、何なんだろうな、これァ――こう云う“ぬいぐ…

北辺の星辰 35

十一月一日、歳三率いる松前攻略軍は、知内に宿陣した。 先鋒、本隊合わせて八百を超える大軍である、小さな集落は、幕軍の兵士で溢れかえった。 ともかくも、無事に宿営することができるとわかって、歳三は、正直胸をなで下ろしていた。この行軍中も、雪は…

小噺・狐談義

「……なァ、総司」 「何ですかい、土方さん」 「いっつも思うんだがよ、俺ァ狐キツネってェ云われるじゃねェか」 「えェ、まァそうですねェ」 「でもな、思うんだけどよ、俺と山南さんじゃあ、そんなに腹黒さァ変わんねェよな?」 「南さんァ、黒かァねェです…

北辺の星辰 34

五稜郭を出立した歳三たちは、箱館から遠からぬ有川で、まずは最初の宿陣をすることになった。 と云うのも、松平からの命で、この有川で、江戸より帰還した渋谷十郎なる松前藩士らと、会談を持つことになっていたからだ。 渋谷ら七名は、江戸滞在中に抗戦派…